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愛する侯爵様、化け物の妻など今世も冷遇してくださいませ  作者: 結月てでぃ
悪戯の天秤

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13/21

1.侯爵夫人としての正しさとは

 事件は真昼間に起きました。


 神に誓って、私は彼らを頭からバリバリ食べようとしたり、悪魔を呼ぶ紋章を描いたりなどしておりません。

 ただ仲良くなった子どもたちと遊んでいただけなのです。


 かくれんぼをして、それに飽きた子どもたちと花で冠を作ったり棒で土に絵を描いたりしておりました。

 それだけでも、爛れて膨れあがって溶けたこの顔は恐怖に感じるのでしょう。


「うちの子になにをするの!!」


 という声が聞こえてきて、次いで顔に痛みが走りました。

 地面に倒れ伏した私にメイドたちが駆け寄り、助け起こしてくださいました。


「おくさま……!」


 私に懐いてくれているイーサンという男の子は、大泣きしてしまいました。


「ぅ……っ」


 血の付いた大きな石が土の上を転がっていくのが見え、それを投げられたのだと分かりました。

 近くにいる子どもに当たっていたらどうするつもりなのでしょうか。


「あなた、」


「やだ、不気味……」


 口を開こうとした私を見て、侮蔑の声が降りかかりました。


「おかあさん、やめてよ! どうしてそんなこと言うの!?」


 私に抱き付いたままのイーサンの言葉に、納得しました。

 この方はご自身の子息を守りたかっただけだったのですね。


「お前たち、不敬ですよ!」


 メイドも声を張り上げてくれましたが、彼女たちは蔑みの態度を変えようとしません。

 くすくすと笑いあって、顔を寄せ合います。


「こんな化け物を奥様だと頭を下げないといけないだなんて、吐き気がするわ」


「伯爵家も、よくこんなのを送り込んできたわよねえ」


 子どもに感染(うつ)りそうだわという言葉に、苦い笑みを浮かべます。

 これは魔法だから感染することはないと言うことが出来ず、私は顔を俯けました。


「奥様!」


 リリアが屋敷の方から走ってきて、イーサンのお母さまたちを睨みつけます。

 普段どのようなことを言われても平然としている彼女にしては珍しい表情ですわね。

 ……もしかして、怒っているのかしら?


「この方が侯爵夫人だと分かっての狼藉ですか」


「私の子を食べようとしたのよ!?」


「奥様はそのようなことなさりません!」


 この方が侯爵夫人だということがまだ分からないのかという言葉に母親たちはたじろぎました。


「そ……そんな化け物を侯爵様が寵愛するとでも?」


「社交界に出ることがあったらどうするつもりなのよ。恥をかくのは侯爵様なのよ」


「どうせ、泉の妖精をいじめたから呪われたんでしょう」


 ですがイーサンのお母さまの一言をきっかけに、波紋が広がっていきます。


「奥様はあなたたちと違います」


 リリアがハンカチで傷口を押さえてくれたのですが、ズキズキとした鋭い痛みは止まってくれそうにありません。


(社交界には、アリエッサが出てくれますわ。ですが、彼女が来るまでは? そもそも私は、自分が得意でないことをアリエッサに押し付けようとしているだけではないの……?)


 私の浅慮な行動が原因で、侯爵家の人たちに困惑と迷惑を掛けている。

 今更ながら、なんということをしたのかと自責の念で押し潰されそうだわ。

 どうしましょう、どうしたらいいのかしらと視界が回ります。


 謝って済む問題ではありませんわ。

 自信のない私は、すぐに背を丸めてしまうのです。なんと情けない姿なのでしょうか。


「なにを騒いでいる」


 その場に冷え冷えとした声が聞こえてきて、顔を上げました。

 屋敷から出てきた侯爵様がこちらに来られるのが見え、泣きそうになってしまいます。


 お母さまたちは体を強ばらせていましたが、私の顔を見てぷっと小さく噴き出しました。

 侮蔑の笑みを浮かべる彼女たちは、こんな見るもおぞましい化け物なんて冷遇されていると思っているのでしょう。


 それは事実です。

 私のような者を侯爵様が愛してくださるはずもありませんから。


(……私は、ずっと消えてしまいたかったのね)


 私は、存在を忘れられたかったのです。


 居室か、牢屋か小屋にでも軟禁されて記憶の端に行ってしまいたかった。

 その為にここに来たはずですのに、このように悪印象しか残らない顔にしたりして、なにを考えていたのでしょう。


 近くに寄ってきた侯爵様が私を見ます。

 不安から心音が早くなった気がして胸を手で押さえると、侯爵様は私の目の前にしゃがみこまれました。


 片膝を地面についた侯爵様は、私の頬に手を当てて柳眉を顰められました。

 侯爵様、どうして私にまでこのように優しい顔をしてくださるのですか?


 何故、私はなにもかも、うまくできないのでしょうか。

 前世で侯爵様のお手を煩わせたことなどありませんでしたのに。


「この傷はどうしたんだ」


 案じるように潜められた声に、自分の目が大きく見開いていくのを感じます。


「この者たちの愚行です、侯爵様」


「私、コイツが石を投げたのを見ました」


「奥様に化け物だと罵ってきたんです!」


 リリアの告発を皮切りに、周りを囲むメイドたちが声高に主張します。


「違いますわ、侯爵様。この人たちは我が子を守っただけです!」


 ですが、それを咎めるように声を発します。私を——母親たちも意外そうな目で見てきます。


「私はこんな顔をしているのですから、皆さんが怖がられるのは当然ですわ」


 主張し返し、どうか正しいご判断をと侯爵様を見つめます。

 彼は息を吐きました。


「いくら驚いたからと言って石を投げつけるのは非常識だし、罵倒する必要もない」


「私は社交界にも出られない身です。常日頃から侯爵様のことを案じておられたただけですわ」


「そもそもお前は俺の妻なのだから雇い主なんだぞ。主人に歯向かえばどうなるかは考えなくても分かるだろう」


「侯爵様!」


 母親を失った子どもがどうなるのか、己の身でよく実感しております。

 ですから、この者たちを許してほしいと願ってしまうのです。


「分かった。……我が妻の温情に感謝するんだな」


 次はないぞと釘を刺した侯爵様に、お母さまたちは顔を蒼ざめさせて体を震わせました。


 彼女たちの主張は正当なものであったのに、申し訳ないですわ。

 私が侯爵様の妻で、侯爵様も体面を気にしなければいけなかった為に起きただけのことですのに。


「すぐに医者を呼んでこい」


 私はお咎めなしで良かったと胸を撫で下ろしました。

 対して不服そうに唇を尖らせるリリアの肩に侯爵様が手を置きます。


「すぐに知らせてくれて助かった。次も頼む」


 言葉で補うことも忘れない主人に、さすがですわと感心いたしました。


(私は……庇ってくれたリリアたちの気持ちを考えなかった)


 庇ったのにどうして、甘やかすから図に乗るんだと思っているメイドもいることでしょう。

 なんて不甲斐ない女主人なのかと、俯いて見た地面に散った自分の血。

 伯爵家にいた頃ではよく見た光景です。


「奥様、大丈夫ですか。すぐにお医者様が参りますからね」


 けれど、今はあの時とは違うように思えます。

 リリアたち、自分を心配してくれるメイドたちがいるのですから。


「ありがとう、リリア」

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