ある日の保健室①-1 高1(挿絵有り)
外は風が強く寒くいけど、教室の中は暖房で温かい3学期のある日の授業中での事。
「······この門の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。」
「よし、なかなかいいぞ。すらすらと読めたな。じゃ、続きを······」
今やってる教科は国語の時間です。
一人目、相澤くんが先生に指されて教科書に記載されている作品を朗読しました。
朗読したのは芥◯龍之介の羅◯門。
知っている人は知る、映画化もされた作品だよね。
平安時代の京都にあった羅生門を舞台にした、主人に暇を出された下人と、盗みを働く老婆の物語。
そんな作品を相澤くんが朗読して、次は佐藤くんか。
この先生が朗読で生徒を指すのに特に法則とか規則性はなく、先生の気分で選んでるっぽいんだけどね。
私は指されるのかな〜って、いっつも思ってるんだけど不思議と指されないんだよね?
2学期の前半くらいまでは、そこそこ指されて朗読してたんたけどなぁ······。
なんでだろう??
佐藤くんも終わって、あと数人かな?
「ありがとう。続いて、う〜ん······諸貫にお願いするかな。頼む。」
「······はい。」
指されたのは茜ちゃんだった。
私を含めた女の子は、「茜ちゃん」か「茜」って呼んでるから、あまり名字に馴染みが薄いけどね。
それに······私は最前列だから振り返る訳にはいかないけど、心なしか声に元気がないように感じる。
気のせいだったらいいんだけど······。
そして嫌な予感は当たるもので、事が起きた。
「···下人は雨が···やんでも、格別···どうしようと····は···な······。」
茜ちゃんが立ち上がり朗読し始めて直ぐに声が小さくなり、途切れ途切れになって······。
あれ?って思ったのも束の間、ドサッと後ろの方から何かが倒れる様な音がした。
「「キャーーー!!」」
っと上がる悲鳴。ざわつく教室内。
咄嗟に振り返ると立って読んでたはずの茜ちゃんが、机の脇で倒れてた。
「茜ちゃん!?」
私は慌てて立ち上がり、近寄って様態を確認します。
呼吸はしてる。脈も大丈夫。頭からも血は出てないけど······。
みんながあわあわしてる中、冷静に確認していきます。
こういう時だからこそ、冷静に対処しなくちゃね。
雪ちゃん相手でも、いきなり熱をだしたりだとか体調の急変なんかがあったりで、多少はこういう事にも慣れてるのが幸いしたよね。
「ねぇ?茜ちゃん、倒れる時に頭を机とかにぶつけたりしなかった?」
「いや···大丈夫だったと思うぞ······なあ?」
「うん。崩れ落ちるような、座るような感じで倒れたからたぶん······。」
「そっか。ありがとう。なら、とりあえず頭は大丈夫かな?」
茜ちゃんの直ぐ側に座ってた子に、倒れた時の様子を確認してみました。
その瞬間を見てたかどうかは分からないけど、見てたなら近いだけあって細かいとこも分かるだろうからね。
そして私が1番危惧したのは、頭を机の角とかにぶつけたかどうかという事。
血が出てなくても、頭を変に打ち付けてると動かすのも危ない時があるからね。
「先生。茜ちゃんを保健室に連れて行きますね。」
「分かった。でも大丈夫か?」
「ええ、このくらいなら問題はないです。」
「そうか······。じゃあ頼むな。」
先生に許可を頂いた後、まず机の上のノート、筆記用具類を片付けてます。授業内に戻れるか分からないから、念の為にね。
それからブレザーを脱ぐ。
さすがにブレザー1枚でも寒さがかなり違うけど、緊急時だからと気にしない事にして。
で、周りの女の子に手伝って貰い、茜ちゃんを起こしておんぶします。
その後ブレザーをかけてもらい、背中の間とおんぶの手で抑えて完了。
そう。さっき脱いだブレザーはこの為なんだ。
私含めて女の子みんな、スカートが短いから隠さないと下着が見えちゃうじゃない。
緊急時とはいっても、女の子だしね。
意識はないといっても周りには男の子もいるし、出来る限り配慮はしてあげたいと思うのは自然な事だよね。
「このはちゃん。気を付けてね。茜をお願いします······。」
茜ちゃんと仲の良い美紅ちゃんが教室の扉のところで声をかけてくれて、それに答えてから教室をあとにします。
保健室は私達の校舎とは違う、職員室のある棟の1階。
ここからだと2ルートあって、2箇所ある渡り廊下のどちらかを通って保健室に行く事になる。
私はここ、3階から渡り廊下経由で階段降りて保健室のルートで行くことにしました。
理由は扉の有無の違いかな。
3階の渡り廊下は扉なしなんだけど、1階の渡り廊下は一旦外気に触れるから引き戸がついてるんだよね。
このおんぶ状態でも開けられないことはないんだけど、手間としてはない方がいいからさ。
テクテクテク······。
静まり返った廊下を茜ちゃんをおぶって歩く私。
こちらの棟は職員室や会議室、特別教室等といった部屋しかないから静かなものだよね〜と思いながら。
背におぶった茜ちゃんは思ったより軽かった。
とは言っても雪ちゃんよりは重いけどね。当たり前だけど。
大丈夫かなー?茜ちゃん······。
ご飯きちんと食べてるのかな?と心配にはなったけど、その心配も直ぐにない事に気がついた。
だって茜ちゃん、 凄く魅力的な身体をしてるもん。
あ、この場合の魅力的とは性的なものではなくて、健康的なって意味だよ。
体育の時に茜ちゃんは私の側でよく着替えるから、視界にチラチラと入るんだよね。
で、その時の茜ちゃんは細いってことはなく、ごく普通の健康的な女の子だった。
つまり茜ちゃんの軽さは身長の低さから来る軽いであって、決して痩せてるから軽いではないと思う。
だから心配はないかと判断したわけです。
ーーーーーーーーーー
ガラガラガラガラ······
「失礼しまーす。先生〜、急患なんですけ···ど······?」
保健室にようやく到着して室内にいるであろう先生に声をかけたものの、肝心の養護教諭の先生からの返事はなく留守だったみたい。
あれ、困ったな?と思ったけど幸なことにベットは空いてたので、一先ず茜ちゃんを寝かせる事にしました。
「ふぅ······」
一息つきます。
いくら軽いとはいえ、15〜16歳の女の子だからね。
やっぱりそれなりには来るわけで······。
軽く肩を回したりして身体をほぐした後に、茜ちゃんの事に取り掛かります。
先ずは先生が戻って来るまでに出来ることは少ないけど、やれることをやらないとね。
そうすれば、その後がスムーズに行くからさ。
まずは呼吸の確認······うん、大丈夫。安定してる。
同じく脈も安定してる。
熱は······体温計を拝借して計ったけど、少しだけあるかな?
でも37℃だからそこまでは高くないね。微熱程度か。
それから首元とスカートを緩めてあげて、少しでも呼吸が楽に出来るようにしてあげてっと。
最後に「ごめんね。」と、心の中で謝りつつ茜ちゃんのスカートをめくって確認······。
ああ、そうだ。
職員室に連絡して養護の先生を呼んで貰わないとだね。
一通りの確認を終えた私は保健室にある、付属の電話機で職員室に内線をかけました。
あれこれと必要な事をやりつつ、体感的に5分くらいかな?
茜ちゃんはまだ目を覚まさないし、先生もまだ来ない。
そんな中、私は茜ちゃんの隣に座って様子を眺めてる。
何となくではあるけれど、倒れた原因は分かったかな?と思う。
勿論そこに、持病だとかそういうのがないのが前提にはなるけれどね。
ただ、それだけで倒れるのもどうなのかな?って思うんだよね。
それっぽい症状になる人もいたりはするし、私もそれは分かるんだけども倒れる程ってなるとね······。
だから、付け足すならそこに疲労(精神的なものも含めて)か、もしくは他の何かがプラスされてダウンしたのかなと想像する。
あくまでも想像だけどね······。
暫く茜ちゃんの寝顔を見てると、少し身動きをして目が開いてきた。
覚めたみたいだね。
「あはよう。目、覚めた??」
声をかけたけど返答がない。まだ意識がはっきりしてないのかな?
落ち着くまでそっとしようかな?と思った時、茜ちゃんの目から涙がポロリ、ポロリと流れた。
次第にその量は多くなってきて両目から溢れるようになってきて、慌てて、
「どうしたの!?茜ちゃん??頭痛い???」
慌てて声をかけた。
だって目を開けたら、こんなに涙を流すなんて思わないし普通じゃないと感じたから。
茜ちゃんを覗き込みつつ声を必死にかけて、少しの後茜ちゃん口から少しずつ声が出てきて······。
「··お···さん··。··おか··さん····おかあさん!おかーさん!」
!!??
茜ちゃんが腕を伸ばして私を掴み抱きよせて、私もそのままベッドに倒れた。
「お母さん······なんで居なくなっちゃったの!?」
一瞬、私も何が起きたのかパニックにはなったけど、落ち着くと茜ちゃんに意識を向ける。
そうすると、茜ちゃんは『お母さん』と言いながら泣いてたんだよね。
一体どうしたんだろ??
こういうのって記憶の混乱?混濁??って言うんだっけ??
初めての体験で分からないものの、一先ず茜ちゃんを落ち着かせる事にしました。
そうしないと話が進まないから······。
身体をおこしてから、抱きしめてギュとしてあげて。
温もりと共に背中や頭を撫でたり、ポンポンしたりしながら落ち着かせる。
「大丈夫よ。落ち着いて。どこにも行かないからね。」
寄り添って優しく安心するように、何度も何度も繰り返します。
これは雪ちゃんで経験済みだからね。
バッチリだよ!(雪ちゃんには)
わんわん泣きがスンスンになってきて、落ちついたみたい。
シャツがそれなりに濡れたけど、まぁ大丈夫でしょう。
ブレザーを着れば分からないから。
「落ちついた······かな?」
「うん···その···色々とごめんなさい。迷惑かけちゃったね······。」
「これくらいどってことないよ。それより、いくつか聞きたいことあるけど、まず何処か痛い所はないかな?特に頭とか。あとは気持ちが悪いとかそういの。」
茜ちゃんは少し確認しながら「痛いのは大丈夫」だそうです。
ただ、身体が怠いとか気持ち悪いのはあるって言ってた。
頭痛がないという事でひとまずは安心だけど、隠れ症状ってのがあるから油断は出来ないよね。
ここは後で先生の判断を仰ぎましょう。
茜ちゃんをまた横にして寝かせてから、何処まで記憶にある?って尋ねたら『先生に指されて立った所まで』らしいです。
なので、教室で倒れて保健室に来たのは覚えてないみたい。
その事を説明したらまた落ち込んでたけど、当然慰めたよ。
クラスのみんなも迷惑より、寧ろ心配の気持ちの方が強いだろうからね。
だから大丈夫だよって。
一通り体調面と経緯について質問と説明を終えて。
残った最後は1番気になってた、私を『お母さん』と呼んだこと。
「ねぇ、茜ちゃん? 目が覚めた時に私を『お母さん』って呼んでたけど、あれは何?もし言えるなら教えて欲しいのだけど······。」
「あ···私そんな事を言ってたんだ······。」
「ボン!」って効果音が付くみたいに、真っ赤な顔になる茜ちゃん。
余程恥ずかしかったみたい。まぁ、それもそうかと納得するけどね。
いくら意識が朦朧としてたとしても、同級生の私をお母さんと間違えたんだもんね。
まぁ、私は全然気にしてないけどさ。
だって、リアルママさんだから。
そして、茜ちゃんが口を開いた。
「あのね、このはちゃん。実は私···お母さんがいないの······。」
茜ちゃんが語った一言は、今まで考えたこともなかった衝撃の一言だった······。




