13 母と娘
ディアドラの話では、ルークは三日後には帰ってくるとのことだった。
今年で三十三歳になったルークは、ラプラディア王国を守りシャムロック家のために尽くすことこそが、自分がするべき使命だと考えているようだ。
そこには、いざ妻が目覚めたときに昔よりずっといいラプラディア王国を見せてやりたい、という気持ちがあるからなのだろうとディアドラは語っている。
ルークが帰ってくるまでの間に、カミラはまず現状の把握と体調管理に努めることにした。
ディアドラからここ十五年間のことはざっくり教わっているものの、時勢の移り変わりについていくのは容易ではない。覚え直すことも新しく学ぶことも、たくさんあった。
それに、今のところ頭が少しふわふわするくらいではあるものの健康にも気を遣う必要がある。
すぐに医者の診察を受けたのだが、特に問題なし、ただし少し筋肉が弱っているようだと言われたため、ディアドラに付き添われて草原を歩いたりしながらリハビリを行った。
そして、自分の石化が無事解けたことを皆に伝える必要もある。
まずは親しい者だけに伝えるべきだろうということで、王都にいる国王と王太子、そしてアッシャール帝国にいるパメラに手紙を送った。
どうやらパメラはアッシャール帝国皇帝になった夫のもとで過ごしており、三人の子どもにも恵まれているという。
パメラはカミラが石化したことも知っていて、何度もディアドラやルークの様子を見に来てくれた。だからディアドラも、叔母のことをよく知っているし慕っているようだ。
(それにしても。石化している間は、年を取らないのね)
復活して二日目の夜、鏡に映る自分の顔を見ながらカミラはしみじみと思った。
カミラとしては、十五年間の石化期間は『ない』も同然だった。脳まで石化して意識が途絶え、次の瞬間にはこの屋敷で目を覚ましていた。長い眠りについていたというより、十五年の歳月が一瞬で過ぎていったような感覚だ。
魔術による石化だからか、体も二十六歳の頃と寸分違わない。
もう娘は大きくなっているが、カミラの体は子どもを産んで一年経ったばかりだ。使用人たちの協力のおかげで子育てでぼろぼろになることはなかったが、我ながら十六歳の娘がいるとは思えない見た目である。
(今の私がルークと並んだら、どういう感じに見られるのかしら……)
十五年前は八歳年下だったルークだが、カミラが石化中に年齢を取らないとしたら今はルークの方が七歳年上になっている。しかもカミラは十八歳になったルークを見ることができずに石化したから、カミラの記憶にあるルークは十六歳のときで止まっている。
だから、それから十七歳年齢を重ねたルークがどんな姿になっているのか、想像もできない。
(ディアドラは、ルークの見目がいいみたいなことを言っていたけれど……)
そこで部屋のドアがノックされたため、カミラは鏡の前から立ち上がった。
「どなた?」
「あの、お母様。ディアドラです」
ドアの向こうから、まだ聞き慣れない娘の声が聞こえてくる。おやすみの挨拶はもうしたのだが、どうかしたのだろうか。
ドアを開けるとそこには、かわいい寝間着姿のディアドラがいた。父親と同じ濃い灰色の髪は就寝用に太めの三つ編みにされていて、レース付の枕を抱えている。
「ごめんなさい、お母様。夜中に来てしまって」
「気にしないで。何かお話ししておきたいことでもあった?」
十歳若いだけの娘に優しく問いかけると、ディアドラは頬を赤くしてもじもじしながら口を開いた。
「あの。私ずっと、お母様と一緒に寝たかったのです」
「まあ……」
「赤ちゃんの頃……本当に微かだけど、寝る前にお母様が頬にキスしてくれたことを覚えているのです。寝るのが不安なときも、お母様にキスをしてもらったらよく寝られたから……それで……」
「……ふふ。そういうことなのね」
カミラは微笑み、ドアを大きく開けた。
「そういうことなら、どうぞお入りなさい」
「いいのですか!?」
「もちろんよ。かわいい娘のお願いを聞かないわけがないでしょう?」
カミラがそう言うとディアドラは照れたように笑い、部屋に入ってきた。
ディアドラが言っていたように、ルークは王都にある元男爵邸を取り壊してこちらに移る際、カミラの部屋のものだけはそっくりそのまま移してくれたようだ。そのおかげで毎日使っていた鏡台やベッドなどもそのままあり、カミラも安心して使えていた。
一人用のベッドは少し小さいが、女性二人で寝るならなんとかなりそうだ。
ディアドラと二人でベッドに入ると、彼女は「えへへ」と恥ずかしそうに笑った。
「なんだか不思議。お母様と、こうやって一緒に寝られるなんて」
「私も、まだ色々追いついていけていないところもあるけれど、立派に成長した娘とこうして一緒にいられて嬉しいわ。これまで甘えさせられなかったのだから、これからも寂しくなったらいつでも言ってね」
「も、もう大丈夫ですよ! それに……明日お父様が帰ってきたら多分、お母様をずっとお父様に取られちゃうし……」
「何か言った?」
「何でもありませんっ」
もごもご言っていたディアドラはカミラの腕に掴まり、頬を寄せてきた。
「お母様……。十五年前、私を守ってくれて本当にありがとうございます。大好きです!」
「ディアドラ……私も大好きよ」
カミラは微笑み、ディアドラの頬にそっとキスをした。
ディアドラは驚いていたようだが、目尻をほんのり赤くして嬉しそうに笑ったのだった。