伯爵夫妻、デートに行く②
数日後、カミラは鏡の前でそわそわしていた。
「ねえ、ディア。私、おかしくない?」
「とっても素敵です! お父様がメロメロになること間違いなしの、最高のお母様です!」
ディアドラは鼻息も荒く言い、カミラ付メイドのベラも首がもげそうなほどの勢いで首肯している。
ルークにデートに誘われた、と相談するとディアドラは目をまん丸にして持っていたティーカップを取り落としそうになったし、ベラは滝のような涙を流した。
そして元々仲のよかったらしい二人は結託してカミラのドレスやメイクについて額を突き合わせて相談し、デート当日の今朝から念入りにカミラを飾り立ててくれた。
普段は元王女の伯爵夫人としてふさわしい豪奢なドレスを着ているのだが、今日のカミラとルークは『恋人の気持ちになってデートをする』のだ。
そのため、胸元に大きなリボンのついたくるぶし丈のワンピースにレース編みのカーディガン、花飾りのついた帽子やシルクの手袋など、華美すぎない秋のちょっとしたお出かけにぴったりなコーディネートを完成させてくれた。
ディアドラとベラはべた褒めしてくれたが、この二人はカミラについての判断基準が非常に緩い気がする。たとえカミラが下着一丁でも「涼しげで素敵です!」と言いそうなので、褒められるのは嬉しいものの果たして彼女らの言葉を真に受けていいものなのだろうかとも案じてしまう。
ベラから渡された日傘を手に階段を降りたカミラがリビングに向かうと、そこではもう夫が待機していた。
彼も、普段の騎士隊服や改まった場で着用するフロックコートとは違う、ややラフな外出着姿だった。
丈が短いジャケットや足首丈のスラックスは、最近の若い男性が好んで着るものだ。普段はブーツだが、スラックスの形に合わせて仔牛革製の紐靴を履いている。いつもより砕けた服装なのが恥ずかしいのか、ルークは被っているギンガムチェックのハンチング帽のつばを少し下げて顔を隠した。
「……お待たせ、ルーク。今日のあなたは、いつもと雰囲気が違うわね」
「その……はい。騎士服や正装も考えたのですが、こういうものの方がカミラ様が気兼ねせずに済むだろうと助言されまして」
すみません、とルークは小声で謝罪する。
「私の年齢では、こういうものは若作りで不相応だとわかっております」
「まあ、何を言うの。私たちはこれから恋人の気持ちでデートをするのだし、ルークはそういう服もとても似合っているわ」
カミラが心から言うと、帽子のつばを上げたルークははにかんだ。
「……ありがとうございます。ああ、カミラ様もとてもよくお似合いです。そのワンピースもカーディガンも私が贈ったもののようですが、このように素敵な組み合わせになるなんて思ってもおりませんでした」
自分のことになると後ろ向きなのに、カミラを褒めるときはぐんと饒舌になるルークはカミラのもとまで来て、絹の手袋を嵌めた手を取って軽くキスをした。
「それでは、参りましょうか。……馬車は途中までとのことですが、本当によろしいのですか?」
「ええ。リハビリにもなるし、そのために丈夫な靴を履いているから」
ほら、とカミラはルークにもよく見えるようにワンピースのスカート部分を少し持ち上げて、底のしっかりした革靴を見せた――のだが、彼は弾かれたように顔を背けた。
「カ、カミラ様。そのようなはしたないことをなさってはいけません」
「まあ、ごめんなさい。あなたになら見られてもいいと思ったのだけれど……だめだった?」
「……私だけならいいですが」
「よかった。ねえ、ちゃんと靴まで見てくれた?」
「み、見ました。見たから、スカートを下ろしてください」
顔を背けながらもちゃんとちらちらとこちらを見て靴を確認してくれたようなので、カミラは微笑んでスカートを下ろした。
……若干の天然を装ったが、もちろんスカートを持ち上げて足を見せることがはしたないとわかっている。
わかっていて……夫が狼狽えるところを見たいと思って意地悪をしてしまったのだった。