愛した人は、私に興味がなかった
君ほど美しい人を、私は見たことがなかった。
「あなたは夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
問われた言葉に隣を窺うが、そこには誰もいない。
それでもティルカ・クレイヴンファーストは、自ら指輪を通して口づけた。
「はい、誓います」
この誓いを永遠とする為にだ。
ふわりと投げた花束は誰にも受け取られず、地面に転がる。
手元にあった時は美しかったというのに、踏みつけられ、ヒールで潰され汚れていく。
茎が折れ、花弁が土で汚れた花束に眉を寄せる。
自分を重ね見ているようで、憐れみから手に取った。
一人でヴァージンロードを歩き、誰にエスコートされることなく教会を後にした。
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揺らめく旗には、夫の家紋。
従者が開けた扉の向こうには見知らぬ男が座っていた。
「乗らないなら歩いて帰れ」
たった一言口にしたきり、見もしないこの男が夫なのか。
「失礼いたします」
緊張した面持ちで唾を飲み込み、声を絞り出す。
馬車に乗り込むと、程なくして馬車が走りだす。
「……式は恙なく終えました」
仕事だろうか、馬車の中には山ほどの書類が積み込まれていた。
書類に目を通していた男の口から、小さな息が出ていく。
「なにに期待をしているのか知らないが、俺が人を愛することはない」
口の片端が上がった、嘲るような笑み。
およそ妻に向けるものではないその表情にまばたきさせる。
この時のことを後になって、感動すら覚えたのだと語った。
「私の旦那様になってくれた方はなんと誠実なのかと思った」のだと。
玲瓏な目で真っ直ぐ前を見て、胸に手を当てる。
「ええ。心得ております、侯爵様」
この男に愛されることなどありえない。その心構えをして嫁いできた。
だが本人からの宣言があればより気を引き締めさせる。
ティルカはそのような女だった。
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「アリエッサ、君は俺の光だ。君がいるから、俺は俺でいられる」
「侯爵様っ、私も! 私も好きです」
抱きしめ合う男女は、朝露に濡れる若葉のよう。
日のほとんどを暗い室内で暮らしている己の目には、あまりに眩しい光景だった。
「奥さま、馬車の準備ができました。旦那様が帰ってきたばかりだというのに、王宮に向かわれるので?」
「え? えぇ……」
ここの使用人はみな優秀だが、不思議に感じることが一つある。
浮気をしているのは誰なのだろうか? と。
誰もが夫の恋を応援し、今も邪魔をしないよう離れようとしている妻を責めるような目で見る。
「至急来いとのことなのよ。分かってくれるかしら」
夫である侯爵が領地に帰ってきたのと入れ替わりで屋敷を出る。
その道中だ――馬車が襲われたのは。
森の中へ逃げたが、何人もの男が追いかける。
ドレスを着ている貴婦人が、軽装の男に捕まるなど時間の問題だった。
腹に突き刺されたナイフが引き抜かれ、今度は庇った腕を刺された。
悲鳴を上げて距離を取ろうとするも追われ、引き倒され、馬乗りになった男に首を掻き切られた。
白い腕が伸びる。
その手を握って微笑むが、おびただしい血が広がっていくごとに力も抜けていく。
この体が、世界の理から逃れられないことを悟る。
「ティルカ――……君を愛しているよ」




