ルークの恋②
パメラ王女と婚約したルークははたして、婚約報告のためにあの修道院に再び行くことになった。
修道院の記憶はもうおぼろげになっていたが、あちこち歩いていると少しずつ記憶が鮮明になって戻ってきた。
体を動かすリハビリのために、司祭に手を取られて歩いた廊下。
恥ずかしさで逃げ出そうとするルークをがっちり掴み、服を剥がす司祭によって風呂に放り込まれた浴室。
せめてお礼になればと、生まれつきの手先の器用さを使って花で贈り物を作ろうと思い、座り込んで花冠を編んだ庭。
修道院を去る日、何度も振り返り見た門。
そして夏の日差しが差し込むガゼボにて、ルークは五年ぶりに司祭と再会した。自分とパメラを待っていたその人こそ、ルークが憧れ続けた王女だった。
第一王女であるカミラ司祭は、妹とルークの婚約を祝福してくれた。その頃にはルークとパメラはまるで友人のように軽口をたたき合える関係になっていたが、司祭はそんな二人を優しい眼差しで見守っていた。
彼女の話しぶりからして、司祭の方は五年前のことを覚えていないようだった。彼女はパメラを愛おしそうな眼差しで見て、妹をよろしく頼むとルークにも優しい声かけをしてくれた。
……これで、十分だった。
ルークがパメラを妻として大切にすれば、司祭も喜ぶ。それこそがきっと、五年前に彼女が言った「誰かを助けることで、治療費にあてる」ことになるのだろう。
「やっぱりあなたの初恋の人は、お姉様だったのね」
帰りの馬車の中でパメラが言ったので、ルークはうなずいた。
「五年前と変わらない。とても美しい人だった……」
「まーやだ、のろけちゃって。でもわかるわ。お姉様って輝くほどの美人というわけではないけれど、そばに行きたくなるような魅力があるというか、ずっと見ていたくなるような人だもの」
さすが妹だけあり、パメラの意見は的確だ。
おそらく美人の度合いで言うなら、パメラの方が上だ。だが司祭には、ずっと見ていたい、ずっとそばにいたいと思わせるような静かな魅力があった。
ルークがベレスフォード伯爵として、司祭がずっと微笑んでいられるようなラプラディア王国を守れるのなら、それだけで十分だった。
国王の崩御から、新国王の即位。そして喪が明けるなり命じられたパメラとの婚約解消と、第一王女カミラとの再婚約。
まるで濁流の中に放り込まれたかのような出来事の連発だったがそれでも、ルークの胸には驚きと焦りに勝るほどの幸福があった。
国王の死を喜ぶつもりも、ましてや王女たちに嫌われているという新国王に感謝する気持ちも、全くない。
だが、あの妹姫贔屓の国王ジェラルドのおかげで、パメラは念願だった楽ちん後宮生活を送れるし、ルークは憧れの司祭と結婚することができるようになった。
王城に呼ばれた司祭ことカミラは、顔面蒼白だった。彼女がおどおどしているのが気配でわかり、せめて自分は堂々としていなければと己を奮い立たせた。
……国王がルークに与える爵位を伯爵家から男爵家に格下げしたときには、さすがに怒りを露わにしそうになった。
カミラは修道院生活が長いとはいえ王女だ。伯爵夫人ならともかく、金持ちの平民と同格の男爵夫人の座に押し込めなければならないなんて、あんまりだ。
それに、どうやらカミラはルークの結婚相手が自分であることに引け目を感じているようだった。ルークとしては願ったり叶ったりなのだが、カミラは自分が愛人の子でしかもルークより八つも年上であるからか、しきりに謝ってきた。
「……せめてあなたに不自由がないようにだけはしますので、ご安心ください」
カミラを慰めながらも、ルークは自分のふがいなさを恨んでいた。
王女の降嫁先が男爵だなんて、侮辱もいいところだ。だが、あの国王に頭を下げて与えられた伯爵位なんて、カミラにはふさわしくない。
ルークが必死に働き、自力で高位貴族に上り詰めなければならない。
清らかな王女がいつも笑顔で自由な生活を送れるようにするために、ルークは尽くすだけだった。
パメラが上機嫌でアッシャール帝国に嫁いでいき、ルークとカミラの結婚生活も始まった。
だが国王の嫌がらせなのかとにかく時間がなく、カミラが屋敷に来る日までに家具を用意してルークの元仲間たちを使用人としてスカウトするだけで精一杯だった。せめてメイドを先に雇うべきだった、と後悔しっぱなしだ。
それでもカミラは全く文句を言わず、「十分すぎるくらいだわ」とルークを気遣ってくれた。それがまた居たたまれなく、自分の甲斐性のなさに胸が痛くなってきた。
そして普通の夫婦なら胸をときめかせる初夜も、カミラの気持ちや体の都合を無視して押し進めることはできなかった。
それどころかカミラの方から「もしルークと寝所を共にするべきだったら、夫婦用の寝室に入ることになる」と夫の機嫌を伺うようなことを言ってきた。ルークの方がカミラを立てなければならないのに、カミラが夫の顔色を見て怯えているかのようで、そんな彼女に手を出すことは躊躇われた。
本当は今すぐカミラと閨を共にしたいが、それでカミラを泣かせたり「こんなつもりではなかった」と悲しませたりしたら元も子もない。カミラを泣かせたりでもしたら、ルークはその場で腹を切って自害してしまうかもしれない。
ただでさえ自分は成人したての若造で、カミラを支えられるだけの甲斐性も身分もない。幸い先代国王から押しつけられた褒美は山のようにあったからそれらを全てカミラに差し出し、自分は身を粉にして働き、カミラのために尽くすべきだと思った。