第壱伍話 依頼
洞窟内とはまた違う、綺麗に整備された空間。
そこに敷かれた民族文様に似た意匠が施された、柔らかい布地の上で目が覚める。
ここ数日で幾度と味わった感覚。
また俺は、殺された。
死ぬ直前の記憶を呼び起していく。
地下迷宮を進み、最深部らしき空間で独眼鬼と相対し、会話で遣り込めようとして……失敗した。
「……なら、此処ァ何処だ?」
死ぬ直前に突き飛ばしたカレンが無事で、肉体だけは蘇った俺を救出して此処に避難してきた……そんな筋書だろうか?
とはいえ、壁の材質から洞窟内か近しい所のようで、変化する迷宮内にこんな空間があるのか……?
上体を起こし、そんなことを思考していると、
「………………っ」
簾のような間仕切りからこっそりコチラを覗く小さな影と目が合った。
サッと引っ込むと、壁の向こうへと走り去る足音。そして、
「じじ! アイツ起きた!」
少しして現れたのは、
「いやぁ、すまなかったのぉ」
でっぷりとした体格に、長い髭や濃い体毛を携えた、背の低いオッサンだった。
さらにその後ろから、
「ようやくお目覚め?」
「随分な挨拶じャねェか」
「生き返るって分かってるのに何を心配しろって?」
それはそうだが、どうもコイツには人の心ってものが欠落しているらしい。
……俺も他人のことは言えないが。
「……ンで、オッサン。あンたはドワーフか?」
「そうじゃ。ワシはセルゲイと言う、此処に住むドワーフ族の……まぁまとめ役みたいなもんじゃ」
「俺らァ入り口でデケェ奴に門前払い喰らッたンだが、何故だ?」
セルゲイは暫し考える素振りを見せ、
「厄介事を持ち込まれたくなかった、というのが本音じゃ。かなり昔、聖皇国とすったもんだ有ってから、彼の国と関わり合いにならぬようしてきた。お主……ハルト殿と言ったかの? 見た目が人間だったもんで、コチラも警戒を強め独眼鬼に門番を頼んだ訳じゃ」
「なるほどな、事情ァわかッた。カレン、用件ァ伝えたンか?」
「えぇ、まぁ……」
異様に歯切れの悪い返事が返ってくる。
「ハルト殿の事情は聞いた。一人の少女を助けんと動いていると。ワシらも出来ることなら協力したいんじゃが……」
「あまり悠長にしてらンねェんだ。簡潔に問題を言え」
「地脈を操る装置が故障中でのぅ……直すのに必要な素材が足りないんじゃよ……」
頭を掻きながらセルゲイはそう告げる。
「素材があれば直せるンか?」
「それはもう、確実に」
「……わかッた、素材一覧を寄越せ。カレン、行くぞ」
「やっぱりそうなるのね……」
一難去って、また来る一難にカレンは項垂れてしまう。
しかし神樹の為である、絶対に拒否はせず手伝ってくれる。
難儀な奴だ。
セルゲイの先導に付き従い、ここから地上へ直通で繋がっているという裏口へと足を運ぶ。
ドワーフたちの住処は地中ということを忘れそうになるほど整備され、栄えている。
見上げれば十メートル弱の高さに天井があり、空間内に疎らに聳える土壁の建物が柱兼居住区になっているようだ。
また、それとは別に平屋のような低い建物が道沿いに並んでおり、特産らしき食物にセルゲイの家でも見た模様の衣服、装飾品などが売られている。
「……意外と栄えてンな」
「外界との接触を極力絶ってるからのぅ、自給自足出来るよう三十年掛けて改善していった」
「農業もこの中で行なっているの?」
「そうじゃ。居住区からもう少し向こうへ外れたところで野菜などを育て、ここで取引、みな仲良く暮らしておる」
「やッぱ外の人間やエルファ珍しいか」
先程からすれ違うドワーフ達が凝視してくるのが分かる。
子供たちは好奇と畏怖が入り混じったような視線、大人たちは一目見てギョッとした後、共にいるセルゲイに目をやり落ち着きを取り戻すような状態だ。
「あぁ、ここでは人間共イコール悪、厄介者と認識している者も多い。ワシも正直そっち側の考えじゃが……。さぁ、ここを抜ければ裏口じゃが、ちぃとばかし熱いから気を付けるんじゃよ」
目の前には一本の橋。
土を固めて作ったレンガのような建材で掛けられていて強度は大丈夫そうだ。
が、その空間が揺らめいて見える。
熱い、とわざわざ忠告を入れるほどの熱気が陽炎を発生させているようだった。
肌がじりじりと焼ける。
「これがちィとばかしッて熱量かよ……」
「ワシらは熱に耐性があるようでなぁ。お主らがどう感じるかは正直わからんのじゃ、すまんな」
端に近づくにつれ、熱量は増していく。
と同時に、金属同士を激しくぶつけ合うような甲高い音が下方から響いてくるのが聞こえた。
「……なンの音だ?」
「この住処を拓いた時に見つけた巨大な鉱脈、それに地熱を利用して鍛冶を行なっておるのじゃ。先程の市場に並んでおった農耕具や装飾品、あと僅かじゃが武器防具も鍛えておる」
「武器、か……」
そろそろ相棒一本じゃ厳しいと感じていた……というか今気付いたが相棒が居ない。
独眼鬼に潰されたところで流石に壊れちまったか。
「……こン依頼を達成したら、武器一本造ってくンねェか」
「おぉ、それくらい容易い。このセルゲイが顔を利かせておこう」
「助かる」
俺が素直にお礼を言う姿を見て、カレンが少しにんまりとする。うるさい、俺も少しは学んでんだ、ほっとけ。
見下ろせば溶岩が見える橋を渡り切り、目的の場所へ辿り着く。
するとセルゲイから一枚のメモを渡された。
「これが、採って来てほしいメモじゃ」
「必要な素材ァこれだけか?」
樹皮を剥いだような分厚い紙に見たことのない文字が刻まれていた。
当然読むことはできないが、横書きで二つの単語だけというのは認識できた。
「そうじゃ。一つはココから西方、湿原地帯に生えている粘木の樹液。もう一つはそこから更に北西へ進んだ鉱山で採れる鉱石じゃ」
読むのはカレンに任せようと考えていたため、詳細まで伝えてもらえたのは助かる。
目的地を知っているかと目配せすると、彼女はコクリと頷いた。
「それともう一つ」
そう言ってセルゲイに手渡されたのは、細かな装飾が施された鈴。
「この荒野に戻られたとき、その鈴を鳴らせばココまでの直通路が開かれる。失くさぬようにの」
「一つ聞きてェンだが」
「何かの?」
「その装置が壊れたのァ何時だ?」
「大体百年前かのぉ、割と最近の出来事じゃったわい」
百年を最近と言う感覚は種族的なものなのだろうから、何も言うまい。
俺が聞きたいのは、
「ォ前ら、自分で素材取りにァ行かなかッたのか」
最近という感覚だとしても、五十年には変わりない。
その間に壊れた装置を直そうと動かなかった理由は何なのか。
「それが出来なかったんじゃよ」
「やらなかッたじャねェンか」
「そうじゃ。ワシらドワーフは地脈と共にある。人間にとって毒となりうる地脈が、ワシらにとっての酸素のようなもの。迂闊に外へ出れば一巻の終わりじゃ……」
なるほど。
故障前は地脈を弄れば移動することも可能だったのだろう。
しかし何らかの理由で装置が故障、最後の力でダンジョンを形成し守りを固め、この地に住み着いた。
そんなとこだろうか。
「分ァッた。行ッてくる」
「一つ言わせて」
裏口へ向かおうと背を向けたところで、カレンが口を開いた。
「地脈をまた弄れるようになっても、好き勝手にするのはやめてよね。私達……というか神樹様が困っちゃうんだから」
「……分かった、この恩に報いる為に、そう誓おう」
「なら、いいわ」
ふんっ、と鼻を鳴らし後を追ってくる。
出発前はあれだけ嫌がっていたが、実際に交流したことで何か思うところでもあったのだろう。
だが、素直じゃねぇな、マジで。
「外出たら、また頼む」
「今度はちゃんと自力で復帰できるようにしてよ?」
「あァ――」
十数分後、そこには湿原に深々と突き刺さるハルトの姿が有るのだった……。




