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第弐肆話 竜の血

 鉱山を閉ざしていた氷塊に舵刀を近づけると瞬く間に魔力を吸収し、元々の姿を現した。

 昔に使われていたであろう坑道は薄暗く、どこまで掘り進められているのか分からないほどだった。


「余りもたもたしておると奴らも目を覚ましてしまうぞ?」

「そォは言ッても、何処まで進めば鉱石あンだ?」

「多分、この坑道の最深部付近まで行かないと採れないと思うわ……」


 頭を掻き、迷ってても仕方ないと意を決して歩を進めていく。

 潜っていく程に、改めて地下迷宮やドワーフの住処へと続く通路が明るく照らされていたことが特殊だったと気付かされる。


「……明るくする手段ァ無ェか」

「……」


 カレンが九尾へ視線を向ける。

 が、その眼には何やら別の意味が含まれている気がする。

 この既視感は、ドワーフとの確執が無くなる前のような……。


「なンだ、ドワーフと仲直りしたと思ッたら今度ァこッちか」

「だって、九尾っていえば人間どもの崇拝する火の神、つまり親玉よ!? 同胞を攫い、殺し、侵略してきた奴らのトップにどう相対すればいいのよ!!」

「それァ本当か?」

「当たらずとも遠からず、かの。詳しい説明は省くが、確かに妾は人間どもの神じゃった。しかし、他種族排斥を始めたのは妾ではない」

「それを、どう信じろって言うのよ……」


 カレンが怒りを押し殺すように声を震わせながら呟く。

 そこに、


「カレンお姉ちゃん、ごめんね……。でも、ウルお姉さんを責めないであげて……」


 リリアーヌが涙を流しながら抱き着く。


「ウルお姉さんは、悪い人じゃないよ。私の傍にずっと居てくれて、エルフのみんなやお兄さんが無事なこと教えてくれたから……だから――」


 その言葉と涙に、カレンは言い淀む。

 ドワーフとの確執は、カレンは直接経験していない昔の話だったから簡単に取り除けたのだろう。

 しかし、現在進行形で行われている同胞の恨みは、それほど簡単に取り除ける問題ではない。


「……妾を恨むなとは言わぬ。御しきれなかった責任は確かにある。じゃが、諸悪の根源が別に居ることもまた事実じゃ」

「ォ前、火の神なのか」

「お前呼ばわりとは無礼な奴じゃのぅ……。わかったわかった、雑用は好かんが、娘を涙させてしまった対価じゃ、受け取れ」


 そう言い、手に持っていた扇子を軽く振る。

 たったそれだけで、坑道内に一定間隔で灯火が配置され奥までの視界が確保された。


「目的を果たし一段落(いちだんらく)した所でお主らの疑問に答えよう。今は先を急ぐがよい」


 * * *


 坑道の最奥には、先人が回収しきれず放置された採掘済みの鉱石がゴロゴロと転がっていた。


「掘る手間ァ省けたな。こンで足りる――ンだこれァ?」


 拾おうと伸ばした右腕の様子が如何(どう)にもおかしい。

 暗くて見辛いが、腕を覆う硬質な何かが灯りを反射している……。


「どれ、見せてみよ」


 九尾へ言われるが儘に腕を差し出す。

 少し睨め回した後、合点がいったようにコチラを見やり、


「お主、竜の血を飲んだな?」

「あァ」

「それが原因じゃな。特異な身体が故に進行は遅いが、このままではお主も竜になってしまうじゃろう」

「それァ何かマズいンか?」

「自我を失い力を振るうだけの存在に成りたいかの?」

「あァ、ゴメンだな」


 少し前の俺ならそれも一つの終焉だと思えたかもしれないが、今はもう少し人生(・・)を楽しみたいと感じている。


「しかし、水神の気配が希薄じゃの? 彼奴(あやつ)が居れば幾ら竜の血と言えど苛まれる事も無かったじゃろうに」

「そォいや迷宮探索以後ァ姿表わさねェな」


 カレンとセルゲイから伝え聞いた活躍からそこそこの時間は経っているハズだが……。


「力を使い果たして休眠しているのだとしたら、起きるのを待つより本体の元へ行く方が話も早かろうの」


 力が欲しければ本体の元へ行けとか言ってたっけか。


「取り敢えず、こン鉱石を届けてから諸々考えッか……」

「リリアーヌ、お主の血は力が強い。此奴(こやつ)に飲ませれば多少は進行を喰い止められるであろう。覚えておくと良い」

「うん、わかった」


 返事をしたリリアーヌはこちらへ駆け寄ってくると、


「はい、お兄さん!」

「んぉっ」


 いつ、どうやったのか分からなかったが、血の滲んだ人差し指を俺の口へ突っ込んできた。


「飲んでくださいっ」

「……ほまえあぁ――」

「あっ、んっ……」


 やり方を考えろと文句を言いたかったのだが、喋ろうとして口を動かすと舌が傷口を押してしまった。

 痛みからか、将又別の感情からなのか、リリアーヌの口から嬌声が漏れる。

 しかしそれ以上に、久しぶりに口内へ広がった彼女の血の味が何よりも愛おしく堪らなかった。

 舌と指を絡ませるほどに脳髄が蕩けるような甘い感覚に包まれる。

 竜の血からは得られなかった極度の安心感――


「オホンッ」


 坑道に響き渡るわざとらしい咳払いで現実へと引き戻された。

 少し冷たい視線を向ける九尾、頬を薄ら染めて目を伏せるカレン。


「時間が余り無いと言っておろうに……ほれ、(はよ)う石を持て。妾が送ってやる」


 少し怒気を孕んだ口調、これ以上怒らせるのは得策ではないと魂が直感した。

 持てるだけの鉱石を集めている間、力が抜け九尾に支えられているリリアーヌが愛おしそうに人差し指を見つめている気がした……。

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