第弐壱話 討竜
「全隊、間もなく会敵だ。隊列の確認を怠るな!」
「「「「ハッ!」」」」
途中一回の休息を挟みつつの行軍で、件の大鉱山が目前まで迫っていた。
「いやぁ、それにしても……これじゃ鉱山ってよりは氷山だなぁ」
「あの大きな山を氷漬けにしてしまう、相当な力だ……。油断せず掛かるぞ」
森林の中、木々の隙間から見えてきた山の現状にギ―中隊長の所感が漏れ出す。
クリストフ大隊長もそれを受け表情を強張らせ、未だ見ぬ強敵に全隊の緊張感が増していくのが分かる。
「前衛は私とラインハルト、後衛はギーが担当だ。視界が開けると同時に向こうも此方を視認すると考えた方がいいだろう。まずは私が様子を伺う。その間に二人で陣形を固めてくれ」
「分かりました、どうかお気を付けて」
「あいよ、遠距離と回復は任せんさい」
「頼もしいな……。さぁ、もうすぐ森を抜ける! 各員、準備はいいかッ!」
大隊長の檄に、大地を揺るがすほどの轟咆が応える。
前衛部隊の一部精鋭が活血薬を口へと運ぶ。
視界が開ける。
敵地の全貌が、明らかになる。
山の中腹辺りに奴は腰を下ろし、長い首だけを持ち上げ別の方向へ顔を向けていた。
麓から頂上まで見事に凍っており、普通に登山をするのも困難だろう。
「行くぞォォォォオオオオ!!!!」
大隊長が猛り、虚空より取り出した大剣を片手に宙を舞い、一気に凍竜との距離を詰めていく。
ようやく此方に気付いたのか、視線を移しゆっくりと翼を広げていく。
「緋剣ッ!」
劫火を纏わせた剣を振るい、凍り付いた山の表面を焼き溶かす。
「ひゅ~、流石だねぇ」
「さぁ、今の内に陣形を! 前衛部隊は大隊長に続くぞ!!」
露出させた地面を駆け上がり、大隊長の元へ急ぐ。
「ピォァァァァァアアアアア」
甲高い啼き声を響かせ、広げた翼を一度羽ばたく。
極寒の冷気を纏った突風が、溶かした地面を、延いては我々まで凍り尽くさんと襲い掛かってきた。
「その程度ッ!」
緋剣を再度振り、冷気を凌ぐ。
しかし急速に温められた空気は膨張し、爆発的な暴風が全方位へ吹き荒ぶ。
更には氷を溶かし、蒸発させた水分を多量に含んだ空気が強力な上昇気流で一気に持ち上がり、先程まで良好だった天気が一転、巨大な暗雲が天を呑み込んでいく。
「しまった……!」
相性だけ見れば、氷を解かすなど造作もない我々が有利だと、心の何処かで慢心を抱えていたのかもしれない。
大隊長の「油断せず掛かるぞ」の言葉を頭では理解していても、心が理解って居なかった――。
急変した天候は豪雨を齎す。
ここぞとばかりに、凍竜が一帯から熱を奪い取っていく。
豪雨は次第に霙、そして雹へと変貌した。
「「「ぐぁあああああ!!」」」
天空から降り頻る握り拳大の氷塊が、前衛から後衛の半分以上を襲う。
凍竜が再度啼くと、空気中の水分が凍てつき巨大な氷柱が幾つも生み出され降り注ぐ。
最前線の大隊長は大剣で氷柱を防ぎつつも果敢に斬り込んでいく。
ギー中隊長は後衛の隊員を防御魔法を用いて庇っている。
……私の慢心が招いてしまった危機だ、私が払拭しないで何が中隊長か――ッ!
「うぉぉおおおおッ、破天ッ劫火ッッ!!」
緋剣に宿した遍くを焼き尽くせる程の炎熱を、天高く放つ。
降ってくる氷塊を融解し、蒸発させ、雲を燃やし、空気を焼き切り翔け昇る。
先程まで真っ黒だった空は一瞬のうちに真紅に染まり、轟音と共に青天を取り戻した。
余韻として残る熱量が地面をジリジリと焼き付ける。
「ピァァァアアアアアッ!!」
「けたたましくなったな、脅威を感じてくれたかッ!」
自身のテリトリーを焼かれ怒りを感じているのか、凍竜の動きが活発になる。
その場から動く気配もなかった先程と変わり、飛び立ち、上空から攻撃を行ってくる。
口元へ集めた冷気を一息に吹き付けるブレス攻撃、低空を急速度で飛び抜けつつ、爪や尾の先で隊員を仕留めに掛かる攻撃などで、積極的に前衛の人員を削りに来る。
かと思えば上空を旋回し、こちらの戦力をどう削るか算段を立てるかのように視線を落としてくる。
活血薬の効果時間、もってくれるか……。
「いよっし。遠距離部隊、放てェェェェェ!」
ギー中隊長の掛け声に合わせ、後方の魔法部隊が火の矢を次々に打ち込んでいく。
凍竜が怯み、空中姿勢を崩し落下してくる。
「ラインハルト、私に合わせてくれ!」
「はいッ!」
大隊長が大剣を振り上げる。
墜落する首元とぶち当たるその一点。
凍竜の生存本能が冷気により生じさせた分厚い氷の鎧。
そこへ緋剣の最大火力を打ち込む。
「「うぉぉぉぉおおおおおおおおッッッ!!!」」
「ピァァァアアアアアアアアアッッッ!!」
氷鎧を融かし、深々と突き刺さっていく大剣。
まさに紙一重の攻防だっただろう。
鋭く突き抜かれた尾が、大隊長の腹部を貫いた。
「――――ぐふッ……」
赤黒い、ドロッとした塊が地面を汚していく。
活血薬の効果も切れていく。
しかし、その手から力は抜けてはいかない。
「――ッ、大隊ちょ……」
「最後まで、油断するな……ッ!」
「くっ!」
緋剣を握る右手へ力を込めなおす。
今すぐにでも大隊長を後衛へお連れして回復魔法を掛けるべき、それが頭で最善だと分かっている。
しかし、このチャンスを逃すなと言外に訴える大隊長の意思を蔑ろにすることも出来なかった。
……しかし、その僅かな迷いが命運を決する。
抵抗すべく腹部を貫いたまま薙ぎ払われた尾で、大隊長諸共吹っ飛ばされる。
「ピァァァアアアッッッ!!!!」
更に決死の最大冷気ブレスが後衛部隊へと放たれ、
「――――……」
断末魔の暇なく氷漬けと化した。
一瞬の油断、僅かな気の迷いで、全てを瓦解させてしまった。
自らの過ちで仲間を、師を失った悲壮感で身体が動こうとしない。
凍竜がゆっくりと躰を、首を擡げていく。
刺さっていた大隊長の大剣がズルリと抜け落ちた。
「ピァァァ――――」
再び、口元へ冷気が集まっていく……。
首の傷がかなりの深手なのか、先程よりも時間が掛かっている。
普段ならばこの隙を逃すことは無かっただろう。
しかし、今は眺めることしかできなかった。
肥大化していく冷気の魔力。
大隊長だけでも、なんとか逃がせないか。
もう、猶予は――――
「ォらァッ!!!」
突如、上空から降ってきた何者かが、その首をいともあっさりと……両断した。
落ちた頭、霧散していく魔力が空気中の水分を凍てつかせ、ダイヤモンドダストが生じる。
その向こう、振り下ろした長剣を肩に担ぐようにした男が、
「……よォ、随分と満身創痍じャねェか」
この手で殺したはずの亜人の姿が、そこにあった。




