伯爵夫妻、デートに行く④
デートの最初の目的地としてルークに案内されたのは、街の中央にある立派な公園だった。
「ここ、遠くから見えていたけれどこんなに立派なものだったのね」
「はい。街の中でも自然を感じられる場所、をコンセプトにしました」
ルークと並んで公園のアーチをくぐった先には、いくつかの店が並んでいた。
「お店もあるのね」
「主に飲食店です。料理を注文して、あそこのデッキの好きな場所で食べられます」
ルークの言うように、もうすぐ昼時だからか店の前には多くの人たちが並び、そこで購入した料理をデッキ席に持っていって食べていた。
「最初は、食べ歩きができるようにするという案もありました。ですがその場合、食品の包装紙を放棄する者が出て公園の美化に影響を及ぼすだろうということになり、デッキ席で飲食することになりました」
(……なるほど。この公園一つ作るのについても、いろいろなことを検討していたのね)
ルークは領地経営などからっきしだったはずだが、子爵として領地を抱える際に必死に勉強したのだろう。
店の周りにはたくさんの人がいるが、今のカミラとルークは変装しているからか「伯爵閣下!?」などと言い出す者はいない。当然、店の前にも並ぶことになってしまいルークは申し訳なそうだが、こういう経験も初めてのカミラはむしろわくわくしていた。
二人が並んだのは、自然の具材をたっぷり使ったピザの店だった。「召し上がるときに手や口元が汚れるのでは……」とルークは案じていたが、カミラが熱心にねだると首を縦に振ってくれた。
ピザは一枚一枚窯で焼くので、時間がかかる。だが昼食時間より少し前から並んだし、並びながらもルークといろいろな話をしたので待ち時間はあまり気にならなかった。
「カミラ様、会計は……」
「私がするわ!」
ルークに気を遣われながらも、カミラは張り切って財布を出した。元王女、元高位聖職者の司祭であるカミラは、小銭を使って買い物をした経験がない。
だがお金の知識はあったし、ルークには焼き上がったピザを持ってもらう役目がある。ちまちまと小銭を数えて支払いを終えたときには、なんだかとてつもなく大きな仕事を終えたかのような達成感があった。
二人分のピザと飲み物を手に、デッキ席に向かう。ルークが丁寧に拭いてくれた椅子に座り、既に切れ目の入ったピザをしげしげと眺めた。
「ピザを食べるのは初めてで?」
「司祭の頃、町で奉仕活動をしたときにご馳走になったことがあるわ。でも、あのときのはもっと生地が分厚くて具材が少なかった気がするわ」
「地域によって、ピザの生地の厚さやみみの大きさなどが違うようです。ここらのは生地をカリッと焼いていて、具材たっぷりです。だから、こうやって……」
そう言って手を拭いたルークが、ピザを一切れ手に取った。生地が薄いため重い具材がずるりと滑り落ちそうになったので、ルークはピザの先端部分をくるんと折り畳んだ。
「具が落ちないように食べるのがポイントです」
「なるほど!」
わくわくしてきたカミラも手を拭き、ピザを手に取った。昔食べたことのあるものよりも重くて、そのまま持ち上げると具材が落ちてしまいそうだ。
ルークを真似してピザの先端を折り曲げ、一口でほおばる。あの店のピザは直径が小さめでかつ細かくカットしてもらったので、カミラの小さな口でも余裕で食べられた。
「おいしい! トマトに、ピーマンに、タマネギ……ソースも甘くておいしいわ!」
「よかったです。……私のも一切れ、食べてみますか?」
「ありがとう。それじゃあルークのと、一切れずつ交換しましょう?」
修道院時代もよく、同僚や子どもたちと『一口交換』をしたものだ。
ルークのピザは野菜メインのカミラのものと違い、肉が多めでソースも辛かった。おかげで一切れ食べた後カミラはすぐに水を飲まなければならなかったが、ジューシーでとてもおいしかった。
ピザを食べて容器を店に返し、手を洗ってから二人は公園の散策をすることにした。
園内は道がきちんと舗装されており、階段などもほとんどない。おかげで子どもたちや老人も、安全に散歩することができる。
「素敵な場所ね」
「ありがとうございます。カミラ公園という名の通り、この街でも一番美しい場所にしたつもりです」
「ちょっと待って」
今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
「カミラ公園……というのは?」
「この公園の名前です。まだ、仮決め状態ですが」
それが何か? と言わんばかりにルークがこちらを見るので、カミラの顔が熱くなる。
(そ、それって間違いなく、私の名前を冠しているのよね!?)
「やめてちょうだい! どうして私の名前を……」
「領内の施設に領主の家族を冠した名称をつけるのは、よくあることだと聞いています。ですからカミラ様の名をつけたのですが」
「た、確かによくある話だけれど……そう! ディアドラの名前の方がふさわしいでしょう!」
「ディアドラの名前は既にございます」
ほら、とルークが示した先には、花壇がある。そこには、カミラもあまり見たことのない純白の薔薇が誇らしげに咲いていた。
よく見ると、花壇には小さな看板が刺さっている。そこに書かれているのは――『プリンセス・ディアドラ』の文字。
「隣国から献上された新種のバラに、ディアドラの名をつけました。ディアドラの株があるのはこの公園とうちの伯爵邸の温室、王城の温室だけです。この国のどのバラよりも一株の価値があると思われますし、ディアドラの名を冠するのにぴったりだと思いました。本人も喜んでおります」
そういえば、伯爵邸には温室があるとは聞いていたがまだ行ったことはなかった。少し離れた場所にあるので、元気なときに行ってみようとディアドラと決めていたのだ。
「そういうことなので、街の心臓部分にあるこの公園こそ、カミラ様の名を冠するにふさわしいと思いました。……お嫌でしたか?」
「い、嫌ではないわ」
ルークが捨てられた犬のような眼差しで問うてきたので、カミラは急ぎかぶりを振った。
嫌、ではない。少し恥ずかしいだけだ。
「でも、ルークの名前でもいいと思うわ。この街を作ったのは、あなたなのだから」
「私の名前なんて、あのベンチくらいで十分です」
そう言ってルークが示すのは、遊歩道の脇にぽつんとある木製のベンチ。
「カミラ公園にある、ルクレツィオベンチ。うん、いい響きです」
「ええと……」
「カミラ公園の名前について市民にも意見を問うたところ、七割の者から賛成意見が出ております」
「ルーク、三割の人の意見を無下にしてはだめよ」
ここはマイノリティに乗っからせてもらおう、とカミラは意気込む。
「反対する人もいるのだから、この公園をカミラ公園と名付けるのはやめましょう」
「わかりました。……ちなみに三割の意見は、『カミラ様の名前を公園に留めるのはもったいない』とのことでした」
「……」
ルークは、にっこり笑う。
「反対派の主張は、『いっそこの街の名前をカミラにしよう』とのことですので、明日早速王城に行き街の命名手続きをして参りますね」
「……やっぱりカミラ公園でいいです」
やはり、マジョリティに従うのがよいようだ。
かくしてベレスフォード伯爵領中心街にある公園は、『カミラ公園』に決定した。
ベレスフォード伯爵はこの公園の美化には特に力を入れ、ゴミのポイ捨てをする者は容赦なく捕らえられ、重い罰則を与えたという。
ちなみにカミラ公園の一角にあるさびれた木のベンチも『ルクレツィオベンチ』と呼ばれるようになり、なぜか「ここに座ってプロポーズすると、成功する」「困りごとのあるときにここに座って休憩すると、悩みが解消される」というジンクスが広まるのだった。
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