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16 愛の行方③

「あなたは覚えていないかもしれないけれど、二年……じゃなくて十七年前にあなたが遠征に行くと告げた日のことよ。私がせっかくのあなたとの夕食なのだから着替えてきたときのこと」


 カミラが説明すると、ルークは遠い昔のことを思い出すようにしばし黙ってから、「……思い出しました」と呆然と呟いた。


「私はせっかく着飾ってくださったあなたを褒める言葉一つ言えず、的外れな発言をしたのでした……」

「それは、あなたも焦っていたし知らなかったのだからいいわ。ただ……ごめんなさい。その後あなたが厨房でおしゃべりしているのを立ち聞きしてしまったの」

「私が、何か言っていましたか?」

「その、私のドレスの袖が邪魔とか、もっと考えてほしいとか……」


 さすがにここまでは覚えていないだろうと思いつつ白状するが、ルークの顔色が次第に真っ青になっていった。


「……覚えています。でも、まさか、あなたはそれを聞いて自分のことを悪く言われていると思い、上着を脱いでしまったのですか?」

「……ええ。違ったの?」

「違います! あれは、厨房にいるコックに言ったのです! あいつ、カミラ様が着飾っているというのに食器の位置とかを配慮しないから、注意したのです。スープ皿やカトラリーの置き場所を変えないと、カミラ様がお食事されるときの邪魔になると……」


 ルークの言葉に、カミラは自分としては二年前の出来事を発掘する。


 ……あのときルークは確か、怒ったような口調で『邪魔になる』とか『もっとよく考えて』と言っていた。

 あれはカミラに対する愚痴ではなくて、着飾ったカミラでも不自由なく食事できるようにとコックに指示を出していたからであった。さすがにここまでは覚えていないがきっと、料理や食器の配置もガウンを着ていても障りがないように変更されていたのだろう。


 夫に対して及び腰になってしまう原因となった出来事が勘違いだったと判明してカミラは呆然とするが、彼女以上にルークの方が蒼白になって頭を抱えてしまった。


「……私は、本当に馬鹿です。よかれと思ってやったことが全て裏目に出ていたなんて……」

「あ、あの、大丈夫よ。ルークの気持ちはちゃんとわかったし……それに、こうしてお互いの気持ちを確認し合えたのだから」


 カミラはうつむいてしまったルークの背中に触れ、夫の耳元に唇を寄せた。


「だってあなたは、手紙の中でずっと優しかった。不器用なのはわかっていたけれど、それでも私の妊娠を喜んで、名前も考えてくれた。あなたがディアドラに会いたがっていると知っているから、私は毎日頑張れたのよ」

「そんな……。私は妻に必要なことを何も言えず、妊娠中も産後もそばにいられなかったというのに」

「私だって十五年間あなたのそばにいられなかったし、ディアドラのことも任せてしまったでしょう。おあいこよ」


 カミラは微笑み、恐る恐る顔を上げたルークを見て微笑んだ。


「知らなかったわ。あなた、ずっと昔から私のことを愛してくれていたのね」

「……はい。少年の頃の初恋はよいとして、結婚してからずっと、あなたに愛を貫いております」

「ええ、ディアドラからもそう教えてもらえて……嬉しかったわ」


 でも、とカミラは苦笑した。


「素直になれないのは、私も同じね。……私、十五年前はあなたのことを異性としてなかなか意識できなかったの」

「それも当然でしょう。当時の私は、十六歳の若造でした」

「そうね。でも、今のあなたはとっても素敵な大人の男の人で……しかも、ずっと私のことを愛してくれていると言ってくれたのだから、私も好きになってしまいそうなの」

「えっ」

「迷惑だったら、ごめんなさい。私はディアドラの母親としては若すぎるし、今のあなたから見たら年が離れすぎているかもしれないから……」

「迷惑だなんて!」


 ルークはひっくり返った声を上げ、カミラの両手をがっしりと掴んだ。

 大きくて硬い、まめが潰れて板のようになった武人の手だった。


「私こそ、石化して年を取らないあなたと違いすっかり老けてしまい、隣に立つのが申し訳ないと思っておりました」

「老けてなんかいないわ。むしろ、とっても素敵よ」


 カミラが正直に言うと、ルークの頬がさっと赤らんだ。若い頃より素直になった彼だが、こういうところは昔から変わらないようだ。


「カミラ様、どうかこれからも私のそばにいてください。……これから、共にディアドラを見守っていきたいのです」

「ルーク……」


 ルークの手が、そっとカミラの肩に触れる。

 少し顔を傾けたルークが「カミラ様」とどこか艶っぽい声で名を呼んできて、カミラの胸がときめきで震える。


「口づけてもよろしいですか?」

「……ええ、もちろんよ」


 生真面目な彼は十七年前の初夜の間でさえ、カミラの唇を奪おうとしなかった。あれもきっと、愛されていなかったからではなくてカミラに無理強いをしたくなかったからなのだろう。


 ルークは、言葉が足りなかった。

 カミラは、自分で決めつけて逃げてしまっていた。


(でも、きっと大丈夫だわ)


 そっと、唇が重なる。


 二人が結婚して、カミラの体感では二年、ルークとしては十七年。

 やっとたどり着けた、ファーストキスだった。


 触れるだけの唇がそっと離れて、どちらも微笑み合う。


「ルーク。私……あなたのこと、好き。きっと昔から、あなたのことを心の奥底では好きだったわ」

「カミラ様……」


 ルークはごくっと喉を鳴らすともう一度唇を寄せ、先ほどよりは少しだけ強引にカミラの唇を奪った。


「カミラ様」

「ん、ルーク?」

「……今宵、私と共に過ごしてくださいませんか?」


 どこか熱っぽく浮かれたようなルークの言葉に、カミラの胸にもボッと火が灯る。

 あのルークが、こんな色っぽい表情で、お誘いをしてくれるなんて。


「……今宵だけだなんて、言わないで。私たち、これからはずっと一緒なのだから」


 カミラがしっとりと微笑んでルークの首に腕を回すと、カミラの視線のすぐ先でハシバミの色が嬉しそうに弧を描いた。


「ありがとうございます。……愛しています、カミラ様。私の妻――」

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