抜け駆け
「不満だ……。」
深くたち込める朝靄の中、呟く人物。その人物の名は井伊直政。
井伊直政「此度のいくさ。表向きは豊臣秀吉が遺児。秀頼を蔑ろにする石田三成を討ち果たす事を目的としている。しかし本当の狙いは別の所にある。我が殿徳川家康に天下を齎す事が目標である。にもかかわらず福島(正則)なぞに先陣を譲らなければならないとは……。
仕方が無い。徳川で部隊を率いる事が出来るのは、私独り。他の連中は何処で油を売っているのか。これではたとえ我らが勝利を収めたとしても、手柄は秀吉恩顧の奴らに持って行かれてしまうでは無いか。口惜しくてならぬ。
ん!?待てよ?ここ最近変な夢を見る。1年後。私が佐和山城の城主となっている夢である。佐和山は石田三成が居城。つまりこのいくさ我らが勝つ。しかも佐和山は要地中の要地。そこを私が治めていると言う事は……。」
このいくさ。徳川方が勝利を収める。しかも……。
井伊直政「我が殿主導で戦後処理が為された事を意味する。そのためには……。」
徳川で唯一戦うことの出来る井伊直政が大活躍する必要がある。
井伊直政「福島なんぞに先陣を譲っている暇は無い。幸い今は霧の中。福島も動いていない。ならば……。」
福島正則隊に気付かれぬよう兵を動かす井伊直政。これに気付いたのが……。
可児才蔵「待たれよ!先陣は我らの務めである!!」
可児才蔵は福島隊の先鋒隊長。
井伊直政「抜け駆けでは御座らぬ。ここに居る下野公(徳川家康四男の松平忠吉)は此度が初陣。
『いくさが始まる様子を見たい。』
との申し出に応えるべく前に進んだまでであります。」
可児才蔵「そうでありましたか。」
井伊直政「期待していますぞ。」
可児才蔵「言われなくてもわかっています。」
少し進んで。
井伊直政「うまくやり過ごす事が出来たようだ。木俣!」
木俣守勝「はい!!」
木俣守勝は井伊隊の切り込み隊長を務める人物。
井伊直政「此度のいくさは徳川のいくさ。」
木俣守勝「ならばやるべき事は1つしかありませぬ。」
井伊直政「聞くまでも無かったな。頼むぞ。」
木俣守勝「はい!!思う存分働かせていただきます。」
井伊直政の部隊はなおも前進し……。
木俣守勝「放て!!!」
の号令と同時に宇喜多秀家率いる部隊に向け一斉射撃。これを合図に関ヶ原の戦いの火蓋が切って落とされたのでありました。