2.対症療法にしても荒すぎますわ
(こんな時間に誰かしら……?)
まだリリアは来ていません。
それでは自分で応対しましょうとドアを開けてみたのですが――おかしいですね。
私の目の前に立っていたのは侯爵様でした。
(私、起きていないのかしら? それとも、会いたいという気持ちが溢れてしまって、別の方が侯爵様に見えているの?)
私が愚鈍にも突っ立っていたせいで、尊大な様子で腕を組んでいた侯爵様がため息をつきました。
「おい、化け物。出ろ」
「かしこまりました。今すぐに」
「……なんだと? 屋敷を出ていけという意味じゃない」
一礼し、まだ荷開けをせずにドアのすぐ側に置いていたトランクを持ち上げたのですが……なぜか制止をかけられました。
「ならば、どういう意味でしょうか」
お顔を見上げますと、侯爵様は呆れたような顔をされます。
醜い顔なんて見るのも嫌でしょうに、無理に来られずとも良かったのです。
頬に手を当てると、彼はようやく用件を言う気になったのか口を開きました。
「俺が直々に稽古を付けてやる。顔が化け物でも、隠せば襲えないことはないからな」
そう言って伸びてきた侯爵様の手に腕を掴まれ、部屋から引きずり出されました。
「こっ、侯爵様? どこへ向かわれるのですか」
「黙ってついてこい」
相変わらず、仕事以外では私の質問には答えを返してくださいませんのね。
歩幅の違いからほとんど走るような形で外へ出ます。
「キャーッ、なにあの化け物は!」
「静かにしろ! あれが奥さまなんだ……」
「嘘でしょう、あんな泥を固めたようなのが!?」
侯爵邸の使用人がおびえ、こんな化け物が女主人になったことを悲観している様子が窺えました。
女主人として働く力がなければ、前世でも同じような扱いでした。
なので私は慣れておりますが……やはり、皆さんには申し訳ないことをしてしまいましたね。
「あの、侯爵様。私は外に出ない方がいいと思いますの」
せめて早朝や夜――いえ、夜は本当に化け物が出たと思われてしまいますわね――人の少ない時間帯以外は自室か、仕事部屋に軟禁するのがいいと思いますわ。
「黙れと言っているだろう。お前たちもだ、口を閉じて仕事をしろ!」
苛立ちを露わに使用人に怒鳴った侯爵様に、皆散り散りに去っていきます。
「そんな顔でも俺の妻になるんだ。堂々と歩け」
「……承知いたしました」
背を真っ直ぐに伸ばすと、僅かにこちらを振り返り見た侯爵様が鼻を鳴らして前に顔を戻します。
あれで満足されているのです、おそらく。
そうして連れてこられたのは、騎士様方が集まっている訓練場でした。
前世でも訪れたことがなかった場所に、突如ドレスを着た化け物として現れることになってしまいました。
ですが、侯爵様のお望み通り堂々と見下ろします。
口を大きく開けて唖然とした様子で騎士たちが固まっているのを見て、罪悪感が湧いてきました。
練習どころではなくなった彼らに申し訳なくなり、私は侯爵様に抗議の声を挙げましたわ。
「侯爵様、騎士団の方々も驚いておられますわよ」
「慣れろ」
ですが、横目で見た侯爵様は至って生真面目な顔で正面を向いておられます。
私は躊躇いつつも首を振りました。
「いえ、私ではなくてですね」
「慣れさせる」
降りろと一言告げた侯爵様は階段を下りていきます。
(訓練場でなにを……まさか今世は処刑されるのかしら)
長い階段を下り切って、憮然とした顔で中心に立つ侯爵様のもとまで歩いていきます。
「持て」
何食わぬ顔で剣を差し出されても、意図が捉えられません。
私相手だといつも説明というものを省いて、察しろという態度を取られるのですが……さすがに分かりませんわ。
「なんだ、早くしろ」
顔色を窺えば、侯爵様は苛立たれた様子で促してきます。
指示に従うしかないようですわね……。




