4.扉の前の攻防戦
侯爵様はなにを考えておられるのかしら。
連日なにかと理由をつけては部屋に押し入ってこようとするのですよ。
ドアを手で押さえつけていた私は、肩で息をしました。
私、少しは体力がついてきていますわよね……。ドアから離れて、息を吐きます。
(このような人で遊ぶような真似、以前の侯爵様はなさらなかったわ)
もしかして、これも修行の一環なのかしら……?
「奥さまー、もう大丈夫ですよ。侯爵様は執務室に行かれましたから」
外からアイザックが声をかけてきました。
「リリア? そこにいますか」
「はい、おります」
専用のメイドの声が聞こえてからようやく、恐る恐るドアを開けます。
一昨日はアイザックの声に安心して開けたのに、目の前に侯爵様が立っていましたからね。油断なりません。
「庭園でお茶にしましょう」とリリアに誘われ、左右を確認してから部屋を出ます。
「アイザック様、護衛代わりに来てください。今日は侯爵様が来ても断ってくださいね」
などと言いながら、リリアが彼の腕を引っ張りました。
三人で廊下を歩いていきます。
伯爵領ではまだ初冬ですが、この頃、侯爵領ではすぐ傍に雪の気配が近づいてきました。分厚いコートかマントが必需品です。
「侯爵様は趣味が変わったのでしょうか……」
私の予定とは全く違います。
侯爵様は私の部屋など一度も部屋を訪れることなく、冷遇される日々になるはずでした。
「趣味が変わったというのはどういう……侯爵様が興味を持たれた女性は奥様くらいですよ」
侯爵様はあんなに可愛らしいアリエッサを好きだったのですよ。
あの方が私に興味を持つはずがありません。
「珍しい品が手に入ったからと喜ぶような人ではないでしょう。……こんなの予定にありませんでしたわ」
「それに、この顔はもう元に戻らないんですよ」と言う私に、後ろで立っているリリアがぷっと吹きだしました。
こら、という気持ちをこめて見つめると、彼女は咳ばらいをしました。
「侯爵様はいい人だと、ご自分でおっしゃられていたではないですか」
「屋敷の外に出せない妻など迷惑でしかありませんわ。正妻を娶っていただいた方がいいですわ」
「えっ!? いや、ティルカ様が正妻ですよ!」
「妾も必要とされていないように見えますよ」
「いいえ、違うわ。今は珍しがられているだけよ」
寵愛される要素が私にあると思えないわ。
アリエッサと出会う前で、仕事が落ち着いているからでしょう。
「子どもなんて望めませんのに」
そう呟くと、リリアとアイザックにええ!? と叫ばれたわ。
二人に両肩を掴まれ、顔を近づけられてたじろいでしまいます。
アリエッサなら別ですが、私相手に子どもなど望むはずもありませんでしょう。
だというのに、この反応はどうしたのかしら?
「それは本当ですか」
――それに、私は実際子どもが産めるかどうか分からないのです。
幼少期からほとんど絶食に近い状態を続けてきたせいか、月のものが来るのが遅いのです。量も少なく、周期も定まらないですし。
つくづく、考えれば考えるほど私はあの方の妻として相応しくない欠陥品なのですね。
「え、ええ……」
小さく頷くと、アイザックは舌を打ちました。
彼のそんな様子を見たのは初めてで、驚きに声も出せずに見上げてしまいます。
「まさか、そこまでの扱いを……」
忌々し気に眉を寄せるアイザックは、このことを侯爵様に報告してもいいかと訊ねてきました。
「それは……」
言えば、冷遇どころか屋敷から追い出されてしまうでしょう。
子どもの産めない妻など、貴族には必要ないのですから。
「私から伝えますわ」
ですが、私は侯爵様に捨てられることが恐ろしいのです。
時間を稼ぎたくてそう言ってしまいましたが、アイザックは心配げに眉を寄せて納得していなさそうな雰囲気でした。
「お願い、アイザック」
手を握って頼み込むと、彼は渋々ではありますが、うなずいてくれました。
「奥様、大丈夫ですよ。侯爵様はそれくらいでは怒りませんから」
あの人たちに関しては別かもしれませんが! と拳を握るアイザックが言う”あの人たち”は一体誰のことを示しているのかしら?
「そうかしら……?」
分かりませんが、苦い笑みを浮かべ誤魔化します。
なにせ、彼の笑顔に末恐ろしいものを感じ取ってしまったので……。




