第壱捌話 凍りし山
「こンなもンか」
セルゲイから受け取った革製の容器に溜まった、黄金色に輝く粘度の高い液体。
ピッチドロップ実験ほどでは無いにしろ、かなりの時間を要した。
「任せた」
「わっ――ととっ。もぅ……」
口を閉じて放った容器をカレンが焦りつつキャッチする。
戦い方的に、俺が持っていると一緒に潰されて折角溜めた樹液もロストしかねない。
突然投げて寄越された事に文句を言いたげだが、落としたところで簡単に零れるような粘性ではないと確信しての行動だ、なんの問題もない。
「鉱石が採れる鉱山ってのァ……アレ、か?」
「えぇ……そのはず、なんだけど……」
最初の説明にあった通りの方角を見やる。
そこには、それなりの大きさの山が聳え立っている。
ただ一つ気になるのは……
「氷漬けン山から採れるンか?」
鉱山といえば草木も生えていない禿山で、剥き出しの地面に鉱石を運び出す為のトロッコ用線路が敷かれ、幾つかの坑道が掘られているといったものを想像していた。
これは孤児院で見せられた古い映画のワンシーンから得た情報だ、此方の世界では全く違うのは理解できる。
禿山なのは人間が採掘しやすいよう切り拓いたから、線路だってトロッコなどの貨物車両を開発できていなければ無いのも頷けはする。
しかし、氷山から採掘できる鉱石など利用できるのだろうか?
況してやアレだけの熱気を扱うドワーフ達の住処で。
「私も実際に見たことがあった訳じゃないけど……気候的にも確かに不自然ね」
カレンも訝しんで様子を窺っている。
「ちょっと、少しだけ様子を見てくるわ」
そう言うと自身の魔法でフワリと浮かび上がり、見る見る小さくなっていく。
俺を吹っ飛ばした後にアイツはああやって優雅に飛んできてたのか、などと考えながら眺めていると急に踵を返し、行きよりも倍早く戻ってきた。
と思えば、顔面蒼白になりながら口をパクパクとさせている。
「なンかヤバいもンでも居たか?」
「だめ、アレにケンカを売るのは辞めた方がいいわ……」
「そォも言ッてられねェだろ。神樹ン為にも、リリアーヌも」
「それは、そう……なんだけどっ」
カレン自身も天秤をどちらに傾けるべきかかなり葛藤しているようだ。
「……まずァ、何を見たンか教えてくれ」
「りゅ、竜よ……それも、凍竜だわ――」
竜。
この世界に飛ばされた、数日前の事を思い出す。
天高くを羽ばたき飛んでいく、恐ろしくも壮麗なその姿を。
ファンタジー作品でも無類の強さで表現されることの多い竜にステゴロを挑むというのは、確かに無謀かもしれない。
しかし、リリアーヌを救うためには必要な……。
「なァ、俺らン目的ァなンだ?」
「それは、鉱石を採ってドワーフに届ける……」
「どッかに抜け道とか無ェか。直接鉱山内入れるよォな」
「無いとは言い切れないけど……あの氷の中にそのまま入るのも命知らず過ぎると思うわよ」
凍竜ってことは、その竜の力で鉱山が氷漬けにされたと見て間違いないだろう。
戦うためには、最低限武器が必要か。
「……分ァッた、一旦戻る。ドワーフ達ン力ァ借りるか」
「そうね、その方が良いと思うわ」
ミッション未達だが、一先ずこの樹液を届けつつ報酬の先払いを求めてみようか……。
* * *
「大隊長、遠征の準備が整いましたッ!」
聖皇国中央都市マルデュプラから南西へ少し進んだ平原、そこに隊列を組み待機する騎士たちの先頭にほど近い場所に、ラインハルトの姿があった。
「宜しい。……各隊へ告ぐ。今から向かう死地は、今までの比では無いほどに苛烈を極めるであろう。各々、事前に親しき者たちへ挨拶を済ませてもらった事、部下を護ると誓うことの出来ない己の不甲斐無さを、この場で謝らせてほしい」
「お止めください大隊長! 我々は誰よりも勇猛果敢な貴方だったからこそ、今まで付いて来たのです。此度の遠征も、例えどんな結果が待っていようと、悔やむ者など絶対に居りません!」
「ラインハルトの言う通りですよ。最前線に立って旗を振るう貴方を尊敬こそすれ、恨む部下は居ません。今まで通り、いつも通りに戦果を挙げて帰ってきましょう」
クリストフ大隊長の珍しい弱音に、ラインハルトともう一人、西部都市を任されているギー中隊長も声を合わせる。
それを聞いてか、後ろにて待機中の騎士たちも声を上げ、誰一人として悔いは後にも先にも無いと応え、士気を高めていく。
大隊のその姿を一目見て、
「これが、貴方が築き上げた騎士団です」
何一つとして気を揉む必要はないと、目で訴える。
「さぁ、鬨の声を」
「分かった……」
一呼吸の後、空気が張り裂けん程に響き渡る。
「――全隊ッッ、出撃ィィィィイイイイイイッッッッ!!!!!!!」
「「「ウォォォォォォォォオオオオオオ!!!!」」」
約五百名による大行進が、大地を揺るがし突き進む。
目的地は、南西に位置する大鉱山。
そこに住み着いた凍竜を狩るために――




