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2.恋に花咲かせて

「おかしい」とアリエッサが呟く。こんなはずは、他になにか証拠になるものはと忙しなく帳簿や事業案を十数年前まで遡っている彼女にティルカは(そう思うのも仕方ないわよね)と苦笑いを浮かべる。

「アリエッサのお茶を淹れ変えてあげて。そうね、眠気の覚めるハーブティーがいいわ」

 かしこまりましたと、リリアがしずしずと書庫を出ていくとティルカは隣を伺った。今日のアリエッサはポニーテールを白いリボンで結んで、実に爽やかな魅力を放っている。

 王宮からの監査官として来たアリエッサは、驚異的な早さで屋敷に馴染んだ。無遠慮なようで礼儀正しく、親しみやすいアリエッサは誰の懐にも簡単に入り込める。それは前世と同じで、それこそが彼女の特性だ。

「他に見たい資料があればおっしゃってくださいな」とにこやかに言うと、突然の調査にも関わらずご協力感謝しますとアリエッサは眉を下げる。

 順応能力の高いアリエッサは、気絶する程に不気味なティルカの化け物頭にも翌朝には慣れていた。「そんなに美人なら隠しもしますよね」と納得もして。

「それにしても不思議ですね」

「あら、帳簿のどこかにおかしな点でも?」

 ちゃんと屋敷に来てすぐ帳簿の全てをひっくり返して自己流ではあるが調査はしたのだ。特に、アリエッサが見ると分かっていた分は念入りに行った。

 彼女は首を振り、口を尖らせて「どうしてこんなに急成長したのか、お話を伺っても?」と真剣な眼差しを向けてくる。

「それこそ単純です、ただの愛の力ですわ」

「は。はあ。愛、ですか?」

 アリエッサは帳簿を取り落としそうになり、手で跳ねさせながらもしっかりと握った。頬を赤らめて「愛……」と繰り返す彼女があまりにも可愛くて、ティルカはそうですわと首肯した。

「私、侯爵様と結婚できたのが嬉しくて」と頬に手を当ててうっとりと目を閉じる。初めてこの屋敷を訪れてからの日々が脳裏を過ぎっていく。

「侯爵夫人として皆に認めてもらえるよう、とっても頑張ったんですのよ」

 にっこりとアリエッサに微笑みかけると、彼女はぽーっとこちらを見ていたかと思うと「たっ、確かにそうですけど!」と背をしゃっきりと伸ばす。その真面目さに笑い声が漏れてしまう。

「おっしゃる通り、夫人が来てから見違える程の功績になってます。あ、勿論その前が悪いという意味ではないですよ。さらに、ってことです。でも、うーん……これは頑張ったという程度では収まらなくって」

 腕を組んで唸るアリエッサは疑問を口にした。少し顎を上げて目を閉じるところまで侯爵様と全く同じ動きで、ティルカは本当にお可愛らしい二人と微笑ましくなる。似た者同士だから話が合うのだろうし、ティルカはそんな二人に惹かれてしまう。

「まさかとは思いますけど」

 じろりと見られたティルカはあら? と口端を引きつらせる。アリエッサは体をティルカの方に乗り出して、下から見上げてきた。

「夫人は王家のことをどう思いで? 実家のクレイヴンファースト家は皇太子の派閥でしたよね」

「ええ、そうね。皇太子の方がお顔が格好良くいらっしゃるから……」

「えっ、そんな理由なんですか」

 金髪碧眼で背も高く爽やかな笑顔の皇太子は、メルシーの初恋の人だった。婚約者が決まった今も彼へのあこがれは消えていないはず。

「でも私は第二王子派ですわ。あのアンニュイな目つきが好きで」

 対して第二王子は黒髪赤目で、陰鬱とした雰囲気。けれど神経質そうな切れ長の目が美しいし、魔法に精通していてストイックなところも魅力的だ。

「……皇太子様たちを顔だけで判断するとは」

 優秀な夫人でもそこらのお茶会で聞くような話をするんですねと肩を落としたアリエッサに、ティルカはうっと言葉を詰まらせる。

「でも、おかげで王家に思うことがないのは分かりました」

「は、はい。ありませんわ……その、ごめんなさい」

 メルシーとはこういう話しかしなくてと言い訳を口にすると、アリエッサは笑っていいですよと許してくれた。

「夫人ってなんだかクールなイメージだったので。こういう話をしてくれるとは思いませんでした」

 だから意外でしたけど楽しいですよ! と肘で小突かれたティルカは、本当っ? と手を握る。

「あの、ちなみにアリエッサはどっち派なの?」

「実は私も第二王子派です。ミステリアスなところがよくって」

 一応所属的には第一王子の派閥にいるので誰にも言わないでくださいね! と口の前に指を立てたアリエッサに、私たちだけの秘密ですわねと仕草を真似する。

 そこへ「お茶を持ってきました」とリリアが現れたので、手招いて「ねっねっ、リリアは第一王子派? 第二王子派?」と訊いてみる。なにを言っているのかと呆れた顔をしたリリアは「私は断っ然、陛下派ですね」と紅茶のポットを手にした。

「お髭の形が綺麗ですし、渋くて格好良いです」

 あの良さはまだ王子では出せませんねと鼻で笑った彼女に、ティルカとアリエッサはなるほど~と口を大きく開ける。

「お年は召しているけど、陛下って今も格好いいですよね」

「それでしたらリリア、執事も好みでは?」

「はい。ですので奥様にも協力していただきたく」

 そういえばまだ結婚していないと言っていたけど、まさか本気で考えているとはとティルカは困惑した。だが、実家からついてきてくれた大事なメイドのことだ。協力しますわと緩く手を握ると、リリアが瞬きをする。

 そして、リリアもアリエッサもくすぐったそうに笑う。どうしましたのと二人を見比べると、「ありがとうございます、奥様」とリリアに頭を下げられ、アリエッサには「やだ、思ってたより面白い人かも」と腹を抱えられた。

 首を傾げると、「私たちは夫人が好きってことです」と頬に指を当てたアリエッサがリリアと腕を組む。

「わっ、私も二人のことが大好きですわ!」

 そう主張すると、二人は目くばせをしてそれぞれ反対の方向にため息を落とした。

「な、なんですの……」

「いえ、なんでも」とリリアは言うが、アリエッサは「それは侯爵様に言った方がいいですよ」と手を広げて上下に振る。それを聞いたティルカはそうですわと手を叩いた。

「アリエッサ、お昼も一緒に食べましょう。侯爵様もそろそろ休憩時間ですから、三人で!」

 そう提案したティルカに、アリエッサはだからと額に手を当てる。

「なんで王宮から送られてきた監査官と、大好きな夫を引き合わせようとするんです? 夫人のそこだけが理解できないんですけど」

「お二人の相性がいいと思ったからですわ」

 きっとロマンス小説のような大恋愛になりますわと手を握りあわせて妄想を巡らせるティルカに、アリエッサとリリアは冷め切った目を向ける。

「あの、言っておきますが私は不倫したいと思ってませんからね」

「えぇ!? どうしてですの!?」

 侯爵様は素敵でしょう、格好いいでしょうと言い募るが、アリエッサはテーブルに手を突いて立ち上がると「どうしてもこうしてもないでしょ!?」と叫んだ。

「愛し合っている夫婦を邪魔するなんて、ぜ~ったいに嫌! ですから!」

 ご飯も一緒に食べませんからと帳簿を開いて顔を突っ込んで吟味し始めたアリエッサの頑なな様子に、ティルカは手を伸ばすが引っ込める。そんなぁ……と首を項垂れさせた。

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