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ルークの恋①

本編開始より約五年前からカミラ石化までの、ルーク視点のお話

5話構成

 彼女と初めて出会ったとき、本当に女神が存在するのだと思った。


『もう大丈夫ですよ。安心してくださいね』


 傭兵の仕事で失敗し、血まみれで修道院に運び込まれたルークを介抱してくれたのは、若い女性神官だった。後に彼女は修道院の中でも高位の司祭だと知ったのだが、怪我の痛みと熱で意識がもうろうとする彼の目には、まさに救いの天使のように映った。


 司祭はルークの包帯を替え、傷の縫合をして、食事や入浴の介助をしてくれた。当時ルークは十歳で女性に裸を見られるのは恥ずかしいと思う年齢になっていたが、彼女は「怪我人なのだから、遠慮しないでください」と笑顔でありつつも有無を言わせない握力でルークの服を引っぺがした。


 彼女は、名乗ろうとはしなかった。だからルークも彼女のことを「司祭様」と呼び、傷が癒えるまで世話になった。


 適切な処置を受けたからかルークの体に傷痕は残ったものの全て塞がり、仕事に復帰できるようになった。司祭は幼いルークが傭兵をしていると聞いてとても心配してくれたが、自分には戦うしか生きる道がないのだからと説き伏せた。


 残念ながら当時のルークには蓄えがなく、治療費を払えなかった。

 だが司祭は微笑み、「あなたが大人になったとき、困っている人を助けてあげてください。それを治療費に充てられれば十分です」と言った。正直よくわからない理論だったが、文無しのルークのことを思って言ってくれたのだとはわかった。


 最後まで彼女は名乗らなかったが、ルークは修道院を去る前にどうしてもとあがき、周りにいる神官に尋ねた。その結果、司祭がここラプラディア王国の王女様であることを知った。


 王女様、つまり国王の娘。

 きれいで優しい素敵な人だから貴族の生まれなのかもしれないとは思っていたが、彼女はルークの想像の遥か上を行く雲の上の人だった。


 また、彼女に会いたい。

 今回彼女に助けてもらえた分、今度は自分は彼女を助けたい。


 そう思って数年後、ルークはラプラディア王国騎士団の門を叩いた。残念ながら彼の身分では騎士になれず志願兵に留まったが、今はこれで十分だ。


 十二歳で志願兵になったルークは、必死に訓練を受けて実戦にも赴いた。

 元々戦闘能力が高かっただけでなく、彼には傭兵や兵士たちの動きを見て情報として頭の中に蓄え、彼らをどのように戦場で動かせば勝利に導けるかをシミュレートする能力があった。


 この二つの能力でルークはめきめきと頭角を現わし、十五歳にして志願兵団の隊長を務められるほどになった。


 それでもまだ、憧れの王女様にはほど遠い。

 志願兵ごときでは、王族の姿を見ることも叶わなかった。


 だが王城で暮らしていることもあって、ルークは王女の名がパメラであると知ることができた。とても美しい、可憐な姫君である、とも。


 憧れのパメラ王女に近づくために、ルークは騎士たちでさえ怖気を震うという異民族との戦闘部隊に志願し、仲間たちを率いて出陣した。


 騎士たちはルークら志願兵団を軽んじていたが、いざ異民族と衝突し彼らが魔法具を持っていると知ると、騎士たちは恐れおののいた。

 だがルークは戦況を見極め、味方の被害を最小限に抑えられる方法を模索しながら仲間たちを指揮し、あちこちで爆発や毒薬がまき散らされる中、敵将の首を取ってみせた。


 凱旋したルークは、これで下級騎士にでもなれればと思っていた。

 念願叶い騎士の任命を受けられることになったが、何を思ったのか当時の国王がルークをとても気に入ったらしく、「わしの娘の婿にしてやろう」と言いだした。


 周りの家臣たちが慌てふためく中、ルークの胸は歓喜で満ちた。まさかこんなことになるとは思っていなかったが、ついにやった。やってのけた。


 あの美しい司祭を、妻にすることができる。

 他の誰よりも近い場所で、彼女を守ることができる。


 ……と思ったのだが。


「パメラ・シャムロックでございます。どうぞよろしく、ルクレ――って、あなた、なんですのその顔は」


 美しい庭園にて対面したパメラ王女を見て、ルークは絶句した。

 違う、全然違う。


 五年前に出会った司祭は、ルークよりかなり年上だった。司祭帽子から覗く髪は淡い小麦色で、少し垂れ気味の目は茶色だった。


 だが目の前にいるドレスを着た王女は、どう見てもルークと同じ年頃だ。髪はまばゆい金髪で、勝ち気な目は緑色。


 パメラ王女は、ルークが呆然としていることに聡く気づいたようだ。慌てて表情を取り繕って挨拶をしたが、パメラ王女はしばらくじっとルークを見た後で周りの者たちを下がらせ、ぐいっと詰め寄ってきた。


「言いたいことがあるのなら、お話しなさい」

「……いえ、何も」

「嘘おっしゃい。ほら、吐きなさい。吐けば楽になりますよ」


 なぜ深窓の姫君が路地裏にいる破落戸(ごろつき)のような表現を知っているのか疑問だったが、だからといって白状するわけにはいかない。パメラ王女との婚約は、国王が既に決めてしまったのだから。


 だがパメラ王女はしばらく黙った後に、「もしかして」と意地悪な笑顔になった。


「あなたが結婚したかったのは、わたくしのお姉様だったのでは?」

「お姉様?」

「知らないの? わたくしには、腹違いの姉がいます。かなり前に城を出て修道院の司祭を務めているのですが……」


 途端、ルークがぱっと顔を上げて反応したからだろう、パメラ王女は楽しそうに笑った。


「正解のようね。……王女の護衛騎士を希望する志願兵と聞いていたけれど、まさかの王女違いだったのね」

「それは……」

「お姉様のこと、好きなの?」

「……」

「そう、好きなのね。でも残念ながらわたくしたちでは、お父様の命令で決められたこの婚約を覆すことは不可能よ」


 ルークの返事を待たずともずばずばと真実を言い当てるパメラ王女は、恨めしげな視線を向けるルークにやれやれと肩を落としてみせた。


「こうなったら、お互い仕方ないと諦めましょう」

「……申し訳ございません」

「気にしないで。……実はわたくし、誰かのたった一人の妻になるというのが面倒くさくて嫌だと思っていましたの」

「えっ?」

「ラプラディア王国は一夫一妻制でしょう? 国王でさえ、愛人は持てても王妃以外の妻を持つことはできない。妻としてあれこれ命じられるのが、煩雑で嫌だと思っていたの」


 パメラ王女はにやりと笑い、ルークに手を差し出した。


「だから、わたくしにとってもちょうどいいのよ。ルーク、わたくしに自由をくださいな。愛だの恋だのではなくて、もっと対等な関係であなたと接したい。その代わり……そうね。あなたが望むのなら、あなたとお姉様がおしゃべりできるようにするくらいのことはできるわ」

「……」

「どう? わたくしたち、仲よくやっていけると思わない? あなたがわたくしに妻としての役目を押しつけたりしないのなら、わたくしも同じだけのものをあなたに返すわ」

「……本当に、ですか?」


 ルークは、おずおずと尋ねる。


 人違いだろうと王女違いだろうと、王命による結婚なら受けるしかない。だがルークとしてもあの憧れの司祭ではなくてこの口の悪い妹王女と恋愛関係を築くのは難しそうだと思っていたので、パメラ王女の提案は非常に魅力的だ。


 それに、また司祭に会えるのなら。

 彼女の妹婿の立場になったとしても、王家の騎士として彼女を守ることができるのなら。


「ええ、わたくしは嘘は言わないわ」

「……わかりました。よろしくお願いします、王女殿下」


 二人は、握手を交わした。

 それは二人だけの、密約が結ばれた瞬間でもあった。

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