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愛する侯爵様、化け物の妻など今世も冷遇してくださいませ  作者: 結月てでぃ
愛しき侯爵領

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3.恐ろしさの克服

 剣を掴んでみたのですが――「きゃっ!?」重さに耐えかねて落としてしまいました。

 騎士たちの笑い声が訓練場に響き渡ります。


「侯爵様、面が化け物でも女なんですよ」


「さすがに女にその剣は無理ですって」


 飛んできた野次に――刃物を持った男たちの笑い声に、記憶が呼び戻されてきました。


 森の中で走る靴音。下卑た笑い声に、燃えるように熱い腹部。

 切りつけられた時の痛みが襲ってきて、慌てて首を手で押さえてしゃがみ込む。


「おい、どうした。立ち上がれ」


 命令には従わなくては。ですが、ガクガクと震える体が拒絶して、到底従えそうにありません。


(思い出してはいけません、侯爵様の命に従うのです!)


 刃物の音、返す時の光のきらめきに、はためくマントの音。

 熱気に包まれた訓練場のなにもかもが恐ろしくて堪らなかった。


「侯爵様、ご婦人は剣なんて持てませんよ!」


 取り落とした時に怪我をしていたらどうしたんですか!

 聞こえてきた大声に顔を上げる。

 ようやく息ができるような気がして、口を開けて空気を吸い込みました。


「アイザック様……?」

 

 侯爵様の部屋に案内してくれた騎士が私の傍に立っていました。


「それに、怯えておられますよ。見れば分かるでしょう!?」


 語気を荒げるアイザック様に、侯爵様がこちらを見下ろしてこられます。


「もう大丈夫ですわ、無様な姿をお見せして申し訳ございません」


「夫人、無理をなさらないでください」


「確かに恐ろしかったですが、これもいい経験ですわ」


 断って立ち上がり、侯爵様に微笑みかけます。


「普通の剣は重くて持てそうにもありません。ご婦人用のレイピアがあれば、そちらをお貸しいただけませんか?」


 私は笑いかけたつもりだったのですが、侯爵様の後ろにいた騎士たちは後ずさりました。


「俺の妻の方が勇敢なようだ」


 けれど、侯爵様は口元に皮肉気な笑みを浮かべました。

 滅多に見られない侯爵様の正面からの笑顔ですわ! なんて格好良いんでしょう。

 最大のご褒美に私の胸は高鳴りましたわ。


「も、持ってきました……」


 走って取りに行ってくださった騎士から受け取ろうとしますが、とてもとても重たいですわ。腕が折れてしまいそう。

 私、頭部は化け物ですが体は他のご婦人と変わりませんのよ。

 ですが、遠巻きに見るだけで誰も手伝ってくださいません。


 とっても力を入れて持ち上げますと、それを振れと言われてしまいました。

 歯を食いしばって振りますが、すっぽ抜けそうになります。


「侯爵様、申し訳ございませんが私に剣の才能はありませんわ」


「面白いことを抜かすな。腹がねじれるだろう」


 騎士たちは腹を抱えてヒーヒー笑っておられますが、侯爵様は笑っておられないではないですか!

 前世でこのような仕打ちは受けなかったのですが、やはりこの醜さが理由なのかしら。

 どうしましょう、冷遇では済まない状況を作り出してしまいましたわ……。


「練習用の木剣を持ってきたので、これをどうぞ」


 アイザック様がレイピアを受け取ってくださいました。

 代わりに握らされたのは、はるかに軽い木剣です。


「これでもよろしいでしょうか」


 侯爵様は渋々ですが、うなずいてくださいました。

 ですが、私の手はもう痺れてきていたので、困り果ててしまいました。


 それに――顔を醜くする魔法は水に溶けてしまうのです。

 今は冬ですし、なるべく汗が出ないようにとコルセットもきつく締めあげているので大丈夫よ。

 そう自分に言い聞かせながら、木剣を振り続けました。


「まあいいだろう。それを毎日続けろよ」


「毎日ですか!?」


 三十回を超えたところでようやく許しが出て、その場に崩れ落ちそうになりました。

 それに、侯爵様の命令に驚いて淑女らしくない大きな声を出してしまいましたわ。


 今も手首は外れそうになり、全身が痛みを発しているというのに。

 無理ですわと無言で首を振って拒絶を示してみましたが、侯爵様は厳めしい顔になってしまいました。


「お前に必要なことだ」


 こんなに激しい運動をするのにドレスは適しておりません。

 さらしを当てている胸もコルセットを付けている腰も、なにもかもが苦しくて吐きそうな気分でした。


 うぅと呻きながら腹部を押さえていると、アイザック様に杖代わりにしていた木剣を取られてしまいました。

 膝から崩れ落ちそうになりましたが、なんとか耐えます。

 高いヒールのある靴を履いた足もじんじんと痛んでいて、人目がなければ座り込みたいくらいですわ。


「俺も付き合ってやる」


 言いたいことは伝えたから俺はもう行くとばかりに背を向けた侯爵様に、あっと声が出ました。

 思わずマントを両手で掴んでしまい、サーッと青ざめてしまいます。


 怒られるか、感情の見えない目で見下ろされるか。

 どっちでしょうか……と恐々顔を上げます。


「どうした」


 ですが、侯爵様は僅かに眉をひそめているものの怒っている様子ではありません。


「用件があるなら早く言え」


 淡々と言われ、この様子ならと口を開きます。

 些細ですが、前世ではとてもではないが言えなかった迷惑を――。


「侯爵様にお願いがあります」

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