めーるめーる!
『卒業シーズンですね!』
というのは、今年の春一番が陽気な何かを振りまきつつこのビル群を駆け抜けていったその日から3日目。
春一番がやってくると、だいたい一緒に後から冷たい空気が追いかけて来るそうで。この前かわいいお天気お姉さんが言ってた。
今日も今日とて、おい、春どこいった、仕事しろ。と愚痴りたくなるくらいのなかなかに冷え込んだ昼時に届いた中学以来の友人からのメールである。
おうよ。
『そーですね』
というのは、俺の返信なわけだが、ちょうどお昼のご長寿番組が放送されていたからつられて咄嗟に打ってしまったのではない。断じてない。
数分後に着信音。
『気のない返事だなあ。春だよ春。はじまりとおわりの季節だよ』
と、いわれましても。
確かに、小中高大の卒業式。その一瞬は、それはそれは筆舌に尽くしがたい、なんともいえない感情が溢れ溢れにかえっては泣いたり笑ったり叫んだり、そういう輝かしいものが魔法のように自分に去来していた。
あれはほんとうに魔法のようだ。
しかしそれは、たまに帰ってくる懐かしさを除いて、忙しい日々のどこかにひっそり身を隠してしまうのである。
きっと、地味にちゃくちゃくとどこかで俺の生きる力になっているに違いない。
あるときふと思い出して、微笑んで空を見上げれば、嫌味なくらい異様に、あ、俺の目おかしくなってない?ってくらい空が美しく見えて清々しい気分になったりする。
それくらいできっとだいじょうぶなのだ。
『春と言ってもだな、ただいまこちらの体感温度は冬将軍も真っ青なんだよ』
これでどうだ!と送ったメールに
『ただいまこちらの気温は23セルシウス。セルシウス。』
倍の威力で返ってきたメール。
いいなあ九州!
と叫んだ俺に追い討ちをかけるように
『くりかえす。只今摂氏23度』
アンデルス・セルシウス!
畳み掛けるようにこんなメールを送ってくるなという話である。
俺がこの寒い中をたくましく闊歩する営業マンであることはもちろんこいつだって知っているわけでつまりこいつは鬼だ!・・・は言いすぎだ。悪魔だ!
『繰り返さなくていいよ!このやろう!』
と送った俺の苦々しい顔をこいつに拝ませてやりたい。
そんなことを考えていたらあいつから来たメール。
『卒業の春なので』
無視か。俺の苦情、クレームはどこ行った。仕事しろ。
と文句垂れつつスクロール。
『おわりとはじまりがいちどにやってくる季節なので』
うんうん。
『せつなくなったりこころおどったりするので』
ほうほう。
『卒業しようと思います』
え。
なにが。
卒業たって、俺たち揃って社会人もうかれこれ3、4年目ですけど。
律儀な俺は返信をしてやる。
『なにを卒業するって?』
次のこいつの返信は恐ろしく早かった。
『あんたをだよ!このばあか!』
・・・・・・・。
『ごめん。なにいってるのかよくわかんね』
ごめんな。ほんとにわかんねえ。
と送ったメールに送られたメールは怒涛の感情と文字量だった。
『もうさ、信じられないくらい好きだけどさ、どうしようもなくなったからもういいや。免許皆伝だよ。
言いたいけど、言えないし、あんた気づかないし、いや、気づかれないようにしてたからそれでいいんだけど、でも、気づかないし、つらいし、いや、でもあんたは悪くない。悪くないんだよ、だけど恨めしく思うの、いやだし。あんたのこと、時々すごくきらいになるの、そんなの私もう疲れたし嫌だし。このままずっとあえないのさみしいし、まあ、たかが友達なんだからあえなくて当然だけど、さみしいし。忘れたくなるし。でも忘れたくないし。でもあんたの顔見てたらいえないし。これ、中学生のころからだよ。若い頃の私がんばった。ちょう、がんばった。』
ちょ、おまえどうしたの。おまえ、携帯こんな打つの速くないじゃん。
あ、このアドレス、パソコンのほうじゃねえか。
パーソナルなコンピュータのほうじゃねえか。
中学生のころあの田舎でキーボードマスターの称号を思うままにしていたあいつには愚問だった!
等々もんもんしつつ、更にスクロ-ル。
『すき』
スクロール。
『卒業します。おめでとうって言って』
そこで返信もせずに上司に電話して頼みに頼んで頼み込んで早退し、幸い急ぎの仕事は終わらせていたので、今日の分の社会的責任は果たしたからな、個人的プライベートな責任を中学生の頃まで取りに行ってやろうじゃないかと俺が新幹線に乗り込んだ、だとかいうのはここでは余計な話だ。
で、だ。
もう日が暮れて夜がすっかりその町に馴染んでしまったくらいの時間。
俺を見て、目を見開いて顔真っ青にしたあいつの悲鳴にも似た第一声、なんだと思う?
「卒業証書お断り!」
やってらんねー!
めーるめーる!ゆーがっとめーる!
きゃんあいこーる、ゆー?
へぇい!まあいでぃあ!
あい、らあびゅー!!
アンデルス・セルシウス
スウェーデン人の学者さん
言わずと知れた℃のひと
おかしい。卒業の話を書くつもりだったのに。