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第3話 俺、俺に出会う。

「アリシア…。いいか?」

「うん…大丈夫。ユウシ…。」

二人とも息が荒い。熱い体温と、心地よい重さを肌で感じる。

俺はゆっくりと目を開ける。すると、目の前には―――。

唇を尖らせた、全裸の俺がいた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「うわァ!!!!……夢、か……。」


自分の叫び声で目が覚めたようだ。まだ自分から発される澄み切った声には慣れない。


「なんて夢だよ…。」


俺とアリシアの初夜だったのだろうか。前世と同じ顔の俺が、俺の目の前で、俺の唇を奪う寸前。男だって顔が良ければドキドキする気もするのだが、ビジュアルが俺のままだなんて、ただの悪夢だ。


ゆっくりと軽い体を起こすと、昨日と同じ鏡には、昨日と同じアリシアが映っていた。


やっぱり俺と結ばれるルートなんてごめんだ…。そう思いつつも、しかし、この世界の俺は最強冒険者だ。キャラデザだってそれ相応にイケメンで、高身長で、男の俺でも惚れるような男になっている可能性だってある。

そういえば、どんな外見に設定していただろう。まるで思い出せない。


「お嬢様、おはようございます。何やら叫び声が聞こえた気がしますが…大丈夫でございますか。」


マーサが部屋をノックしてやってきた。


「ええ、悪い夢をみていたみたい…。」

「なんとまあ…。怖い思いをしたばかりですからね。かわいそうに…。」


話してみて驚いたことに、会話するときの俺の口調はアリシアのものに自動変換されているようだ。


「お嬢様。本日はお嬢様をお助けいただいた冒険者様が屋敷にいらっしゃいます。」

「冒険者さんが?」

「ええ、ご主人様が是非お礼をということで屋敷にご招待されましたの。お昼前にはいらっしゃいますので、お嬢様もご準備をお願いしますわね。」


ギャルゲーのオートモードみたいに、特に意識しなければ勝手に会話が進んでいく感覚だ。俺の書いたストーリーへの引力がそうさせるのだろう。それでも、俺の意志を介在させる事自体はできるようだ。


「ねえ、マーサ。わたし、どうして森なんかにいたんだっけ。」


これは俺の意志で、尋ねた。


「覚えていらっしゃらないのですか。勝手に屋敷を出て森に遊びに行ったのですよ。お嬢様が森でウサギやリスとお戯れなさるのはいつものことでありますが…。それでもその日は帰りが遅いのでご心配しておりましたところ、冒険者の方が森で倒れているお嬢様を見つけて、屋敷の前まで運んでくださったのです。」


そう、これも俺が知っていること。アリシアはよく勝手に屋敷の裏に広がる森に出かけては、動物たちと遊んでいた。

その日もアリシアは森に出かけ、そして急な高熱で倒れてしまう。そこを通りがかりの主人公が救うというシナリオだ。


「お嬢様、朝ごはんもできています。お食事にしましょう。そのあと、お召し物をご用意いたしますからね。」

「はーい。ありがとう、マーサ。」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「おはよう、アリシア。」

「おはようございます、お父様。」

「気分はもう良いのかい?」

「ええ、もう大丈夫。心配かけてごめんなさい。」


ダイニングルームに行くと、父が先に待っていた。


「そうだな。私はアリシアには色んな世界を見てもらいたいと思っている。だから今までは黙認していたのだが…。私も反省したよ。何かあってからでは遅いからな。これからは必ず、誰かを連れて行くようにしなさい。」

「お姉様、今度からは僕も一緒に行くからね!」

「私も森に入ってみたい!」

「カイル。ソフィア。そうね、一緒に遊びに行こうね。」


8歳の弟カイルと、6歳の妹リリア。アリシアのことが大好きで、いつもついて回っていた。

アリシアの兄弟はもうひとり、18歳の兄セドリックがいる。彼は隣国のカルディア王立貴族学院に留学中で、家を留守にしていた。


「あれ、お母様は?」


食卓に母と思われる人の姿は無い。

そういえば、母親はあまり登場シーンがなかったし、名前も付けていなかった気がする。


「うん?エレーナは最近喘息が少し悪くなってしまったから、オスタニアで静養中じゃないか。」

「ああ、そうでしたね。」


オスタニアとは近隣の静養地として有名な地だ。

なるほど。そのように補完されているらしい。アリシアの記憶でもたしかにそうなっている。

いつも微笑みをたたえている、優しくて、慈愛に満ちた女性。そういう設定を俺がしたわけではないが、アリシアという存在から当然に導き出される母親像だった。


「なんだ、寂しくなったのか?あまり心配をかけさせたくないからまだ便りは出していないのだが。」 

「いえ、そうじゃないの。大丈夫。まだ少し本調子じゃないのかも。」

「朝食を食べたら少し休むといい。昼前にはサガラ殿を招いているからな。」


俺は朝食を食べ終えて、部屋に戻った。

ユウシ=サガラ…。ついにご対面か。


少しして、マーサが部屋に来た。

「お嬢様、そろそろお時間になりますよ。ご準備を。」

「うん、わかったわ。」


部屋の中のウォークインクローゼットにはドレスがびっしりとかかっていた。ラフなものから儀式用だろうか、とても豪華なものまである。


「うわぁ…」


自然と笑顔がこぼれていた。男だってドレスに憧れたことくらいあるだろう。可憐なドレスの数々に、ついテンションが上がっていた。その中でもあるドレスが、ひと際目を引いた。


「お嬢様、きょうはどのお召し物にいたしましょうか。」

「これにする!」

俺は即答でひとつのドレスを指差していた。淡いラベンダー色の、シルク生地のドレス。スカートにアラベスクのモチーフが銀糸で刺繍されている。ルミナリア家の、そしてアリシアの品格と優雅さを纏っていた。アリシアの薄紫の髪の色ともよく似合う。


「お嬢様は本当にこのドレスがお気に入りなのですね。わかりました。」


そういって手際よく、俺の体にドレスを着せていく。そうか、アリシアがこのドレスを着ているのを書いたことがあるんだな。


「はい、完成ですよ。」


鏡の前には、さっきのドレスを纏い満足げな微笑みを浮かべる俺―――いや、アリシアがいた。その優雅さと美しさに、俺は息を呑んだ。こんなドレスでユウシ=サガラに会ってしまったら、それはアリシアルートに入ってしまうよな…。


「サガラ様はもういらしてるようです。さあ、行きましょう。」


これも体が覚えているのだろう。初めて着るドレスでも、歩きづらさはあるが、歩き方は知っていた。


「アリシア様。お待ちしておりました。」

老執事のハロルドが応接室の扉の前で静かに待っていた。さほど経たないうちに、父も向こうからやってきた。ただ歩いているだけなのに溢れる気品や誇り高さは、まさに貴族だった。

「アリシア。うむ、では入ろう。」


ついに、この世界の俺―――ユウシ=サガラとの対面だ。

どんな相貌だろう。金髪碧眼?いやそれはヒロインか。黒髪で、特に特徴もないがなぜかモテる…そんな設定だっただろうか。ヒロインの描写に夢中で主人公のキャラデザはサボっていたような気もする。


ギィィーー。


ハロルドが重厚な扉を開ける。 


「レイモンド=ルミナリア伯爵と、アリシアお嬢様のご到着です。」


俺は父の後について部屋に入った。向こうの窓から差し込む光に目が慣れるまで、一瞬、世界が白く霞む。

呼吸が浅くなる。緊張か、高揚か。

視界が開けると、そこにいたのは―――。


「はっ、はじめまして!ユウシ=サガラと申します。この度はお呼びいただき、光栄に存じます。」


「――――――終わった…。」


キャラデザはサボるもんじゃない。が、俺のイメージ通りではあるわけで。よくできたもんだ。

そこにいた、少し緊張した面持ちの男は、金髪設定、美形設定、何もない。

黒髪に優しげとも言える目。落ち着いた鼻。なんとなく優しそうだがスッキリしない顔。親の顔より見た…本当に親の顔より見た顔。


そこにいたのは、ユウシ=サガラ。いや、相楽侑士。―――元の俺と、まったく同じ相貌の男だった。


俺は、俺とキスはできねえよ…。

俺はこの世界を書き換えなくてはならない。俺ルートだけは、なんとしても回避しなくてはならない―――!

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