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1.アリエッサが来た!

 もったりとした髪をひっつめ、暗色のドレスを身に纏ったティルカは落ち着きなく窓の傍を行ったり来たりしている。開け放たれた窓からは柔らかい花の香りが漂ってきて、今にも踊り出せそうな程。

「奥様、今日は機嫌がいいですね」

 本の続きは読まないのですかと首を傾げるリリアを振り返り、ティルカは笑顔で頷いた。

「ええ! だって今日はーー……」

 指の先を合わせて説明しようとしたティルカの耳に、車輪が回るカロカロという音が聞こえてくる。窓枠を掴んで身をのり出させた。

「来たわ!」

 向かい合う獅子の紋様付きの旗がついている、純白の馬車が門の前に停まる。ドレスを抓んで廊下に出ていくティルカをリリアが慌てて追う。だが、主に追いつけないことに気付くとため息を吐いて雇い主がいる部屋の方へと、体を翻した。


「奥様、そんなに急がれてどうされましたっ?」

 女主人として常日頃ゆったりと歩くことを心掛けているティルカが走っていることに、すれ違う使用人が驚きの声を上げる。だが、それに構っていられずどんどん階段を下りていく。

 玄関扉を開けてもらったティルカは、吹き込んでくる風に乱れそうになる髪を手で押さえた。

 春の匂い、大きく開けた視界の先に《《彼女》》がいた。丸いフォルムの日傘を差して、明らかに警戒している使用人にも「ありがとうございます」と笑顔でお礼を言ってーー変わらない。

 庭の花が太陽の光を受けて、鮮やかに色めく。この屋敷にようやく春が来たのだと、花吹雪が舞って彼女の愛らしさを引き出させた。

 真っ直ぐ伸びた黒い髪、ガーベラのような大きなピンク色の目。健康的な肌色の女性は、黒いシックなドレスに身を包んでいた。

「あなたが王宮から来た監査官?」

 話しかけると、彼女は日傘を閉じて一礼する。こちらを真っ直ぐ見つめてくる、意思の強い瞳が揺れる。口の端が引くつき、周りに視線を送るが皆が皆、こまっしゃくれたすまし顔で見返す。

「も、もしかして。侯爵夫人……ですか?」と彼女の足が一歩引く。

 どうしたのかしらと、ティルカはあまりの嬉しさから彼女に近づいていった。化け物の頭部に女性の胴体を持つティルカが近づいてくる恐怖に、その人物は手を握って堪えようとする。だが、目と鼻の先まで来ると足をもつれさせてひっくり返ってしまった。

「大丈夫!?」

 ティルカが助けようとすると、「こ、腰が……」と顔を青ざめさせる。

(やっぱり、あなたはこんな姿になっても私を真っ直ぐに見てくださるのね!)

 流石は私たちのアリエッサと、ティルカはしゃがみ込んで彼女の手を握った。悲鳴を押さえて恐る恐る見上げてきたアリエッサに、にこやかに微笑む。実際は裂けた口が一層頬に亀裂を走らせ、涙袋がでろりと落ちくぼんだのだが。

「私のお友達になってくださいな、アリエッサ」

「ど、どうして私の名前を……」

 ぶるぶると震える手を両手でしっかりと握って離さないティルカに、アリエッサは「これ、”はい”って言わないと腕を引っこ抜かれるとかじゃないわよね」と背をのけ反らせて少しでも距離を取ろうとする。

「私の大切なお友達にそんなこといたしませんわ」

 こんな見てくれですが安心してくださいなと言うと、アリエッサはぎこちない笑みを浮かべた。

 返事をその場で貰いたいと更に近づけようとしていた顔を後ろに引かれ、シュッと顔になにかを吹きかけられる。思わず目を閉じたティルカは瞬きをした。

「君は一体なにをしているんだ」

 客人を怖がらせるなと、ため息まじりの侯爵様の声が後ろから聞こえてきてティルカは振り返る。

「あら、侯爵様」

 これはなんですのと指にすくいとって匂いを嗅ぐと、彼は「ただの化粧水だから安心してくれ」と言ってきた。

 とろとろと溶け落ちていく化け物の皮に、アリエッサは慄いて指を差す。そして、ふうっと息を吐き出したかと思えば後ろに倒れていった。

「アリエッサ!?」とティルカが慌てて手を伸ばして抱きとめる。完全に意識を失った体はぐにゃぐにゃと頼りなく、そして見た目以上に重く感じられた。

「ああ、君が驚かすから」

「そうですが、侯爵様が魔法を解いてしまわれたのが決め手だったと思いますわよ」

 私だけのせいではないですわと顎をツンと上げてそっぽを向くと、侯爵様は笑って「そうだな、俺のせいでもある」と合わせてくれた。その優しさにティルカも笑い返す。

「それで、この女は誰なんだ」

 王宮の馬車だったが名乗っていたかと、不躾に思える訪問者の正体を周囲に訊ねる。それに使用人は「いえ全く。突然の訪問でしたので」と首を振る。

「名前はアリエッサ・ケインズ。王宮の監査官ですわ」

「つまり、うちの領の景気がいいから怪しんで来たんだな」

 だからといってこのまま追い出す訳にもいかないなと顎に手を当てて考え込む侯爵様に「そうですわね」と同意する。

「そして、あなたの正妻になられる方ですわ!」と手を合わせて微笑みかけると、侯爵様は顔を顰めた。

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