第壱壱話 洞窟探索
ダンジョンにも種類があるらしい。
山や森に魔力が滞留すれば、薄っすら霧が掛かり陽の光も届かず、方向感覚を失い易い樹海に。
海であれば巨大な魔物が生息し、安易に海上を通ればその魔手に、もしくは規則性もなく頻発する渦潮に呑まれてしまう海域に。
そして、荒野に発生するのが地下迷宮。
地上にある幾つかの入り口から進み、内部構造が都度変化していく洞窟内を探索することになる。
「どのダンジョンも、最奥に居るボスを倒せば確実に外へ出られるけど、実力の伴わない挑戦は簡単に命を落とすわ」
「ドワーフどもァそンで聖皇国から身ィ護ッてン訳だ」
「実際、ドワーフが人間からの攻撃を受けたのは護りを固める前の一回だけ。このダンジョンはそれだけ強固な、難攻不落の要塞ってわけ」
「……それァ腕が鳴ンなァ?」
地脈を滞留させ生み出されたダンジョン。
空気中の魔力濃度も高いのか、体表面から少しずつ魔力を補給できているのが分かる。
濃すぎる魔力は耐性の無い人体には瘴気となり得るらしいが、
「あんた、なんで平気なの」
「さァな」
そんな他愛のない会話を繰り返していると、視界に違和感を覚える。
前方、先が見えないほどに土壁が畝っている薄暗い洞窟の向こうに、周囲とは色が違う何かが二つ。
「……何か来ンぞ」
カレンに伝え、ナイフを構える。
サリッ、サリッと聞こえてくる足音が次第に大きくなり、姿を現したのは、
「餓鬼ッ!」
叫ぶと同時、最初に動いたのはカレン。
「風よ、貫けッ!」
生み出された風の槍が空気を切り裂く。
「絶対に逃がさないで!」
「分ァッてるよッ!」
出会い頭に相方を屠られ戸惑っているもう一体に一息で近づき、首へ刃を一閃。
少し浅かったが、空いている左手で餓鬼の頭部を鷲掴みにし、もう一度。
今度は深々と突き刺す。
数秒して完全に事切れた餓鬼は塵となり霧散していく。
「ンだァ、死体残らねェのか?」
「魔物の身体はダンジョンの一部から生まれるの。死んだらまたダンジョンに還って新たな個体として、そのうちまた生まれるわ」
「草原で殺ッた魔物ァ死体残ッたぞ」
「それは魔獣でしょ? 魔力に中てられてちょっと狂暴になった動物だから別物よ」
「なら、血ン補給ァ無理か」
皮膚から魔力を補給できているとはいえ、やはり物足りない。
再生力は多少戻ってきたとはいえ、未だ硬化は使えない。
せめて死斑活性出来る程度の魔力は蓄えておきたいが……。
「また魔力塊飲む?」
にやにや、とカレンが提案してくる。
やっぱりコイツ性格悪いな。
舌打ちしつつ、手の甲を振り洞窟の奥へ歩を進める。
「そォいや、餓鬼逃がシてたら何がマズいンだ?」
「……知らないのに分かってるなんて言ってたの」
「殺し損ねンなッて意味かと思ッたが、別ン意味ありそうだッたンでな」
「あいつらは人型の魔物で唯一、団体行動を採るのよ」
「逃シたら情報漏れて厄介ッてか」
「そういうこと。小さい集団ならまだ良いんだけど、親玉がいると余計にね……」
統率の執れた集団を相手取るのは確かに難易度が跳ね上がる。
こちらも意思疎通の取れる仲間が数人いれば凌げるだろうが、カレンと二人で攻略するには戦力で上回るか、奇襲を成功させるくらいだろうか。
「ォ前、さッきの以外に魔法でどンな事出来ンだ?」
「名前で呼んでっての……風の槍の他は障壁作ったり、乱刃、暴風、あとは――」
移動しながらの簡易的な作戦会議。
しかし、方針は決まった。
途中、何度か餓鬼との戦闘、分かれ道、行き止まりなどを経て少しずつ進んでいく。
「……居やがンな」
最初の餓鬼を見つけたときに感じた視界の違和感。
どうやら生体反応が見えているらしい。
原理? 知らん。どうせこれも蛇の何かだ。
拓けた空間、働いている複数の餓鬼とその奥に腰を据えている大きい体躯が一体。
「巨狗鬼ね、あの体格に似合わず素早いから気を付けて」
洞窟内を練り歩く事数時間、とっくに再生と硬化は出来る状態に回復していた。
魔力に満ちた空間の為か、一晩ほどの時間は掛かっていないはずだ。
「ンじャ、手筈通りに頼む」
カレンは右腕を伸ばし、曲げた中指を親指で押さえ、深呼吸を一つ……。
その指が弾かれると同時。
パンッッッッ!!
渇いた破裂音が、開戦の狼煙を上げた。
* * *
「障壁作ったり、乱刃、暴風、あとは――」
軽く指を弾くと、中空が弾ける。
「瞬間的に空気を押し退けると、いい音が鳴るのよね。気を逸らすくらいには使えるかも?」
「空気を……真空状態ンしてるッて事か」
「シンクウ……? あんたの世界の言葉かしら。使い道は有りそう?」
まだ仮定に過ぎないが、本当に真空を作れているなら局所的にダメージを与えることも可能なはず。
試しに、と右手を持ち上げ、
「手首ンとこに今の当てられッか」
「それくらいなら、まぁ」
先程と同じく指を弾く。
すると乾いた音と同時、手首の肉が僅かに抉れ飛んだ。
「きゃっ」
「やッぱりな。今ンは何割だ?」
「す、少し抑えたけど……それでも六、七割くらいは出してるわよ」
「充分だ」
* * *
「|虚空よ、断えず、弾けて《ノル・ウェストレ・ドゥラ》ッ!」
餓鬼達の居る空間内が断続的に弾ける。
音で意識を割かれ、また直撃したモノは突然の痛みに狼狽える。
その混乱に乗じ、
「死斑活性――」
「暴風よ、彼に力をッ」
右腕で空間に照準を合わせつつ、左手でこちらの足元へ魔法陣を生成、付与を施してくれる。器用な奴だ。
力強く、踏み込む。
視界が歪む。敵が赤く輝く。
ナイフを振り抜く、が当たらない。
速すぎる移動速度に身体が追い付いていない。
なれば、と。
刃を置く。
壁を蹴る。
餓鬼の首が、飛ぶ。
斬りに行くのではなく、敵が自ら斬られに来るイメージで駆ける。
巨狗鬼の咆哮に、洞窟内へ散っていた餓鬼たちが戻ってくるが、造作もない。
一体、また一体と餓鬼が塵と化していく。
その間も空間は弾け、主に巨狗鬼の意識を割いてくれている。
最後の餓鬼を倒し、オークと対峙したところで破裂音が止む。
数分間、絶え間なく弾いてくれていたのだ。集中力と魔力の限界だろう。
振り向かず、声にも出さず。
片手を軽く上げ、謝意を示す。
再度、巨狗鬼の咆哮が響き渡る。
全身をかなり弾かれているはずだが、僅かに血が滲んでいる程度だ。かなり表皮が厚いか硬いか……。
「さァて、どォすッかな」
カレンの付与魔法も効果が切れた、ちっぽけな相棒じゃ与えられても掠り傷程度か。
「ブモォォォオオ!!」
忠告通り、体躯に似合わぬ速さで接近、棍棒を横薙ぎに振り抜いてくる。
地を蹴り、その顔へ飛び付く。
「先ずァ定石通り、鍛えらンねェ所から攻めッか」
逆手に持ったナイフを、深々と眼球に突き立てた。




