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1  第二王女と婚約者

 小国ラプラディアの第一王女であるカミラ・シャムロックがルクレツィオと出会ったのは、妹の婚約者として彼が紹介されたときのことだった。


「前にお話しした、わたくしの婚約者です。他国出身の元志願兵とのことですが、先の戦いで八面六臂の活躍をして我が国を勝利に導いてくれたそうで。お父様は彼のことをどうしても手放したくなかったみたいで、わたくしと結婚することになったのです」


 そう言うのは、豊かな金髪を背中に流した愛らしい美少女。ガゼボの周りに広がる夏の庭の風景にぴったりな緑色の目はぱっちりとしており、長いまつげに縁取られている。日よけの大きな帽子を被り侍女が差し出す日傘の影の下にいるので、夏といえど彼女の真珠の肌が焼けることはない。


 カミラと彼女は父親を同じくする異母姉妹だが、残念ながら容姿はほとんど似ていない。見事な金色の巻き毛をなびかせる妹と違い、カミラの髪は艶のない小麦色。

 せめて目の色だけは華やかでありたかったのだが生母と同じ地味な茶色で、そのくせ国王の愛人になるほどの美貌を誇ったという母の容姿は受け継がなかったようだ。


 自分とは大違いの絶世の美少女の隣にいるのは、黒灰色の髪を持つ少年。カミラはそっと、妹の婚約者として紹介された少年を観察する。


 年齢は、今年で十五歳になった妹と同じくらいだろうか。少し長めの前髪の奥から、ハシバミ色の目がじっとこちらを見てきている。あまり好意的な視線とは思えないので目を直視することはやめておき、見た目年齢のわりに背の高い彼が着ている真新しい騎士団服を確認してから、カミラはお腹に手を当てて微笑んだ。


「お初にお目にかかります。わたくしはラプラディア王国第一王女の、カミラ・シャムロックでございます」

「……王女殿下にお会いできることを、光栄に思います。ルクレツィオと申します」


 少年は、声変わり済みの声で挨拶を返してくれた。家名を名乗らないのは、彼が志願兵になるくらい貧しい生まれだからなのかもしれない。


(ルクレツィオというのは確かに、ラプラディアでは聞かない名前ね)


 家名を持たない異国出身の、元志願兵。いくら先の戦いで活躍したとしてもせいぜい下級騎士に登用されて終わる程度だろうが、父王はこの少年に何か可能性でも見いだしたのだろうか。


 カミラの父親であるラプラディア王国国王は、非常に楽観的な人物だった。楽しいことや美しい女性が好きで、政治は宰相に丸投げ。

 だが人を見る目はあるとのもっぱらの噂で、実際彼が頼りにしている宰相や騎士団長は皆優秀で、よい臣下のおかげで父の治世は保たれていると言ってもいいだろう。


 カミラは、そんな国王のお手つきになった女官を母に持つ。国王は色々とだらしない人だが甲斐性はあったようで、カミラの母を正式な愛人に迎えて離宮を与え、流行病で亡くなるまで面倒を見てくれた。


 十歳のときに母を亡くしたカミラを、国王は王妃の養子にしようと提案した。だが王妃や異母兄である王太子がカミラのことをひどく嫌っていたので辞退し、修道院に身を寄せた。


 修道院送りというと聞こえが悪いが、出家したわけではない。カミラが向かったのは国内でも最大規模の修道院で、カミラはそこの司祭として就任した。

 ラプラディア王国では、傍系王族の姫や妾腹の王女が教会の司祭になることはよくあったし、王家と教会の結びつきを高める効果もあるので、わりと歓迎されていた。


 そうしてカミラは王城を離れたが、八つ年下の異母妹パメラはカミラのことを慕ってくれていた。むしろパメラは兄の王太子ジェラルドのことを一方的に疎ましく思っているようで、頻繁にカミラのいる修道院に来てはお茶をしたりおしゃべりをしたりしていた。

 今日も、パメラとルクレツィオがわざわざ王都から修道院まで来てくれたのだ。


 国王は、三人の子どもの中でもパメラを一番かわいがっている。そんな愛娘の婿として任命するくらいなのだし、よほどルクレツィオのことを気に入ったのだろう。


 ルクレツィオの堅苦しい挨拶を聞いて、隣に座っているパメラが小さく噴き出した。


「やだ、ルークったら緊張しているの? わたくしと話しているときのがさつなルークはどこに行ったの?」

「パメラ様、からかわないでください」

「きゃはは! パメラ『様』ですって! 普段は、おいパメラ、って言うくせに!」


 たまらないとばかりにパメラがお腹を抱えて笑いだすと、ルクレツィオはさっと頬を赤らめた。どちらかというと色白なので、赤面するとその変化がよくわかった。


「パメラは、ルクレツィオ様と仲がいいのね?」


 国王の鶴の一声で決まった、愛のない結婚……とばかり思っていたので意外に思っていると、目元を拭ったパメラがうなずいた。


「実はそうなのです。最初に紹介されたときは、陰気なくせに態度の大きいお猿さんだと思っていたのだけれど、話してみるとおもしろくて」

「……おもしろさを狙っているわけではないのですが」


 ルクレツィオは小鼻をひくつかせて言うが、カミラが見ていると気づいたらしくはっとして視線を逸らした。


「その……私は見てのとおり、身分も学もない人間です。ですが、パメラ様はこんな私がおもしろくていいとおっしゃってくださり……」

「素敵なことです。……ルクレツィオ様、どうかパメラをお願いします」


 妹とその婚約者の微笑ましいやりとりに胸を温かくしたカミラは、微笑を浮かべて言った。


「パメラは、わたくしの大切な妹です。皆の前では王女として正しくあろうと心がけていますが、内心はとても寂しがりです。でもルクレツィオ様ならきっと、パメラとよい夫婦になれると思っています」

「……ありがとうございます、カミラ様」

「大丈夫ですよ、お姉様。わたくしがちゃんと、このがさつなお猿さんを手懐けてみせますから」


 ほほほ、とパメラが笑うと、ルクレツィオは苦々しい表情で婚約者をにらんだ。物言いたそうだが何も言えないのは、彼が自分でも『お猿さん』な自覚があるからなのかもしれない。


(……パメラは大丈夫よね)


 ガゼボを吹く夏の風を頬に浴びながら、カミラは思う。


 王女の結婚相手が平民階級の少年だなんて、きっと人々の噂になるだろう。だがパメラを溺愛する国王はきっと悪い噂が流れるのを許さないだろうし、パメラもあれでなかなかしたたかだ。


(結婚式は、早くても来年くらいかしら? 私も是非行きたいわ)


 カミラはもうすぐ、二十四歳になる。修道院で働いて長いというのもあるが、立派な行き遅れだ。

 もう自分の結婚は夢見ていないが、せめてかわいい妹の花嫁姿だけはしっかり目に焼き付け……そしていつか生まれるだろう甥や姪の世話をして生きるのもいいかもしれない、と考えていた。

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