ツンデレ陰キャ女子が初恋に落ちた日
……早く終わらないかな。
私・三浦穂希は、度が強めの眼鏡をかけているいわゆる陰キャ女子だ。
二学期が始まって少しした今日の授業は一限目から数学、二限目から体育と、私が大嫌いな教科から始まっていて災難だった。今は技術。これも嫌いな教科だ。しかも教師がねちねちねちねちとうざったいので余計。
そして私が憂鬱な気分なのにはもう一つ理由がある。
二学期の始業式の日、うちのクラスに転校生がやってきた。
「よろしくお願いします!」
彼の名前は倉瀬司。世間的に言えばイケメンで、(まあ私は興味ないけど)サッカーが好きなムードメーカーだ。サッカー部に入りたくて、実は地域のクラブにも所属しているとかなんとか。
そんな彼のサポーターを任されてしまったのが、私。
理由は「クラスの中で一番しっかりしてるから」らしい。そんな軽い理由でサポーターを押し付けられた私はおかげでイケメンが大好きな女子の焼くような視線の餌食になったわけだ。
そして本人が無自覚なのがたちが悪い。
まるで親友かのように距離が近いし、無駄に笑顔。これじゃあ付き合ってますと言っているようなものである。勿論違うけれど、いちいち誤解されてはきりがない。
まあそのせいでと言っては何だが、私の靴はたびたび汚れていたり教科書が少し破れていたりする。さすがに疑惑なので派手に動けないのだろう。
そして、現在に至る。
ああ、やっと授業が終わった。早く逃げよう。女子にまた睨まれたらたまったものじゃない。
「三浦ー」
倉瀬が私を呼んでいる。呼ばれたら応じないといけないのがサポーターだ。はあ。
「何か」
「あ、いたいた。授業終わったらすぐ出て行っちゃうんだからさー」
そんな文句を垂れていないで、この近い距離を何とかしてくれ。また誤解されるじゃないか。
「なー、次の授業の第二音楽室ってどこだっけ?」
そんなことは自身の友人にでも聞けばいいじゃないか。陽キャでイケメンで人気者なんだから友人の一人くらいいるでしょ。いちいち頼ってこないでほしい。でもサポーターだから仕方がない。ああ、先生。私はあなたを恨むことにします。
「地図みせて」
「はい」
「ここ」
「あー、ありがとう三浦! 助かったよ」
「……別に」
出たよ、笑顔のバーゲンセール。誰にでも笑顔を振りまくのはやめてほしい。ちょっとかっこいいなとか思っちゃったじゃないか!
休み時間は大体人気のない非常階段や空き教室で曲を聴いている。教室だと、人の視線がうるさいから。
♪~~~~
音楽を聴いていると安心する……。癒しだ……。
平気で人を傷つけられるような人間と違って、音楽は傷ついた心を癒してくれる。
♢♢♢
私が小六のころ。
あの時は、私はいわゆる陽キャだった。
「穂希! 誕生日おめでとう!」
「わーっ、ありがとうー!」
友達から誕生日を祝ってもらったあの日の帰り道、私は聞いてしまった。
「ねー、穂希ってさ、すごい調子乗ってるよね」
「それな! 自分陽キャです、一軍ですみたいな顔してさ。わーっ、ありがとうー! じゃねーんだよブス」
「きゃはは! それは本当にそう」
委員会があって遅くなってしまったけど、あの時は本当にタイミングが悪かった。
なんで今帰っているんだろう、とか、何を笑っているんだろう、とか、いろいろ考えて、頭が混乱して、思わずよろけてしまった。
その時音が出てしまったらしく、彼女たちが私の存在に気付いて、
「うわ、気まず……」
「穂希、今のきいてた……?」
と聞くものだから、ぐるぐると混乱する頭の中、怒りがわいてちょっとした仕返しにこう答えてやった。
「聞いてないよ? 何、どうしたの?」
「あー、そう? ならいいけど」
「一緒に帰ろー」
ならいいけど、ね。わかりやすい。どうして今まで気づかなかったんだろうな。
そう思いながら、小学校を卒業するまでわざと知らないふりをして、卒業と同時に友達をやめた。それから私は人が苦手になってしまった。
でもある日、母の進めで流行りの曲を聞いてみることにした。
その曲を聴いて、私は音楽が大好きになった。その曲のおかげで、傷ついた心が癒えたといっても過言ではない。
中学校に入ってからは眼鏡をかけ始めた。これは偶然だったけど、陰キャになるのはちょうどいいと思った。ヘッドホンは暇さえあれば曲が聞きたかったから。なんとなくだが、落ち着けたから。
そして高一になって、イケメンで人気者の倉瀬のサポーターをするようになって。
やっぱりな、という気持ちと、またか、という気持ちが入り混じって、怒る気も起きなくて、なんかもうあきれてしまった。
♢♢♢
~~♪
……あ、終わっちゃった。
この曲が終わるとき、それは休み時間の終わりが近づいてきていることを意味する。ちょうどこの曲は四分くらいだから。
教室に戻ろうとすると、誰かの話し声が聞こえて思わず足を止めた。
「三浦、__で__のってる_ね」
「それ_! 倉瀬___サポー__だから___ジうざ_」
……”三浦”と”倉瀬”……。大方私の悪口だろう。気にしない気にしない。そんなことより休み時間が終わってしまう。
早く教室に戻ろう、と思ってまた歩き出すと、
「ねえ、それ三浦の悪口?」
……この声、倉瀬!? なんで……。別に放っておけばいいのに。
「えっ、倉瀬くん!?」
「あ、いや、これは……」
「そうやって陰で言ってるのって、要はひがみでしょ? そういうの高一になってもしてるとか、普通にダサいよ。サポーターの件が気に入らないんだったら、先生に直接言えばどうなの?」
「…………っ!」
「~~~~うざ! 莉亜、いこ!」
「うん!」
助けて、くれた?
これは私の問題であって、倉瀬の問題じゃないのに……。いちいち首突っ込んでくるとか、どんなおせっかい人間だよ……。
「……ありがと」
ここからじゃ聞こえないだろうけど、一応助けてもらったんだしね。
キーンコーンカーンコーン
あっ、やばい遅刻する! 私は慌てて廊下を走りだした。
「……ツンデレかよ」
穂希が走り去ったあと、チャイムが鳴るのも無視して、司は座り込んだ。
「っはー……」
穂希がすぐそこにいたのも、小さな声でありがとうと言ったのも、司はわかっていた。
いつもなら「よくな」とか軽く言って去るのに、穂希が悪く言われているのを聞くとどうにもイラついてしまった。今だって、授業が始まってしまってもさっきの穂希の照れたような素直じゃない表情が脳裏に焼き付いて動けないでいる。
「なんでだ……?」
司は生まれたばかりのその感情がなんという名かもわからずに、ただ座り込んでいた。
少しして、司がいないことに気付いた教師がつかわせたのか、穂希が司を呼びに来た。
「何してるの、授業始まってるんだけど?」
「ごめんごめん、ちょっと腹痛くてさ」
「……保健室なら一階だけど」
「もう大丈夫、すぐ行くよ」
「あっそ」
大丈夫、と聞かずまだ覚えきれていない保健室の場所を教えてくれるあたり、ツンデレだなぁと司は思った。
♢♢♢
約四か月間の二学期が始まって、一か月がたった。
「そろそろ文化祭の季節だなー、三浦」
「……ん」
つまり、倉瀬が私のことを間接的に助けてくれたあの日から、もう一か月弱がたったというのに、その間私はずっと意識していたということになる。
だって私は、あの日間接的に助けてくれた倉瀬のことを、ちょっとだけ、ほんの少しだけ、意識してしまったから。
もう一か月弱! ずっと! ああああ、なんてことだ。寄りにもよって、あの! 陽キャお化けに!
いやでも、まだ意識したっていうだけだ。そんなの誰にだってあるじゃないか。うん、そうだ。別にいい人だなんて、ちょっと気になる、なんて、そんなの思ってないもん!
「「……え?」」
「二人そろって同じ反応をするんじゃない、面白いだろ。だからなあ、倉瀬ももうこの高校に慣れてきたころだろうし、サポーターもいらないだろって言ったんだ」
ということは、やっと倉瀬のサポーターから解放されるってこと!?
……なんでだろう、嬉しいことのはずなのに、あまりうれしくない。
「わかりました」
「三浦……。わかり、ました」
これからは、ただのクラスメイト。ようやく悩ましい日々が終わる。今まで見たいに距離が近いこともないし、変な誤解をされて地味な嫌がらせをされることもない。……ない、のに。……なんでだろう。
今、すごく泣きたい気分だ。
♢♢♢
「……ただいま」
「あらー、穂希! お帰りー」
「……ん」
お母さんの明るい声が、今は身に染みる。
「……どうしたの、穂希。今日は一段と辛気臭い顔して」
「え、そんな顔してる?」
いつも通りだと思うんだけど。
「してるわよ。なんかあった?」
その顔の原因が倉瀬だということにちょっと複雑な思いを抱きながらも、お母さんにサポーターの件を説明した。
「なあんだ。そんなことで落ち込んでたの、あんた」
「そんなこと……!?」
自分の落ち込みの原因をそんなこと呼ばわりされてちょっとイラつくけど、お母さんの次の言葉でそんなのは吹き飛ぶ。
「それ、倉瀬司くんって子のこと、好きってことじゃない」
「………………は?」
私が? 倉瀬を?
「ありえない、笑わせないでよ。私は人が苦手って知ってるでしょ」
「でも今、彼のことでこんなにショック受けてるじゃない」
お母さんの言葉に、ぐうの音も出ない。
確かに私は、倉瀬のサポーターから解放されたはずなのに、ちょっとショック受けてるけど。あの日から、倉瀬のことちょっとだけ意識しちゃってるけど。好きとか、恋とか、そういうのじゃ……。
………………私、今、なんて思った?
サポーターから解放されたはずなのに、ちょっとショック受けてる? ちょっとじゃ、なくない……?
ちょっとだけ意識しちゃってる? 一か月弱も意識して、ちょっと? 違くない……?
ていうか、さっきからサポーターじゃなくなったってだけで、めっちゃ倉瀬のこと考えてない……?
私の頭の中、倉瀬でいっぱいじゃない……?
「お母さん、私」
気づきたくなかった。
気づいたって陰キャの私と陽キャのあの人じゃ、住む世界が違うからどうしようもないから。
分かってたのに。
「倉瀬のこと、好きみたい……」
「うんうん。お母さんはツンデレのあんたが初恋を経験して嬉しいよ」
「ツンデレじゃないし!」
一言多いんだから……。
でも、私が自分の気持ちに気付いたって、何もできない。
告白なんてして失敗すれば”三軍陰キャのくせに調子乗って告白した女子”として学校の笑われ者になる。それに倉瀬にとっても迷惑になるかもしれない。だったら、ただのクラスメイトとして過ごすほうが結果的にはそばにいられるんじゃないか。
住む世界が違うのはわかってる。三軍陰キャ女子だってことも知ってる。
でもせめて、想うくらいは許してほしい。
♢♢♢
そんなことを考えながら文化祭の日は着々と近づいてきて、ついに当日。
「はぁ、はぁ……さい、あく……」
私は、39度の高熱を出して欠席することになった。
大方、前日の大雨で、傘を忘れて、びしょびしょになって帰ってきたのが悪かったのだろう。自分で自分にあきれる。
「穂希―、誰か来たら自分で対応してもらっていいー? 私ちょっとだけ行くところがあるからー、すぐ戻ってくるからねー」
「はぁ、ぃ」
誰か来たら、って……。誰も来るわけないのに。お母さん、変なこと言うね。
♢♢♢
「ただいまー」
ほら、誰も来なかった。
「穂希、家の前に誰か来てたけど、あんたの知り合いじゃない―? こんなイケメン、どこでお近づきになったのよー」
「は、ぁ……?」
イケメン……? というかその口ぶり、まるで私の好きな人が来てるよ、みたいな……。いや、ないない……。そもそも家教えてないし……。
「……三浦? 入るぞ」
あー、熱のせいでついに幻聴まで……。私は末期かもしれない。
「三浦、大丈夫か?」
うわ……。頭撫でられる幻触まで……。私ちょっとキモくないか?
「三浦?」
「くら、せ……」
幻覚、幻触、幻聴の三コンボと来た。……あ、そうか、夢か。だったら、言ってもいいかな。もうそろそろ気持ちにふたをしきれなくなってるから、一回リセットしたいし……。
「倉瀬……」
「ん?」
「笑顔のバーゲンセールするから……私のこと間接的にたすけるから……いちいち距離近いし……、やさしくするから……っ好きになっちゃったじゃん……‼」
「……は」
「ばかやろー……」
視界がぼやける。私こんなに涙もろかったっけ。いや、きっと熱のせいだ。夢だからだ。
「三浦、もっかい言って」
夢の中の倉瀬は信じられない、みたいな顔をしてもう一回とねだってきた。現実の倉瀬だったらこういったのかな……。妙に再現度高い夢だな、これ。
「やだ……」
「……っかわ……」
そっぽを向いて反抗したらなんか絶対言わなそうな言葉が聞こえた気がした。いや、夢だからいうのかな。
「三浦、好きって言って」
「やだ……! もう言わないもん……」
「うぐっ……」
……何のうめき声だろう。カエルが潰れたような声だな……。
「……穂希」
何だこれ。穂希って呼ばれるとか、都合いいなあ。ご都合主義だなあ。
「俺も好き」
「……っ」
♢♢♢
良し、全快。
翌日、私はすっかり元気になっていた。
それにしても……。昨日は変な夢を見たな。
倉瀬が私のお見舞いに来て、気持ち伝えて、俺も好きって言われて、額に柔らかい感触の何かが触れて……。
ご都合主義な夢だった。うん。私ちょっとキモくなったのではないだろうか。夢にまで出てくるのは自分でもびっくりだ。
「行ってきます」
「あ、穂希」
……は????
あれ、私まだ回復してなかった?まだ幻覚が見えるんだけど。倉瀬が、私の家の前で待っていて、穂希って呼ぶ幻覚が。
「穂希?」
「え、何の夢?」
「夢はないだろ。昨日好きって言ってくれたじゃん」
…………!?!?!?!?!?
「穂希ー?おーい、穂希さーん」
え、ちょっと待って、あれ夢じゃないの!?
じゃあ、本人に夢だと思って気持ちを伝えてしまっていたと、そういうのだろうか。
やってしまった……。穴があったら入りたい。
あんな形で、気持ち伝えるとか……。いや、俺も好きって言われた?
突っ込みどころが多すぎて頭が混乱する。
「穂希」
「……好きって、言った……?」
「……言ったけど」
少し照れたように返事をする倉瀬。ちょっとかわいいと思ってしまった。
「今日から恋人として、よろしくな、穂希」
「……よろしく、つ、つ、つか、司」
穂希と呼ばれているんだから、私だって下の名前で呼ばないと不公平じゃなかろうか。すごく恥ずかしいけど!
「……変にまじめなのやめてもらえますか」
「真面目じゃないし」
「……はあ、ツンデレ。まあいいけど。穂希、行こ」
「何その手」
「つなごうよ」
私に、手を、繋げと? また誤解されたら……。いや、もう誤解じゃなくなったのか。そっか。
「別に、繋ぎたいわけじゃないからね! つ、司が繋ぐって言ったからなんだからね!」
「はいはい、ほら、今日も文化祭なんだから、早く行こ」
「……ん!」
通じ合ったこの想いを大切に、好きな人とこの先もずっと一緒にいれたらいいな。
面白いな、続きが気になる、などと思っていただけたら幸いです。
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