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ルークの恋③

 結婚して一ヶ月ほど経った頃、ルークは二年間の遠征任務に出ることを決めた。


 毎日吐きそうな忙しさの中で騎士として働いているが、こんなちまちまとしたことでは爵位を上げられない。そんな中、遠征任務の募集がかかったためルークはすぐさま飛びついた。


 任務内容は決して楽とは言えず、そのため志願者はなかなか集まらなかったようだ。だが難易度が高ければ高いほど、得られる功績も大きなものになる。伯爵位はすぐには無理でも、子爵位への近道にはなるはずだ。


 カミラにそのことを伝えると、彼女は驚きつつもルークの決意を認めてくれた。

 二年間もカミラに会えないのは寂しいし、もしその間に彼女に言い寄る男がいたら……と思うと、存在もしないそいつを八つ裂きにしたくなる。だからカミラのことは使用人たちによく言い聞かせ、ルークは遠征の準備を進めた。


 ……それでもやはり、これから二年もカミラに会えないという思いはルークをじくじくと痛めつけた。

 ルークも若いのだから妻と閨を共にしたいという欲は人並みにあったし、これから二年もその機会が失われるのだと思うと我慢できなくなった。


 出発の前の日、勇気を振り絞ってカミラを閨に誘うと、彼女は戸惑った顔を見せたものの従順にうなずき、寝室に案内してほしいと手を差し出してくれた。

 その途端、かっかと燃え始めた体をなんとかなだめながらもルークは努めて紳士的に妻を寝室に呼び――ただしその後はカミラがもう無理だと言っても聞くことができず、結局明け方まで離してやれなかった。


 カミラの方は疲れきって伸びていたので、それをいいことにルークは身仕度を調えて屋敷を離れた。

 閨の最中も、妻の唇は奪わなかった。我を忘れて獣のようになったときに奪うのははばかられ、口づけをもらうのは無事に帰ってきてからしよう、という乙女じみた心があったからだった。


 次にカミラに会うときには、一回りも二回りも成長してみせる。

 彼女にふさわしい男になると誓って、ルークは王都を後にした。










 カミラとは、手紙のやりとりをすることになった。

 とはいえルークは字を書くのが苦手だったし、これまで報告書以外まともな文章を書いたことがないので、妻への手紙に何を書けばいいのかわからない。


 そうして任地で働き年が明け、春になった頃。

 初めて妻から届いた手紙を読んだルークは、椅子に座ったまま意識が遠のきそうになった。


「カミラ様が、懐妊……!?」


 手紙に綴られたカミラの美しい文字は、妊娠したこと、今年中には出産予定であることを語っていた。


 手紙を握りつぶしそうになったので慌てて広げてテーブルの上に置いてから、ルークは頭を抱えてしまった。


 まさか、あの一度きりの夜で妻が懐妊するとは思わなかった。だが時期を考えてもルークの子だし、一緒に添えられていた使用人からの報告を見ても……そして貞淑なカミラの性格を考えても、彼女が不貞をする可能性はゼロだった。


「俺の、子ども……」


 カミラの前では絶対に口にしない口調で、ルークは呟く。


 あの女神のようなカミラが、ルークの子を身ごもった。今年中にはかわいい子を――世界でたった一人のルークの肉親を産んでくれる。


 嬉しい。

 驚いたが、とても嬉しい。


「そうだ、返事」


 はっとしてルークはペンを執ったが、何を書けばいいのかちっとも思い浮かばなかった。そしてなんとかペンを走らせても内容に納得がいかず、書いては紙をぐしゃぐしゃにして捨てる、を何度も繰り返してしまう。


 結局まともな内容が書けたのはずっと後になってからで、急いで郵送手続きをした。











 それから、ルークは頑張ってカミラに手紙を書くようにした。

 自分のつまらない報告書のような手紙に対し、カミラは美しい便箋に流れるような文字で、身の回りの出来事やお腹の子の様子、使用人たちのとやりとりについて綴ってくれた。


 妻からの手紙は全て、鍵付の箱に入れておいた。間違っても、同僚たちに触れられてはならない。


 そして秋には、「子どもの名前を決めてほしい」と、難易度の高い宿題付きの手紙が届いた。

 それからというもの、ルークは真面目に仕事をしつつも頭の中では子どもの名前ばかり考え続け、結論が出たのは秋の終わりになってからだった。


 アーネストと、ディアドラ。


 学がないわりに頑張って、命名や名前の由来について考えた結果だ。

 手紙が王都に届くのは冬になってからだろうから、もうカミラの方で名前を考えているかもしれない。だから一つの案として留めてもらえたら、と思った。


 今年中に出産予定とのことだったので、冬の間ルークはひたすら妻と子どもの無事ばかりを願っていた。

 そうして年末に迫った頃、待ちに待った手紙が届いた。震える手で開いたそれには、かわいい娘が生まれディアドラ・ベレスフォードと名付けたことが書かれていた。


「ディアドラ……」


 口の中で娘の名前を呟き、ルークはぐっと拳を固めた。


 娘が生まれた。

 カミラは、ルークが考えた名前を娘につけてくれた。


 カミラからの手紙の文字は、いつもより少しだけ震えている。出産間もなくて体の調子が悪いだろうに、代筆を頼まず自分の字で夫への手紙を書こうとする妻の健気な姿が想像でき、愛おしさで胸がいっぱいになる。


 カミラと、ディアドラ。

 ルークがこれから一生をかけて守り愛するべき、大切な人たちの名前だった。

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― 新着の感想 ―
 その後、まさか疎遠な義兄の嫁が被害妄想で妻子を害するなんて悪夢のような起こるなんて、な…(´;ω;`)
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