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十五年の石化から目覚めた元王女は、夫と娘から溺愛される  作者: 瀬尾優梨
書籍化感謝SS

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やさしい嘘

2025年12月10日に、双葉社・Mノベルスfより書籍化します


ありがとうございます!

「司祭様、また徹夜をされたの?」

「昨日の夜に届くはずだった医療品、到着が遅れたでしょう? 他の者に任せればいいのに、商人が来るのを夜更けまで待って、それから品物の確認までされたそうで……」


 神官たちがそんな話をするのを、廊下を歩いていたルークは聞きつけた。


 ここは、ラプラディア王国の田舎にある修道院。

 十歳にして傭兵として働くルークは先日、ひどい怪我を負ったところを助けられ、ここに運ばれた。手持ちの金はほとんどないが修道院の神官たちはルークを受け入れ治療をして、傷が治るまでここにいればいいと言ってくれた。


 ルークはその言葉に甘え、修道院で過ごしていた。傷はほとんど塞がったので、今は弱った体のリハビリのために修道院内を歩いたりしている。そんなときに神官たちの立ち話が聞こえたので、足を止めてしまった。


 彼女らが話題に出している『司祭様』は、この修道院で最も偉い神官だった。年齢は、十代後半くらいだろうか。まだ年若いものの司祭の地位に就いているのは、彼女がそれなりにいい身分だからなのだろうとルークは推測している。


 本名もどんな生まれなのかもわからないが、司祭様はとても優しい人だった。ぼろきれのような状態で運び込まれたルークの担当となり、傷の手当てをして生活の介助もして、「ここにいていいのですよ」と優しく受け入れてくれた。


 いつ、殺されるのか。いつ、味方に裏切られるのか。

 そんなひりついた環境で生きてきたルークにとって、司祭様はとてもきれいで、まぶしくて、素敵な人だった。修道院内を歩くのには、リハビリのためだけでなく司祭様の姿を見られたらという下心もあった。


 そんな司祭様は、働きづめらしい。

 神官たちから一目置かれる彼女だが、自分の地位に傲ったりはしない。それどころか誰よりも一生懸命働き、人の幸せを喜び、小さな動物の死にも涙を流すとても愛情深い人だからこそ皆から慕われているのをルークは知っていた。


 頑張り屋な司祭様は素敵だと思うが、さすがに徹夜はよくない。そういえば今朝、往診に来てくれたときの彼女の顔色はよくなかった。夜寝ていないのなら、疲れて当然だ。


 ルークは廊下の真ん中で足を止めて、しばらく考えに耽っていた。








「司祭様、いる?」


 緊張しながら執務室のドアをノックしたルークを迎えてくれたのは、柔らかい笑みを浮かべた女性――司祭様だった。

 彼女は普段被っている司祭帽子を外しており、豊かな小麦色の髪が肩に流れている。


「まあ、どうかしたのですか? 体調は、問題ないですか?」


 ルークと視線を合わせるために少ししゃがんで、司祭様は尋ねてくれた。顔の位置が近くなったので、ふわり、と柔らかなハーブの匂いがした。

 怪我人の治療に薬草を使うからか、彼女からはいつも清潔なハーブの香りがしたし……それとはまた違う甘い匂いもするので、ルークはどきどきしてきた。


「あ、の。外に……客が……」

「お客様? 教えてくれてありがとう。どんな方でしたか?」

「あ、えっと……太ったおじさんだった」


 そこまでは設定(・・)を詰めていなかったルークがまごつきながら答えると、司祭様は少し考えるように黙ってから、うなずいた。


「そうなのですね。その方は、どちらに?」

「外……にいる。あの、俺、案内するよ」

「ありがとうございます。お願いしますね」


 司祭様は微笑んで廊下に出てきて、部屋の鍵をかけた。


 ルークは司祭様を連れて歩きながらも、心臓がいろいろな意味でどきどき鳴っているのを自覚していた。

 目的地である修道院前の庭にはすぐに着き、そこに誰もいないのを確かめた司祭様が首を傾げた。


「いらっしゃいませんね」

「う、うん。あの、忘れ物、したんだって……」

「そうだったのですね。ではここで待ちましょうか」

「……うん」


 司祭様がのんびりと言うので内心「やった!」と拳を固め、ルークは彼女と並んでベンチに座った。ルークはまだ子どもなので、二人並んで座っても司祭様のほうが背が高かった。


 ちらっと、ルークは隣を見る。司祭様は背筋を伸ばして膝の上で手を重ね、真っ直ぐ前を見ていた。いつ待ち人が来てもいいようにしているようだ。


「……あの、司祭様。おじさんが来たら俺が教えるから、ゆっくりしていいよ」

「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」

「でも、ずっと背中伸ばしてるの、しんどいだろ。横になってていいから」


 そう言ってから、これは失言だったとルークは気づいた。案の定、司祭様はゆっくりとこちらを見てから何か問いたげな眼差しになった。

 それでも彼女のほうから言い出すことはなく、じっと見つめられて……観念したルークは、「ごめん」と呟いた。


「俺、嘘ついた。……おじさんが来るって、嘘をついた。ごめんなさい」

「そうだったのですね」


 司祭様は穏やかな口調で言うが、きっとルークの嘘なんて最初から見抜いていただろう。もし彼女に訪問者がいてもそれを取り次ぐのは部下の神官たちで、修道院に厄介になっている身の上のルークが使い走りをするものではないのだから。


 ……これまで生きてきて、嘘なんて何度もついてきた。

 嘘をつくことに、罪悪感なんてなかった。


 だが今は……このきれいで優しい人を騙したことに、自分の中の良心が罵声を浴びせていた。


「ごめんなさい……! 俺、あなたに休んでほしくて……。あんまり寝てないって聞いて、仕事ばっかりだって言ってたから……」

「……心配をかけてしまったのですね」


 うつむき拳を固めて謝罪するルークの肩に、柔らかい手のひらがそっと載った。その指先が、よしよしとルークを撫でてくれる。


「そんなに謝らなくていいですよ。これは、私の体調を思ってあなたが勇気を出してついてくれた、やさしい嘘なのですから」

「……」

「ありがとうございます。あなたがこうして外に連れ出してくれたから、ちょっとだけ気持ちが楽になりました。……ふふ、だめですね。患者に気を遣われるなんて」

「そんなことない! 司祭様は頑張り屋で、すごいと思う。でも……無理は、しちゃだめだ」


 ルークが熱を込めて言うと、司祭様は微笑んで頷いた。


「ええ、肝に銘じます。それでは、せっかくですしここで少し休みましょうか。……そうですね。あの木の影がそこの塀と重なるまで、目を閉じて休ませてもらいます。影と塀が重なったら、起こしてくれませんか?」


 司祭様のほっそりとした指先が示す先には、午後の日差しでできた木の影と低い塀があった。木の影が塀と重なるまで、あと半刻くらいだろうか。


 司祭様を休ませることができるし、彼女の眠りを側で守ることができるし、彼女を起こす役目も与えてもらえた。

 ルークの胸が燃え上がり、意気込んで頷いた。


「わかった! ……あ、あの。俺の肩、使っていいよ」

「ありがとうございます。ではちょっとだけ、借りますね」


 司祭様はそう言ってから、ルークの肩に寄りかかった。ルークより背の高い彼女だが、少し座る位置をずらすといい感じにルークの肩と頭の間に寄りかかることができた。


 憧れの司祭様に寄りかかられてルークのほうは心臓がはち切れんばかりだったが、司祭様のほうはすぐに穏やかな寝息を立て始めた。神官たちが言っていたとおり、徹夜をして疲れていたのだろう。


 司祭様の頭がずれ落ちないように肩の位置を調節しつつ、ルークは心の中だけで「ごめんなさい」と謝罪をした。


 司祭様はルークの下手くそな嘘を、「やさしい嘘」だと言ってくれた。多忙な彼女を休ませるためについた、親切心ゆえの嘘なのだと。


 だがそれだけでなく、ルークには下心があった。司祭様を連れ出す口実を得て……こうして二人きりで過ごせるのではないか、という。


 自分のついた嘘は「やさしい嘘」なんかではなくて、下心まみれの欲深い嘘だった。

 それに司祭様が気づいているのかどうかはわからないが……気づかないでほしい、と願っている。


 夕暮れ時に向かおうとしている日差しが、少しずつ木の影をずらしていく。


 ……日が落ちるのが、止まればいいのに。

 この時間がもう少し続けばいいのに、と願いながら、ルークは司祭様から香るハーブの匂いに胸をときめかせていた。

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