3.懐かしくも愛おしい侯爵様
「なんって醜い……!」
「体もなんだあれは、棒っ切れのようだぞ」
目が腐りそうだ、呪われそうだという声が侯爵家の庭に広がっていくのを、私は突っ立って見ていました。
親切なことに出迎えてくれた侯爵家の人たちを怯えさせたくありません。
ですが、こうするしか私には方法がなかったのだから仕方がないのよ。
「道中、泉の妖精に出会って……お嬢様を」
リリアが涙ながらに語るのを聞いて、私は彼女にしがみつきながら肩を震わせてしまったわ。
だって、よくもまあここまで口が回るなと思うくらいに出まかせが出てくるのよ。おかしくて堪らないったら。
「はあ? 妖精が嫉妬する程の美人だったか?」
「妖精の仕業なら二度と戻らないし……暴れまわるんじゃ」
侯爵家の使用人たちが血相を変えて話をしているのには理由があるの。
叔母の娘――本来侯爵様と結婚をするはずだったメルシー・クレイヴンファーストが、稀代の悪女として有名だからよ。
前世で私はそのことを知らなくて、随分苦労したの。
だからかしらね、今も侯爵家の人は気の毒そうな顔をしていないわ。
悪女とお話したくないと思っているでしょうけれど、聞かなければいけないことがあるわね。
「……あなた、侯爵様はどちらにいるの」
近くにいたメイドに顔を向けて聞くと、途端にうろたえたわ。
この時、あの人は執務室で公務を行っていたから。当然、私を出迎えることなどありえないと理解していました。
このままだと、以前と同じく結婚式の直後まで会えないかもしれないわね。
……断られる可能性が高いですが、この顔を見ていただきたいわ。
「あっ、なら俺が案内しますよ!」
挙手して名乗り出てくれた人がいて、息を吐きました。
話しかけたメイドは青くなって今にも倒れそうだったから、どうしようかと不安になっていたの。
「ありがとう」
笑いながら、その人の顔を見てみます。
栗毛に同色の目の、背の高い男性ね。
朗らかな笑顔が印象的ですが、鎧を着こんでいるし腰には長剣を帯びているので騎士だわ。
彼のことは前世でも見たことがあります。
「俺はアイザックです」
こちらですと手で指さした彼の斜め後ろをついていきましょうか。
少し離れていただけなのに、こんなにも懐かしくて愛おしいなんてね。
歩き慣れた屋敷に、胸が締め付けられます。
これからアリエッサが来るまで――いいえ、アリエッサが来て、侯爵様と愛を育んだとしても。
せめて、この屋敷で補佐官として雇っていただけるでしょうか。
前世と同じように、愛することを許される日が来るのかしら。
「大丈夫ですよ、侯爵様はお優しい人なので」
俯いてしまった私を心配してか、アイザックが声を掛けてくれました。
真っ直ぐに目を見つめてくる彼に、急に不安になってきたわ。
思わず視線を合わせてしまったのだけど、自分でも恐ましいと思うような顔なのよ。
悍ましいと思われるかしらと、緊張のせいで汗が滲み出てきた手を握ってしまう。
「屋敷に置いてくれますよ」
笑いかけてきた彼に、それは最低限の立場だけれどと口端がひくりと動いたわ。
そうねとため息をつきそうになるような発言ですが、私にふさわしい。伯爵家に送り返されるよりは遥かに上の立場。
何度も訪れたことのある侯爵様の執務室。その扉をアイザックが叩きます。
ようやく侯爵様に会えるのだと思うと、胸が高鳴りそうになります。
期待なんてしてはいけないわ。「俺が人を愛すことはない」のだから。
今度は”私を愛すことはない”と正しく理解しておかなければ。
部屋の中へ入ると、窓際に佇んでいた黒鉄の髪の男性が振り向きます。
彫刻のように美しい面が怪訝そうに歪み、薄緑の目が眇められた。
「その化け物はなんだ」
開口一番出てきた言葉に、絶句してしまいました。
今すぐ謝罪を口走り、頭を垂れなくてはという気持ちで脳が溢れかえってきました。
私を映す侯爵様の目には、嫌悪以外の感情が浮かんでいない。
すっかり見慣れた無表情では、この醜態をどう思われているのか読み取ることができないの。
ただ……いいように思われていないことだけは、愚鈍な私でも気付けましたわ。
「早く部屋に連れていけ」
早々に下がることを命じられ、震える手で薄汚れたドレスを抓んで一礼します。
「も、申し訳ございませんでした……」
謝罪を口にして、すぐに部屋を出ていきます。
案内役がアイザックから執事に代わり、侯爵様の部屋とは違う棟にある自室へと詰め込まれました。
力なくベッドに腰かけると、リリアがなにか持ってくるかと訊いてくれましたわ。
ですが、今はなにも口にする気になれなかったので断り、ベッドに横になることにしました。
(やったわ、アリエッサ。これで今度も侯爵様はあなたと恋をするのよ)




