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11 天国での出会い

 ふわり、温かい風が吹く。


(……ディアドラ?)


 ぼんやりとする意識の中で、カミラは我が子を探して真っ白な世界を歩いていた。


 ディアドラ、ディアドラは、どこにいる?

 かわいい娘は、どこに?


『お母様』


 白い世界の向こうから、少女の声がした。


『こっち、こっちよ、お母様。ほら、お父様も待っているわ』


(ああ、ディアドラ……)


 カミラは声のする方へ、手を伸ばした。


 するともやの向こうからほっそりとした手が差し伸べられ、カミラの手をしっかりと引っ張ってくれた――











 さらり、と風がカーテンをくすぐる音で、カミラは目を覚ました。


「……ん?」


 ぴくっとまぶたが震え、ゆっくり開く。シーツの上に投げ出されていた指先が震え、握ったり開いたりする。


(……ここは?)


 カミラはゆっくり、体を起こした。

 そして今、自分が知らない部屋のベッドに寝かされていることに気づいた。


 カミラが普段使う女主人用の部屋の寝室よりも、少しばかり広い。ベッドはきれいに整えられており、寝返りによるシーツの皺一つない。そしてなぜか枕元には花束が置かれており、甘い芳香が室内を満たしていた。


「……私、なんでここに?」


 ぼんやりとする記憶を辿りながら、カミラは考える。


 あと数日でルークが帰って来るという日の夜、カミラはディアドラに襲いかかる人影を目撃した。なんとかディアドラをかっさらったものの、投げつけられた液体によって体が動かなくなった。


 そして予定を前倒ししたのか、ルークが駆けつけてくれたものの彼の顔を見ることも叶わず、ディアドラを抱きしめたままカミラは命を落とした……と思ったのだが。


(ここは、天国?)


 まだどこかふわふわする意識の中、カミラは裸足のままベッドから降りて窓辺に向かった。そして窓の外に花が咲き乱れる野原が広がっているのを見て、笑いたくなった。


「やっぱりここは、天国なのね」


 だって、王都にはこんな緑豊かな景色はない。それに、吹き込む風は温かい。

 カミラが死んだのは冬だったから、きっと常春の天国に来たのだろう。


 もう夫や娘に会えないのは寂しいが、娘を守り抜いたことを神に褒められ、天国に連れて行ってもらったのかもしれない。ディアドラのことはきっと、ルークが守り育ててくれているだろう。


「天国って、こんなにきれいな場所なのね」


 ふふっと笑ってしばらくの間窓の外を眺めてから、そういえばここは天国のどこなのだろう、と思った。

 見たところ、この寝室には廊下に続くらしいドアがある。この先には、別の天国の住人が暮らしているのかもしれない。


「それなら、挨拶をしないと」


 軽い足取りでカミラはドアに向かったが、鍵がかかっている。天国には悪い人はいないはずなのに、戸締まりはしっかりしているようだ。


 だが鍵は内側から外せたのであっさり開き、カミラは廊下に出た。

 廊下にはやはり他の部屋に続くらしいドアがあったのでいくつかノックしたが、返事はなかった。他の住人は、あの草原に出てひなたぼっこをしているのだろうか。


「それなら、ご一緒したいわ」


 るん、と軽い足取りで階段の方に向かったカミラはふと、階下から誰かが上がってくる音を耳にした。もしかすると、天国のお隣さんなのかもしれない。


 どんな人だろうか、と期待に胸を膨らませるカミラだが、はたして階段を上がってきたのは黒灰色の髪を持つ美しい少女だった。


 年齢は十五、六歳くらいだろうか。豊かな髪を背中に流しており、目と同じ青色のドレスを着ている。同性のカミラが見てもうっとりとするような美少女だが、享年二十六歳のカミラはまだしもこんなに若い人まで召されてしまうなんて、なんて残酷な世の中なのだろうかと思ってしまう。


 天国の隣人の少女も、カミラの存在に気づいたようだ。踊り場のところまで来た彼女は上階に立つカミラを見て、ぽかんとしている。


「あの、こんにちは、お隣さん。私、カミラ・ベレスフォードと言います」


 おそらく自分の方が新人死者だろうから挨拶をすると、美少女ははっと口元を手で覆ってしまった。


「うそ、そんな……」

「あの……?」

「……お母様。お母様、お目覚めになったのですね!」


 美少女は叫ぶように言うと階段を駆け上がり、飛びつく勢いでカミラに抱きついてきた。思わずのけぞりそうになり、カミラはなんとか両足で踏ん張る。素足でなくてハイヒールを履いていたら、踏ん張れずに美少女と一緒に倒れていたかもしれない。


「きゃっ!?」

「ああっ、お母様が立って、動いて、しゃべっていらっしゃる……! ずっとずっと、お待ちしていました……!」

「あ、あの、お隣さん?」


 何のことかわからなくてカミラが美少女の背中を優しく叩くと、彼女ははっとした様子で体を離し真っ赤になった目で見上げてきた。


「お母様、混乱されているのですね。……それも仕方のないことでしょう」

「……ええと?」

「お母様。私、ディアドラです。あなたの娘のディアドラ・ベレスフォードです」


 美少女は胸に手を当ててそう言い、ふにゃりと泣き笑いを浮かべた。


「お母様は石化して、十五年間眠ってらっしゃいました。……お会いできて嬉しいです、お母様」

「……はい?」


 カミラは、ディアドラと名乗った美少女を凝視する。


 ……どうやらまだ、自分は天国には行けていないようだ。

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