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愛する侯爵様、化け物の妻など今世も冷遇してくださいませ  作者: 結月てでぃ
魔物との対峙

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2.アイアンウルフ

 土で汚れてしまわないようにドレスの裾をたくし上げ、森の中を歩く。

 麦わら帽子のあの子は一体どこにいるのかしら、本当にあの子だったのかしら……どうか、見間違えであってと焦る気持ちを抑えて耳を澄まします。


 ですが、悪いことに私は見つけてしまったのです。

 花畑に座り込んでいる幼子の姿を。


「イーサン!」


 声を掛けると、少年が振り向きます。


「おくさま!」


 こちらを見た彼の、快活な笑みに涙が溢れそうになりました。

 その手には作り途中の花冠が握られています。


「イーサン、ここでなにをしてますの?」


 叱っては頑なになってしまったり、怒られるから言わないでおこうと思うかもしれないわ。

 なので、私はまず理由を尋ねました。


「これっ」


 すると、イーサンは手に握った花冠を見下ろして、こちらに向かって突き出してきました。


「おくさまにあげようとおもったの!」


「わ……わたくしに?」


 あまりに無邪気な反応に、怒る言葉が出ませんでした。

 私はただ、眉を下げて微笑むしかありません。


「心配したのよ、イーサン」


 この純粋な幼子を抱きしめて背を撫でた。


「森は怖いところですのよ」


「そうなの? でも、ぼくはへーきだよっ」


「イーサンは勇敢ですのね。でも、私は怖くて堪らないわ」


「おくさまが?」


「ええ。なので、どうか私をお屋敷まで送ってくださいませんこと?」


 そう言って手を差し出します。

 思いやり深いイーサンは、作っていた花冠を放り投げて私の手を握ってくれましたわ。

 ほっと息をつきます。


「わかった! ぼくがまもってあげるね」


 えへんと胸を小さな手で叩き、騎士よろしく足を振り上げて歩く姿に、安堵とくすぐったさを感じました。

 侯爵様とアリエッサの間に子どもが生まれたなら、この子のように可愛いわよね。

 私が笑うと、イーサンがこちらを見上げて首を傾げました。


 迷わず歩いていくところを見るに、イーサンは森に来慣れている様子です。


「あのね、こっちには大きないずみがあるんだよ。あっちにはナツになったら、キイチゴがたくさんなるんだあ」


 ……子どもが森に入らないように仕掛けが必要ですわね。


 イーサンに先導されながら、いつもより少し早足で歩いていきます。

 時には草を手で掻き分け、泥で足を取らせそうになりながらも。


 他愛もない話をしながら歩いている内に、私の警戒心まで解けていました。

 草木の湿った匂いや、木々の間から見える夕暮れに心が落ち着いていたのです。


 ですが――忘れかけていた頃にそれは訪れました。

 耳を劈くほど、一斉に鳴り響いた妖精の羽ばたきに甲高い悲鳴。

 ハーブ園で聞いた時よりも大きな警告音に、イーサンが私のドレスにしがみついてきます。


「な、なあに……っ!?」


 妖精や森で暮らす小動物が慌てふためいて逃げていきます。

 地面が揺れ、落ち葉を踏みしめる足音が遠くから聞こえてきました。


「逃げましょう、イーサン」


 私はイーサンの名前を呼びながら駆け出しました。

 地面が揺れて走ることも困難な状態でしたが、それでもイーサンを持ち上げて脇に抱え込みます。

 木の根っこや石に足を取られ、よろめきながらも前へ前へと……悪夢のような光景が後ろに迫ってきて、私は首を振りました。


 息が乱れた私の上に影が差したので振り返ります。


「う、うわあああっ、なんだコイツ!?」


 そこには、とてつもなく大きな魔物がいました。


 狼に似ていますが、大きさが違います。

 見上げる程に大きく、毛皮が剣も通さない程に硬く発達した牙を持っています。

 本でしか見たことがありませんが、アイアンウルフという種類の魔物でしょう。

 討伐に行けばよく遭遇するという比較的ポピュラーな魔物だそうですが、軟禁されていた私には知識でしかありません。


 剣の鍛錬も続けてはいますが未だ満足に振るうことも出来ません。

 それに、今私が持っているのはハーブを採取する為の小型ナイフだけです。

 そんな物ではアイアンウルフに歯が立つわけがありませんわ。


「きゃあ……っ!」


 襲い掛かってきたアイアンウルフを、横に飛びのくことでなんとか避けます。

 ですが、私は地面に座り込んでしまいました。


 魔物に背を向け、イーサンを抱きしめて隠します。

 私の化け物のような頭が目を奪ったのか、アイアンウルフはイーサンがいることに気が付いていない様子でした。


 私たちの足元を抉った魔物は唸り声を出して大口を開きます。

 女という弱く柔らかい獲物との遭遇に興奮しているのしょうか、そこからダラダラと涎が溢れてきます。


「真っ直ぐ屋敷まで走りなさい」


 震えるイーサンの肩に手を当て、彼の顔を見つめて口を開きました。


「そ、そんなのやだ!」


 イーサンはしがみついてきます。


 ですが、それでも「行きなさい」と命じました。

 アイアンウルフは狼のように群れで行動をしないと書物で読んだことがあるのです。

 なれば、彼に気がついていない今、逃してあげなければ。


「侯爵様を呼んできてほしいの。お願い、イーサン」


 頼むと、うなづいたイーサンは服の袖で顔を拭いました。

 そして勇敢にも走っていきます。


(これで、今世も犠牲になるのは私だけですわね)


 次があるのかは来生の私だけしか知りませんけれど。

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