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『カミラ同盟』発足!

ディアドラが四歳の頃、パメラやルークと一緒に過ごしたときのお話

 ディアドラ・ベレスフォードには、叔母がいる。


「久しぶり、ルーク。なんとか生きているようね」

「久しぶりです、パメラ様。あなたもいろいろな意味でお変わりないようで何よりです」

「意味深ねぇ。……あらまあ! ディアちゃんったら、しばらく見ない間にすっかり大きくなったのねぇ!」


 父と話しているときはどこか冷めた口調だった叔母だが、玄関脇の柱の陰から顔を覗かせるディアドラを見つけた途端、でろんと表情を溶かした。


 後ろからメイドに促されたので、ディアドラは前に出てからスカートを軽く摘まみ淑女のお辞儀をした。


「お久しぶりです、おばさま。お会いできてうれしく思います」

「まあまあ、挨拶も立派になって……!」

「カミラ様のご息女である姫君なのだから、当然でしょう」

「あなたって、そういうところあるわよね」


 たった四歳だというのに貴族令嬢として立派に振る舞う娘を前に、父のルークは鼻高々だ。

 ルークはディアドラの父なのだが、性根が王家に仕える騎士である彼にとってのディアドラは我が子である以上に、敬愛する王女が生んだ王家の姫という尊い存在でもあるようだ。


 母方の叔母であるパメラは、アッシャール帝国の側室だ。彼女が遠い異国に嫁ぐことになった経緯まではディアドラはまだ知らないが、姉であるカミラが石化したと聞いた彼女はラプラディア王国に飛んで帰ってきて、冷たく固まった姉にすがりつき声を上げて泣いたという。


 そんなパメラは、帝国の方で大きな行事のないときに帰郷してはディアドラとルークに会いに来てくれている。彼女が第一子である皇子を産んだ去年は手紙だけで済ませたので、久しぶりに姪に会えてパメラはうれしくてたまらないらしく、異国情緒溢れるお土産をたくさんくれた。

 ルークは、「あのでかい馬車に何が入っているのかと思ったら、全てディアへの土産か……」と呆れていたが。


 父のルークには家族がおらず、母カミラの両親も既に亡い。母には兄がいたそうだが、ディアドラが物心つくよりも前に田舎に引っ越したとのことだ。


 パメラは、ディアドラのことをとてもかわいがってくれる。ルークもよく「おまえはカミラ様に似て、賢くて優しい子だ」とべた褒めしてくれるのだが、パメラはそれ以上だった。


 パメラに遊んでもらった後、少し眠くなったのでディアドラはメイドに連れられて部屋に行き、昼寝をした。

 そうして目が覚めた後、父とパメラを探していたディアドラは、一階リビングで二人を見つけた。


「おとうさ――」


 父を呼ぼうとしたディアドラだが、はっと口を閉ざす。


 父とパメラは、ソファに向かい合って座って何やらおしゃべりをしている。話している内容はディアドラには難しくてよくわからなかったが、なんだか二人がとても仲がよさそうに見えた。


 ……ずきん、と胸が痛くなったので、ディアドラはそこに触れた。


 ディアドラは、父のことが大好きだ。そして、パメラのことも大好きだ。


 大好きな二人が、おしゃべりをしている。

 それはディアドラにとっても嬉しいことのはずなのに、なぜか胸がちくちく痛かったし、よくわからない不安も湧いてきた。


 なんとなく、二人の会話を止めに入りたくなった。

 でもそうする勇気は起きなかったし、もし父やパメラに嫌われたらと思うと怖いし……そうしてドアの前でもじもじしているディアドラを、父が見つけてくれた。


「ディア、昼寝は終わったのか」

「ん、はい、おとうさま」

「あらまー! ディアちゃん、寝癖までかわいいだなんて! そういえば昔、お姉様もたまーに御髪に寝癖がついていたっけ……」

「……確かに。あの朝も、カミラ様の御髪に癖がついていたな……って!」

「子どもの前でそういう気配を醸し出さないでちょうだい?」


 どうやら父が何か不適切発言をしたために、パメラから手厳しい突っ込みを受けたようだ。

 パメラにどつかれた肩をさすりながら恨めしげな目をする父と、どこ吹く風のパメラ。


 ……また、ディアドラの胸が痛んだ。


「おとうさま……」


 ディアドラは父のもとに向かい、上着の裾をぎゅっと掴んだ。


「おとうさまは、おばさまとおしゃべりするの、すき?」

「えっ? まあ、嫌いではないが」

「……あのね。ディア、なんだかここがもやもやしちゃうの」


 ここ、と言いながらディアドラは自分の胸元に触れる。


「おとうさまとおばさまがたのしそうなの、いいことなのに、こわくなってきちゃうの」

「怖い? どうして――」

「ディアちゃん」


 きょとんとする父とは対照的に、パメラは何かに気づいたようだ。

 彼女は優しい笑みを浮かべ、そっとディアドラに向かって手を差し伸べた。


「ディアちゃんはひょっとして、私とルークがあんまりにも仲がよさそうで心配になっちゃったのじゃないの?」

「心配? なんのだ?」

「でも大丈夫よ。あなたのお父様が一番好きなのは、あなたのお母様……カミラお姉様よ」


 なおも状況がわかっていない様子の父を差し置き、パメラは自分の方にやってきたディアドラを抱き上げて膝の上に載せる形で向き合った。


「私とルークは確かに仲がいいけれど、よいお友だちということなの。私たちは……お姉様のことが大好きな同志なのよ」

「どうし?」

「そう。私たちは、『カミラ同盟』の盟友なのよ!」


 だいたい事情がわかってきたらしい父だったが、パメラの発言にぎょっとして目を見開いたようだ。


「パメラ様……」

「私たちは、あなたのお母様の幸せと笑顔のために頑張ろう、っていう約束をしているの。私たちの仲がいいのは、私たちの間にお姉様がいるからなのよ」

「どうめい……めいゆう?」

「そう。だから、何も心配しなくていいのよ。それになんといっても……私たちの話題のほとんどは、お姉様のことなのだからね!」


 ほほほ、と笑うパメラは帝国の皇子を産んだ母となってもなお、楽しいもの好きなお転婆だった。

 勝手に同盟を結ばされたルークはやれやれと肩を落としているが、まんざらでもなさそうな顔だ。


「……まあ、パメラ様の言うとおりだ。ディアは、私とパメラ様の仲がよすぎるのではないかと心配してくれたんだな。ありがとう、それから……心配させてすまない」

「ううん、いいの……いえ、よくないわ」

「えっ」

「おとうさま、おばさま。わたしも『どうめい』にいれて!」


 身を乗り出して声を上げるディアドラの青い目は、きらきらと輝いている。


「わたしも『カミラどうめい』にはいる! いれてくれるのなら、ゆるしてあげるわ!」

「お、おまえ……」

「ふふ、いいじゃない。……それじゃあディアちゃんも、『カミラ同盟』の仲間よ!」


 慌てるルークをよそに、姪が自分の悪ノリに乗っかってくれたのが嬉しいらしいパメラは上機嫌でディアドラの手を握った。


「私たちはこれから、『カミラ同盟』の一員として清く正しく生きていく必要があるわ」

「きよくただしく?」

「毎日元気に過ごして、ご飯をたくさん食べて、お勉強をして、人に優しくする。そうしていつかお姉様が目を覚ましたときに、うんと素敵になった自分を見てもらえるように頑張るのよ」


 子どもにもわかるようにパメラが説明すると、ディアドラはうんうんと大きくうなずいた。


「わかった! わたし、がんばる!」

「ええ、一緒に頑張りましょう!」

「……まあ、いいか」


 根が真面目だからかいまいち義妹と娘のノリについて行けていない様子のルークだったが、二人が楽しそうだからいいことにしようと考えたのだった。











 こうしてパメラの突拍子もない思いつきにより発足した『カミラ同盟』だったが、ディアドラはこれをただのままごと遊びなどではなくて、本気で捉えていた。


 彼女は字がきれいなメイドに頼んで【『カミラ同盟』のおきて】を大きな紙に書いてもらった。

 そこに書かれているのはパメラが言ったことに加えて、「ありがとう、をたくさんの人に言う」「好き嫌いをしない」「人の話をちゃんと聞く」といった、使用人たちと一緒に考えたその他の盟約もあった。


 おきての紙はディアドラの部屋の前に飾られ、ルークも使用人もそれをにこやかな眼差しで見ていた――のだが、ディアドラはこれだけでは満足しなかった。


 ディアドラは、積極的な『布教』を行った。

 使用人に、領民に、はたまた王都にいる従兄である王太子や新国王に、『カミラ同盟』を広めていく。ルークは必死になって止めたのだが、ディアドラに甘い大人たちは遊びに付き合ってあげて――そしてその盟約が子どもの発想だと馬鹿にできないものであると気づかされた。


 これはおもしろそうだとラプラディア王国新国王や王太子も同盟に加わり、カミラ本人が石になって眠っている間に盟友が増えていった。


 またパメラも帰国してから、「こんなことがありましたの」と夫や皇妃、『あねさま』と呼ぶ他の側室たちにも語ったため、『カミラ同盟』の名は各国の権力者中心にじわじわと広がっていった。


 とはいえ、さすがにカミラが目覚めた頃になると十年以上前に作られた同盟のことをわざわざ持ち出す者はおらず、カミラは自分の名を冠した同盟が発足していたことを知ることはなかった。





 ……それからさらに数年後。

 王位を継いだ元王太子が法律を改正する際に『カミラ同盟』の盟約内容を参考にしたという噂もあるが、真偽のほどは定かではないという。

『『カミラ同盟』発足!』おしまい

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― 新着の感想 ―
娘の愛がでけえ
 愛の成せる業…いや、重いな(笑)
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