ある日のバレンタイン①-3 高1( 挿絵有り)
ーー高橋先生 視点ーー
やっと午前の業務が終った。
とは言っても特に何か問題が起こる訳でもなく、ごくごく普通の授業ではあったが。
まぁ、基本的に授業中で何か起きることはほぼない。
問題が起きるとすればそれ以外の時間、休み時間や放課後、プライベートで何か問題やトラブルを起こす場合が殆どだが。
で、やってきたお昼飯兼休憩タイム。
生徒は勿論だが、我々教員だって嬉しい時間ではある。
まだ先程の授業の整理などやることもあるから、まるまる休憩に当てられる訳でもないけどな。
さて、そんな嬉しいお昼休みではあるが、うちの教員のお昼の選択肢はそこそこある。
先ずは弁当を持参する事。
次に近所に食べに行くか、仕出し弁当を取るか。
弁当を取る場合は朝に注文を出しておけば、お昼ごろに届けてくれる。日替わり定食のAセットかBセットの2択で、名前の通り日替わりだから飽きることもない。
ちなみに俺は冬の間のみ弁当持参である。
春先から冬始めまでの暑い間は痛みと食中毒が怖いので、仕出し弁当を頼んでいる。
食べに行くのにはちょっと時間的余裕が足りないんだよな。
俺は自分のデスクで弁当を広げて食べ始める。
うん、今日も美味しい。作ってくれる妻に感謝だ。
俺の弁当は2弾構えの弁当箱。
1つ目にはご飯でもう残りの箱にはおかずのみが入れてある。
基本的には昨夜の晩御飯の残りのおかずとプラスαの構成ではあるものの、それでも俺は満足だ。
何と言っても、用意してくれるだけでもありがたいからな。
そんなんで感謝しながら食べて、暫くすると職員室がざわついて来た。
何だろう?とは思ったが、職員室だし気にしてないでそのまま食べてると声を掛けられた。
「高橋先生、お食事中申し訳ごさいません。今、よろしいですか?」
ん?と振り返ると鈴宮がいた。
あれ、何だ??何かあったっけ?と思い混乱した。
「ちょっと待て。」
と声には出せなかったので手でジェスチャーして、取り敢えず口の中のご飯を飲み込んで茶を一口二口と飲む。
「悪い、待たせた。何か呼んでたっけ?」
そう思ってしまうのも仕方ない。
ここ最近、鈴宮をお昼休みによく呼び出したりしてるからな。
校長に頼まれたのもそうだし、ついこの間も井上先生に呼ばれて職員室にいたしさ。
こう立て続けに読んだりして悪いなとは思ってるんだよ。
でも、こっちも上から頼まれてだからイヤとも言えんし······難しいよなー。
「呼ばれてはないんですけど、コレを。いつもお世話になってるんで食べて下さい。一応、手作りです。」
そう伝えて去っていく鈴宮。
照れくさそうな表情をしてたのは、彼女にしてみれば珍しいなとは思った。
しかし、一体何だったんだ?
「いいですねぇ~。高橋先生。で、何を貰ったんです?」
「さあ?何でしょう??」
興味津々の周りにいた先生方。
そう言われても鈴宮というか、生徒から何かを貰う理由とかそういうのがないんだよな。
故に分からん。
そんな訳が分からない中、鈴宮が寄こしたのは手のひらにのるサイズの小袋。
可愛らしいデザインをしてる袋で、赤いリボン?で口を結んであった。
ガサゴソと小さな袋を開けて中身を取り出す。
そこから出てきたのはハート型に『LOVE』と可愛くて書かれたチョコレートだった。
「こ···これは······。」
ああ、そっか。今日はバレンタインデーか······。
いい年こいて思わず顔が赤くなる、俺がいた。
こんなの何年ぶりだ?プロポーズ以来か?全く······。
バレンタインデー。
俺の妻は、結婚した今でもキチンとくれる。
嬉しくは思うけど、さすがに慣れたので昔みたいに照れるだとかそういう感情が出ることはなくなかった。
そしてこの職場。
女性の教員も一番若い井上先生を始め、それなりの人数はいるけれど義理でも貰うということはない。
まー、職員(男性)も結構な人数だし用意する側も大変だから俺はなくても良いとは思ってるが。
それにお礼選びも俺としては悩むから寧ろ、いや、本当にない方がありがたい。
そんなんだから、妻以外から貰うというのが記憶の限りないな。
そんなんだから、柄にもなく照れてしまった······。
「これはこれは······。愛されてますね、高橋先生?」
「本当ですね。手作りでLOVEだなんて。私でも真似出来ませんよ。」
「いくら鈴宮さんが綺麗で良い子だからって、未成年の生徒に手を出したらダメですからね!冗談ですけど(笑)」
「当たり前でしょ!! 全く······。皆さん、私が既婚者で子供だっているのを知ってるのに何を言うんですか······。はぁ〜、どっと疲れた······。」
アハハハと笑う先生方。
何がアハハハだよ。全く笑えない冗談だ。
いくら鈴宮が美人で良い子だからって、教え子のましてや未成年に手を出すとか······あれ?まてよ?
法改正で18歳で成人になったから、19歳の鈴宮はいいのか?って言い訳あるか、ボケ!
んな事やったら俺の人生終わるわ!
俺にはもったいないくらいの妻と子供がいるってのに、全く······。
1人でボケて突っ込んで、ホントに疲れたわ······。
でも、これなぁ〜······どうすっかな?
目の前に置いてあるハート型のチョコレート。
これを持って帰った日には、どうなるか目に見えている。
どんなに義理だろうとなんだろうと、ハート型にLOVEなんて文字はヤバい。
それに鈴宮も言ってたが、これはどう見ても市販品には見えない。
市販品にどうやったって見えないチョコに『LOVE』の文字。
ヤベーじゃん。
俺の妻は意外と嫉妬深いから、バレた日にゃ当分の間の飯抜き、弁当なしは確定だろうな。
ついでに暫くは口も聞いてくれないだろう。きっと。
うん、よし!決めた!!
今日のお昼ごはんのデザートとして美味しく頂こう。
それしか平穏を守るすべはない!!
ーーーーーーーーーー
ーその頃の葵たちー
「千紗〜、夏美〜」
「なーにー?」「何だ何だ??」
「はい、コレ。チョコレートね。」
そう言って葵から渡されたのはチョコレートだった。多分。
渡した本人がそうだと言ってるから、チョコなんだろうけどまだ中身を見てないからね。
「ありがとー。ついでって訳じゃないけど私からもね。」
そう言い、持ってきたチョコを鞄から取り出して葵と夏美に渡します。
同時に夏美からも頂いて、お互いに交換こです。
「んふふふふ·····」
葵が変な声出してる······。
「葵、どうしたの?変な声出して??」
こんな変な声を出す時は、絶対に何かあるんだよね。
高校に入ってから出会って、付き合い出した私達。短いと言えば短いけどいつも仲良く一緒に行動をしてるから分かるんだよね。
葵の、何か隠してる含み笑いだから。
「そのチョコね、1つはお店のだけど、もう1つは私の手作りなんだよ?」
「ええぇーー!!?」
「うっそー!?あの葵が作ったの!!?」
驚く私達。
それもそのはず。だって葵はカップラーメンとレンジ温め物しかやった事がないって以前に言ってたし。
それが、料理をすっ飛ばしてお菓子作りとはこれいかに!?
それに、これ大丈夫??
食べられるのかしら??砂糖と間違えて塩が大量に入ってるとかってオチはないよね??
「どーしたの葵?熱でも出たの??」
「葵······あんた、料理ってやった事ないって以前に言ってたよね??」
夏美が失礼な事を言ってるけど、私も同じか。
食えるの?とか、塩が〜とかって考えちゃってるから。
そんな事を思うくらい、私達は驚いてる。
「料理をした事ないのは本当だけど、大丈夫だよー。」
そう言い張る葵。
その根拠は一体どこから?と、思ってしまう私は悪くないと思う。
「大丈夫ってあんた······。料理ってした事ない人ほどトンチンカンな事をするのよ?それが簡単な料理すらすっ飛ばしてチョコレートってさ〜······。」
「千紗は心配性だなぁ······。これ、本当に大丈夫なんだよ? 理由もちゃんとあるんだから。」
心配する私達を尻目に、葵は大丈夫とばかり繰り返すの。
それで葵が教えてくれたのは、先日このはお姉様が手作りチョコを作ってて、その現場にお邪魔した葵がお姉様に勧められて残り物のチョコレートを使って作ったと言う事だった。
なるほどね。
これならさすがに大丈夫かと安心する私達。
なんたってお姉様が見てる前で指導を受けながら作ったらしいから、万が一にも間違える要素がないもんね。
「だから味に関しては大丈夫だよ。なんたってお姉ちゃんが教えてくれて見てる前で作ったのだからね。それになんだか楽しくってさ、また作ってみても良いかなーって思っちゃった♪」
そう嬉しそうに話す葵。
あぁ······。この表情をする時の葵は、お姉ちゃん好き好きオーラ全開の時のだ。
お姉様の学校の文化祭に行った時も、似たような感じでお姉様の事を語ってたから、まず間違いない!
おそらくだけど、お菓子作りが楽しかったというのは間違いないんだと思う。
だけどそれよりも、お姉ちゃんに教わってお姉ちゃんと一緒に作れたのが堪らなく嬉しかったんだろうね。
ほんと、分かりやすい子。
「良かったね〜、葵。」
「うん!」
隠してるようで、全く隠しきれてないお姉ちゃん大好きっ子の葵。
そして私達の言葉に対して、無邪気な子供みたいに頷き返してくる葵を見て、久しく見てないこのはお姉様に会いたくなってしまった私だった······。
手に持ってる葵から貰ったチョコを見る。
1つは買った物って言ってた。事前に私達の為に用意してくれてたんだね。
そして、こちらの小さなラッピング袋に包まれた物。
これがお姉様と一緒に作ったというチョコレートか······。
じ〜っと眺めながら、いいなぁ〜と思ってしまった。
お姉様が作ってたという事は、それを受け取る人がいる訳でその人はチョコを食べられる。
正直、羨ましいなと。
「······ねぇ、葵?」
「どうしたの?千紗??」
思い切って伝えてみる事にした。
ダメでもなんでも、言わない事には始まらないから。
「今度さ、葵の家に遊びに行ってもいいかな?出来たら泊まりで······。」
妹の葵ちゃんは、このはお姉ちゃん大好きっ子。




