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襲撃-エンジェル

 結局、アルバイトは中断。しかししっかり満額を受け取った猫真創ねこまたくみがやってきたのはサントラズ第2地区。外交を担っている地区であり、一般人の入出場に使われる空港もここにある。

 猫真と秋葉が海岸に出たのはこの隣にある第12地区だが、わざわざここに来たのには理由がある。


「検査の結果だが…夢牙クラゲには刺されていなかった。真冬の海を流れたことによる凍傷はありますがそれも軽度。外から来たのなら途轍もない生命力と幸運だな」


 そう言ってため息をつくのは治安維持局セーブ医療班の医師。要するにサントラズ内の人間が何らかの方法で外に出て海に入ったものの冬の海は強かった。という結論のほうがまだ納得できるということらしい。


「が…情報庫ライブラリには合致する人物がいない」


 サントラズの住民は全員が個人IDが割り振られ、記録されている。顔写真で照会をかけたが出てこないと、医師のため息の理由はこれだった。


「捨て子ですか」


 秋葉の言葉に、医師は黙って頷く。全員にIDが振られるとは言ったが、それは届が出された者に限る。当然、外からここに移り住んだ者は漏れなく記録されているだろうが、例えばこの島で生まれたが出生届が出されていない者なんかはIDがない。

 そしてそんな赤子は大抵の場合、捨てられる。だが猫真は、その事実に疑問があった。


「でも捨て子は施設に引き取られてIDを貰うんでしょう?それが徹底されてるからこの島にはホームレスがいないって話じゃないですか」


「それはそうなんだけどね。何事にも例外はあるんだ…いや、この場合は漏れと言ったほうがいいんだろうか」


 曰く、住む場所がなく路上や廃墟で寝泊まりしている者は存在すると。ただそれが明るい場所ではないだけだと。

 明るい場所ではない…その意味を猫真は分かっていた。


「暗部」


 ポツリと零した猫真に、秋葉はハッと顔を向ける。「どうして彼がそれを?」という感情が分かりやすく顔に出ている。

 医師もそれに気づき、可笑しそうに笑いながら秋葉に語り掛ける。


「そりゃあ知ってるだろう。彼の二つ目の異能、コレはそういう場所じゃないと身につかんよ」


 秋葉も医師も知っているのだ。

 猫真創という少年の異常を…彼が普通の高校生じゃなくなった原因を。


「ぐぬっ…ソウくんには暗部に関わってほしくなかったんだけど」


「俺的には秋葉先生が暗部を知ってる方が意外なんですけど?」


「ここまで通されておいてただの高校教師なはずないだろう」


 じゃあ何者なんだこの人は。という猫真の疑問に答える者はいない。秋葉に関する話はコレで終わり。そもそも議題は銀髪少女についてなのだから。


「でも暗部なら……島の外に出ることも出来る、んですか?」


 その存在を知っていると言っても猫真が暗部と関わったのは一年前の一件のみであり、それ以降はただの高校生として生活してきた。何度か死んだが。


「どうだろうね……はぁ、あの子が正常ならね」


「何か異常が?」


「いやね?彼女、声を出せないみたいなんだ」





 銀髪の少女はベッドから上半身だけ起こして窓の外を見ていた。儚げに見ているわけじゃない、まるで小さな子供が電車の車窓を見るかのように瞳を輝かせながら外の景色を見ていた。

 そんな彼女は部屋に入ってきた猫真たちを認めると笑顔を浮かべる。


「具合は大丈夫か?」


 ベッドの傍に置かれた椅子に腰かけた猫真の問に、少女は一瞬だけポカンとした後にコクリと頷く。が、それ以上は何もない。

 何かを話すわけでもなければ猫真から意識を外して窓の景色に戻るわけでもなく、ただ猫真を見つめている。


「あぁ…えっと、お名前は?」


「…っ……!」


「やっぱり、喋れないのか?」


 コクコクと頷く少女。猫真は扉近くに控える医師を見るが、彼は黙って首を振る。


「言葉が分からないという訳じゃないらしいんだ。ただ声が出せない…というよりは」


 ボソボソと何やら語りだした医師を見る猫真の視界の端で、何かが動いた。

 少女が身を乗り出して猫真に手を伸ばしていた。


「え?」


 正確にはその後ろ。猫真の後ろにある棚に置かれた一枚の絵に手を伸ばしていた。

 それは天使だった。荒れた荒野に伏せる人々が見上げる先に顕現した翼持つ天使…という構図のやつ。壁に掛けられる大きなものではなく、台に立てかけられるようなサイズだ。

 そこまでしてようやく少女の様子がおかしいことに一同は気づいた。

 興味を示して手を伸ばしているわけじゃない。何か切羽詰まったような、焦ったような様子だ。それを受けて秋葉が絵に注目する。


「コレがどうかしたの?」


「うん?どうしたんだこの絵…こんなの置かれてなかっただろう」


 秋葉が絵を取った瞬間、異変は怒った。


「ッ」


「…」


「はぁ?」


 絵が動いた。地に伏した人々の内の一人が起き上がり、猫真たちに向かって何事か語り掛けている。当然、そんなことはあり得ない。だが猫真たちには、その人物が何を言っているのかを理解できてしまう。


『筆で首を掻き切れ。壁に頭を打ち付けろ。窓から飛び降りろ』


 どう考えても従えないような指示。だが医師は胸ポケットに差してあるボールペンを手に取って首に持っていく。猫真もどういうわけか壁の鋭角に頭を打ち付けたくなっている。


「くッそ…!」


 額を押さえた猫真の背中からソレは現れた。

 成人男性の二倍ほどのサイズを持った巨大な右手。人間のものと似ているが骨ばっていて玉虫色に変色しているミイラのような右手だ。

 コレが猫真の持つ異能『聖なる右手』だ。右手は秋葉の手にある絵を叩き落として消失する。

 たったそれだけ。だがそれだけで先ほどまでの異常な欲求は引っ込んだ。医師もペンを見つめながら

同然としている。


「先生」


「「うん?」」


「……お医者様。ライターとか持ってる?」


「あるにはあるが」


 ポケットから取り出されたライターを受け取ると、額縁から絵を取り出して着火する。炙られる絵からは悲鳴が聞こえ、絵の中の男は惨めにも端まで逃げるなんて悪あがきをしている。


「…どんな異能だ」


 灰と化して風に乗っていった絵を見送って窓を閉める。

 明らかに猫真たちを害そうとする意思があった。なぜかと言われると心当たりはこの少女しかない。

 だが先の様子を見ると、あの絵は少女の仕業ではないのだろう。彼女が裸で海岸に倒れていた理由に繋がるかもしれないが…それは治安維持局セーブの仕事だ。


「あの絵は誰が?」


 医師が訪ねるが少女は答えない。答えようとはしているが言葉には出てこないようだ。求めていたのは言葉ではなく反応だったらしい医師が「戻る」と言って扉に手をかける。


「騒がしいな」


 そんな言葉と共に、医師の携帯が鳴った。応答した彼は顔色を変えて部屋の外を確認するとドアを閉める。


「ここが襲撃されているらしい…!」


 鍵を閉めた医師の言葉に、猫真と秋葉は思わず声を上げる。

 

「襲撃って…ここは治安維持局セーブの支部だぞ⁉」


「だからだろう…こういう場所が標的になるのは想定されることだ」


 治安維持局セーブ2-1支部。島の各所にある支部の一部だがこの場所にはサントラズ近海に生息する夢牙ゆがクラゲの毒サンプルとその特効薬が保管されている。それを狙っての襲撃は何度かあったらしいがその全ては阻止されてきた。中に侵入されたのは例がないという。


「毒が目当てならこことは反対の地下に向かうだろうが…どうも」


「絵のこともありますからね…」


 秋葉の言う通り、猫真たちは直前に謎の襲撃を受けている。もし他の部屋にも同じことがあったなら大騒ぎだ。それがないということはこの部屋をピンポイントで狙ったということになる。

 加えてここにいるのは情報不明の銀髪少女だ。彼女が目当てということも考えられる。


「ここまで上がって来たなら逃げる。それまでは行動を起こさない方がいい」


 医師の言葉を背中で聞きながら窓の外を見てみるが、何処にも異常はない。外に見張りがいないのかここまでは手が回っていないのか…いずれにせよ逃走経路には使えそうだ。

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