第零話 ダンピールの少女
ダンピールと呼ばれる亜人がいる。
奴らは不幸にも、忌々しい吸血鬼に胎を穢された娼婦から生まれ落ちた、不浄な存在だ。
……いや、野蛮な亜人どもに犯されるくらいだ。
その娼婦にも元から穢れた血が多かれ少なかれ流れていたに違いない。
しかし、毒も使い方を変えれば立派な薬となる。
例えば、スライムの体液がポーションを作る際の溶媒に適しているように、コイツらの不浄な血にも有益な使い道がある。
「……なまじ人間のように見えるのが困りものだな」
白衣を羽織った小太りの中年男性が、利き手で顎髭を撫でるように腕を組み、観察用の窓からソレの様子を窺いつつ、言葉を漏らす。
「まさか主任、ソレに欲情でもしたんですか」
「その、まさかだよ」
「仮にもフィン信徒がやめてくださいよ、何か感染されたらどうするんですか」
「わかってるさ、それくらい」
主任と呼ばれた男が、視線を計器の方へと移すのを見ながら、もう一人の若い研究員はため息を吐いた。
正直、わからなくもなかった。
監禁生活でボサボサに荒れているとはいえ、整えれば随分と好ましい容貌であろう金髪碧眼の少女。
その傷跡だらけの肢体は、サディスティックな劣情を喚起させるには十分だった。
右の内腿には、彼女から採れる素材を抜き取るための管が挿入され。
口元からは白濁とした流動食の飲みこぼしが垂れている。
不衛生極まりない薄暗い実験室の、ボロ椅子に繋がれた彼女のその様は、さながら■■の被害者だった。
かれこれ数年。
健康的な赤い血を抜き続けられるのが不思議ではないのは、気絶するたび自動的に発動する回復魔法陣と、流動食に混ぜられた特殊な造血剤や栄養剤のおかげだった。
「……妙だな」
不意に、主任が眉を顰める。
「何かありましたか? まさか魔法陣に異常が」
「いや、むしろ異常がないのが気になってね」
その意が汲めず怪訝な顔を向ける若い研究員に、主任は続ける。
「つい先刻発動した解毒魔法の燐光が少々揺らいでいてね」
「出力不足、ですか?」
「それが計器上では異常が全く見当たらないんだ」
深刻そうに呟く主任。
この数年間、こんなことは一度もなかった。
「鼠でも紛れ込んだのでは……」
「いや、にしては揺らぎが大きかった」
二人揃って小首を傾げた、次の瞬間だった。
「楽しソうな事しテるじゃねェか」
ドスの効いた、殺気交じりの声が背後から掛けられ――直後。
二人の意識は、何かを感じるよりも早く、闇へと溶けていった……。
* * *
陽の光が当たらない薄暗い部屋、血を抜かれていく感覚、流動食を喉奥に流し込まれる嗚咽感……。
馴れたくもないそれらが日常と成り果てて、どれくらいの月日が流れただろう。
かつては希望に満ち溢れていた世界に、絶望すら見出せなくなった私の瞳は。
「ッたく、悪趣味な事シてんなァ」
ゴシャァッッ!!
轟音と共に壁の向こうから現れた、鮮血に染まる襤褸の青年に、救いの光を視た。
「それにシてもスゲぇ。あり得ねェほど力が湧きヤがる」
感嘆する青年は手にしていた空き瓶を放り捨てこちらに近づくと、私の頭を鷲掴み喉奥まで差し込まれた管を乱雑に引き抜いた。
「――ぉぇっ、げほっ、げほっ……」
はーっ、はーっ、と涎を垂らしつつ呼吸を繰り返す私を見下ろし、彼は言い放った。
「交換条件だ。助けてヤるから、俺のモンになれ」




