明日を鬻ぐ
待ってさえいればただでも来ると 皆薄々分かっていても
なぜだろうか なぜか それは売れる
私の売るものが良いか悪いか 私自身もわからないのに
皆買う それを買う
なぜに売れるか分からぬままに
私は売る それを売る
何が良いのか分からないのに
それさえ売れば生きられるから
明日を鬻ぐ 明日を鬻ぐ
明後日の朝に回収車が来て
焼却炉で焼かれるばかりの明日を 私は今日も売りに出る
何か忘れているような 漂う不安を振り払うために
やはり皆 皆 明日を買う
私は今日も生きていける 明日を鬻ぐその間は
明日を「要らぬ」と はっきりと
断る者に目を見開いた
迷いがない目のその人は 今日を限りに生きるという
その目の綺麗な澄んだ色に 瞬きの間見惚れかけて
明日を求める人の声に 我に返ってまた明日を売る
明日を鬻ぐ 明日を鬻ぐ
それがたぶん尊くはないと 薄々気づいていながらも
私はまだまだ 明日を鬻ぐ
未来がこうあらねばならないと思うから、人間という生き物はほかの生物より幾らか余分に不幸を背負うのだという。
幼い子供でもなければ、皆明日のために仕方なく今日を犠牲にせざるを得ない。そんな中で、もう明日は要らないと言い切る人にまれに出会うと、そういう人の目の迷いの無さがしばらく忘れられなかったりする。悩んで生きるのが人の世の常だからか、明日を案じない人の生き方が、私には羨ましく思えるのだろう。




