性癖異端審問
「それでも、僕はシスコンです」
「……」
2日前の妹のパンツみたいに青い空の下で、僕は手錠をはめられていた。現在、性癖異端審問の真っ最中である。
厳格そうで、神経質そうな細い眼鏡をかけた男が、僕の目を見もしないで僕に問いかける。
「妹が大好き?はぁ、何を訳の分からない事を...。もう少し、まともに生きられませんかねぇ?」
「まともな生き方?巨乳で、色白で、自分より少しばかり身長が低くて、サラサラの金髪で、そんな女を好きになれって?ごめんだね。はっきり言うけれど、僕は、胸の小さな女の子が大好きだ」
「なんと哀れな...。親に申し訳ないと思わないのだろうか」
「哀れ?君たちの中にもいるだろう!」
ざわつく審議官を片目に、僕は勢いよく立ち上がり、この見せ物に集まった聴衆に問いかける。
「幼い頃、性癖異端者だと馬鹿にされ、罵られ、時にはどうしようもない人間だと哀れまれた、そんな人間が。20歳をすぎても大衆的な性癖でなく、僕のように性癖異端審問にかけられはしなくとも、誰もいない暗い部屋の中でしか自らを解放できない人間が」
「静かにしなさい。審議の最中ですよ」
審議官が僕を嗜めようとする。
「審議の最中?僕は今、この場にいる皆に審議してもらっているのだ。性癖とは誰かに認めてもらうものなのか、と。この国を支配する者達によって、自らの性癖まで、生き方まで支配されて良いのか、と」
「静かにしなさい。議会の方々がどれ程、民のことを考えていらっしゃるのか。知識もなく頭も悪いあなたたちは、ただ決められたことに従えば良いというのに」
そう言って、大人面をひっさげた審議官はプロジェクト魔法を放った。緑色の壁に映像が映し出される。
「ご覧ください、女王様のこのお顔を。その高貴な生き様を。この国の象徴として立派に役目を果たされている御姿が、いかにお美しいものであるか、私たちは既に知っているでしょう?女王様のような人間に、私たちもならねばいけないのです」
聴衆たちの方からは「お美しい…」とか「さすが女王様」とか「オイラを踏みつけて!!」との声が上がる。
「くだらない。伝統的な価値観に支配された人間どもめ。貴様らのような自らの性癖すら把握できないような人間は、結局大切な場面で、誰かを守ることはできないんだ。権力に従い、平気で弱者を傷つけ、そして生まれてきた赤ん坊にあたかもそれだけが正義であるかのような口振りで、『女王は美しい』と言い続ける」
僕が発言している間も、審議会場は野次が飛び交っている。
「この世界で最も美しいものを、僕は知っている」
高まる野次に対して、僕は静かに語りかけた。大声で叫ばずとも、伝わると信じていたから。
「妹だよ。『今日の晩御飯、何?」って聞いてくる妹、小さい足にサンダルを履いて忙しなく歩き回る妹、友達と喧嘩したくせに結局仲直りしたい妹。ただひとり、この世界に残された僕の家族を、僕が誰よりも美しいと感じて何がいけないんだ」
僕の魂の叫びに、聴衆は静まり返っていた。
「みんなも分かるだろう?愛する家族がいるだろう。そんな妹のパンツを盗んで、何がいけないんだよ…。教えてくれよ」
途端に野次が復活する。「ふざけんな!」とか「ちょっと泣いちまったじゃねぇか」とか「パンツだけ頂きたいのだが…」とかよく分からないことを喚き散らす。
ふと、美しい女が僕の前に現れた。
「お兄ちゃん…。この恥晒し…」
悲しそうな表情で、手錠に繋がれた僕を見ているのは、僕の妹だった。
「恥晒しだろうが、何だっていい。僕は、妹が好きなんだ。世界中の誰よりも愛している。パンツを盗んだのだって、『もう〜、パンツとったでしょ!』って怒られたかっただけなんだよ」
「…即刻死刑にしてください」
そして僕の前に、段ボールでできたギロチンが運ばれてきて、僕の首に呆気なくギロチンが下された。
そんなこんなで、演劇部のみんなで披露することになった部活紹介の即興劇は幕を閉じた。そしてそれ以降、僕は全校生徒から「シスコンパンツ野郎」と呼ばれることになるのだけど、それはまた別のお話だ。