ある日のバレンタイン②-1 高2(挿絵有り)
コンコン♪
寒かった1月も終わり、それでもまだまだ寒い2月の最初の日曜日の日。
私は目の前にある私の部屋と同じ造りの茶色の木製の扉、それを私はノックした。
「葵〜。今ちょっといいかなー?」
「お姉ちゃん? うん、いいよー。」
「はーい。じゃ、ちょっとお邪魔するね〜。」
扉の向こうからこの部屋の主である葵の返事がして、都合を聞いたら大丈夫との事でお部屋にお邪魔する事にした私。
きちんとノックしたのには理由があってそれは家族、もっと細かく言うと姉妹という近しい仲でも、とても大切な事だと思うからなんだ。
自分の部屋という極めてプライベートな空間でどの様に過ごすのかは自由だけど、その中でも人に見られたくないという物もあるじゃない。
それが何かは人それぞれなんだろうけど、『ノックもせずにお母さんが入ってきて超焦ったー!』なんて言う事を、クラスの子が愚痴ってたりしたのを聞いたりもしてるからね。
そしてそれは葵にもあると思うんだよ。
今、私と葵は雪ちゃんとお風呂によく一緒に入ってて、だから今更裸を見られたくらいでは大して動じない私達だけど、それとは別に何かしらはあると思うしね。
それに葵は私以上に敏感なお年頃の女の子だからさ。
入った葵の部屋は私の部屋以上に、ごちゃごちゃしていた。
あ···言い方が悪かったね。ごちゃごちゃというよりは、物に溢れてると言った方が正解だね。
きちんと整理整頓されてる室内だけどシンプルな私の部屋とは違い、物が沢山あるの。
それは主に壁際に設置された本棚にあるコミックで、以前に入った時よりもまた増えたんじゃないかなー?って思える程にあるんだよね。
まぁ、この辺りはマンガが好きな葵らいしいと言えばそうなんだけどね。
「昼間に私の部屋に来るなんて珍しいじゃん? どうしたの?お姉ちゃん??」
ベッドの上で壁を背もたれにしてコミックを読んでたらしい葵が、部屋の入り口で佇む私を見つめてそう聞いてきた。
「ちょっと葵に確認したいことがあってね·····。」
「確認?」
「うん。ほら、もう1週間ちょっとでバレンタインデーでしょ。それで去年は葵も千紗ちゃん達用に作ったじゃない。だから今年も作るのかなー?って思って、その確認しに聞きに来たの。」
そうそう、それを葵に聞きたくて葵の部屋に来たんだ。
去年のバレンタインの時に私が作ってる所にやって来た葵。材料のチョコが余っていたのもあって、私が教えつつ千紗ちゃん達用に葵が作ったんだよね。
「ああ、バレンタインかぁ〜。忘れてた訳ではないけど、もうそんな時期なんだね·····。」
パタンと手に持ってたコミックを閉じて何やら考えてる気な葵だけど、その気持ちは分からなくもないよ。
年が明けて早一ヶ月。私も早いなーって感じるもの。
「お姉ちゃんがいいなら私も2人分は作りたいかな?でも、いいの?」
「勿論いいに決まってるじゃない♪ そうとなれば葵の分も用意しないとなんだけど······ただね、今年はチョコじゃないのを作ってみようかな?って考えてるんだけど、いいかな?」
「あれ······チョコじゃないの?」
「うん。まぁ去年はチョコだったけど、別にチョコじゃなくちゃいけない訳でもないしね。」
そうなんだよね。
バレンタインデーだからって、チョコじゃなければいけないって訳でもないと私は思うんだ。
お店の催事場に行けば素敵なデザインのチョコに目が惹かれるけど、実際にはそれ以外の様々なお菓子とかも並んでるし、有名な作品やキャラクターとのコラボした物も売ってたりもするからね。
それにチョコや甘いものが苦手って人もいるから、そういう人にはまた別の物を······ってなるけど、私のは義理だからそこ迄はしないけどね。
「確かにそうだね。じゃぁ、今年は何を作るの?」
ちょっと意外そうな表情をしてる葵だけど、そう言う風に言われるだろうと思っていたから葵の所に来たのもまたあるんだよね。
「今年はね、クッキー系にしようかなって考えてるんだ。ほら·····こういうの。」
「どれどれ······。」
そう言いつつ葵の側に行き、私のスマホの画面を見せたの。
「あ〜·····これかー······。うん、いいんじゃない、お姉ちゃん。 これ、美味しいし見た目も可愛いよ♪」
「そう?なら良かった。まぁ···物としてはこれだけど、デザインとかはちょっとアレンジしてみるつもりでいるから、これそっくりという感じにはならないからね。」
葵も納得してくれたそれは、クッキーなんだ。
それも普通のクッキーではなくて、分かりやすい名称だとジャムクッキーって言った方が理解しやすいのかな?
クッキーの形そのものは丸型や四角とか色々とあるけれど、どれもその中心にジャムが乗っているクッキーなんだよね。
葵に言葉よりも先にスマホを見せたのは、その方が分かりやすいだろうと判断したからなんだ。
クッキーって言葉だけなら子供でも直ぐにイメージ出来るけど、その種類は沢山あるからね。
味そのものだって沢山あるし、デザインとかも作り手の工夫次第でいくらでも作れる。また食感とかも材料のバランスや焼き加減とかでサクサクだったり固めだったりと千差万別。
だから『クッキー』と言っても何をイメージするかは分からないし、仮に『ジャムクッキー』と言っても???となる可能性もあったから、予め用意してた画像を見せちゃったの。
「じゃあさ、今日これから試しに試作してみるから出来たら試食してくれない?」
「試食? うん、それは構わないけど···お姉ちゃんが試作だなんて珍しいね??」
「だって······葵も知ってるだろうけど、私は料理はしてもお菓子系は殆ど作らないでしょ?それに去年のチョコは基本的に溶かして冷やすだけだけど、これは材料の混ぜ工程から焼きまでが入るから一度練習しときたいんだよね。レシピ通りにやっても、ほんのちょっとの匙加減で硬いとか焦げちゃったとかってなりやすいから······。」
料理するのが好きな私だけど、この菓子作りとなると余り作った経験がないんだよね。
皆からは意外と思われたりもするんだけど、ケーキ類を含めた菓子全般は作るのに結構手間暇がかかるから、それなら買った方がいいよねって結論になっちゃったんだよね。
別に手間暇は普段の料理でもかけてるけど、菓子類は物によっては休日の大半を使う事になるからさ、それだと身動きが取れなくなるから····。
そういう理由から菓子・デザート類は基本買って食べてるんだけど、この焼き工程が入ったりするのは難しかったりもするんだよね。
レシピ通りにやればそうそう失敗はしないけど、それでも硬くなっちゃったとか焦げちゃったとかが起きやすいの。
それは使ってるオーブンの違いだったりとか、材料を混ぜる時の僅かな違いとかで変わるからね。
『角が立つくらいまで』『サクッと混ぜる』『切るように混ぜる』
そういう独特な言い回しというか曖昧な表現とかもあって、調整が感覚任せ的なのもまた失敗しやすい理由の1つだよね。
「そういう訳だからこれから試作してくるね。ちょっと時間が掛かるからさ、もう暫くしたらでいいから下に来て。あと雪ちゃんを見ててくれると助かるんだ。」
「オッケーだよ、お姉ちゃん。で、雪ちゃんは今何してるの?」
「リビングでテレビを見てるよ。じゃ、作ってくるね。」
「はーい♪」
クッキーの作成に生地作りから行くと、1回目が出来るのに約1時間くらいかな?
そこから先はひたすら焼いていくだけだから、そんなに時間は掛からないけど、でもその間は雪ちゃんと遊んであげる事は出来ないんだよね。
焼いてる間にも次に焼くクッキーの準備をしたりしないといけないからさ。
だから葵にお願いしたの。
今はまだテレビを見てるからいいんだけど、30分ないし1時間した頃には見終わると思うから。
尤も今の雪ちゃんに、ずっとくっついて見ている必要性もあまりなくなってはきてるんだけどね。
それは今よりもっと小さい時の何をしでかすか分からないから目が離せないという、そういう事をしたりする事もなくなったからなんだけどね。
それにキッチンからでもリビングの様子は見れるし、会話をする事も出来るから然程問題はないけど念の為ね。
さてさて、早速作り始めよっかな。
いつも通りにエプロンを身に着けて手を洗い、調理に取り掛かる私。
そして久しぶりの菓子作りに、心なしかワクワクしてる私だった······。
ーーーーーーーー
「お待たせ〜。出来たよー♪」
「おー!待ってました♪」
「ママ、いい香り〜♪」
作り始めてから約2時間くらいで、それなりの量のクッキーが出来たんだよね。
それを綺麗に並べて雪ちゃんと葵の待つテーブルまで運んで行ったんだけど、もう2人は待ち切れない様子だった。
その原因としては、その香りなんだよね。
作ってる最中に換気扇を回してはいたんだけど、それでもクッキーの焼けるいい香りが部屋の中に漂っちゃってさ、雪ちゃんも葵も「まだ〜?」「食べたーい」って言ってくるくらいだったから。
「おー! 凄く上手に出来てるじゃん! さっすがお姉ちゃん!!」
「ママ! うんと美味しそうだね!」
「ありがとうね、2人共。今回は試作という事だけど、それでも形にも力を入れてみたからね。参考にはなったよ。」
というのも、こういう焼き系の物は焼く前と焼いた後でその形が変化しちゃう事があるんだよね。
分かり易いとこだと熱を加える事で膨らんだりして、イメージしてた完成形と違ってアレ?って事になる事もあるの。
だから今回はその辺りも意識して形は作ってみたんだよね。
「じゃあ早速食べてもらいたいんだけど、最初にこの列のから食べてくれないかな?」
「この列?」
指をさして食べるクッキーを指定した事に、不思議そうな顔をする葵。
「うん。この列のはレシピ通りに焼いたクッキーなんだよ。で、その隣のからはちょっとだけ焼き加減を変えてあるのね。どれがどれだけ変えたかはメモってあるから、その違いを意識して食べて欲しいんだ。で、最終的に葵の気に入ったクッキーで焼こうかな?って考えてるんだ。」
「そういう事か〜〜······。いやー、お姉ちゃん本当にマメだねぇ·····。私には真似できないよ。でも、その役目受けました! 1番美味しいのを見つけて見せるからね!!」
「うん、よろしく♪ じゃ、どうぞ召し上がれ。」
「はーい。頂きます♪」
「いただきます!」
私の合図で食べ出す、雪ちゃんと葵。
「ママぁ! これ美味しいよー!」
「ほんと?なら、ママ嬉しいな。ゆっくり食べるんだよ?」
「うん!」
「でも、お姉ちゃん。これ、本当によく出来てるよ。クッキー生地自体もそんなに硬くはないから食べやすいし······これでどういう変化を作ったのやら······。」
純粋に美味しいと食べてくれる雪ちゃんに対して、葵はそうもいかないんだよね。
先程言ったように、食べ比べを葵にお願いしちゃったから。
先ずは基本のレシピ通りの温度と焼き時間。
そこから先は焼き時間を少し変えてみたり、場合によっては焼き温度も変えてみたりもしたんだよね。
そしてそれらは全てメモってあって、分かるように並べて葵に提供したんだ。
因みに雪ちゃんにはそれはしてないよ。
私が試食した限りでも微妙な変化だったのが、6歳の雪ちゃんに感じ取れるとは思わないからね。
だから雪ちゃんには純粋にクッキーを美味しく食べて貰えればそれで私は満足なの。
「これは······最初のと変わらない···かな?? あ、でもこっちのはもう少し柔らかい??」
雪ちゃんに比べるとスローペースな食の進み具合だけど、その分きちんと食べ比べをしてくれてる葵。
「ねぇ、お姉ちゃん?こっちのは······焼き時間が違うの?」
「ピンポ〜ン♪当たり! そうだよ、葵。葵が今食べてる方のはベースのより焼き時間を短くしてみたの。よく分かったね。」
「うん···とは言っても最初のは分からなかったんだよ。ても、その次からのは差が少し分かる感じがしてね······。食感が少し柔らかいっていうのかな??そんな感じ。」
「そっか、そっか。」
葵の感じた感想に頷いて返す私。
それは作った私も、そういう風に感じでいたからなんだ。
私はクッキーは柔らかめのサクサク食感のが好きだったりするの。
だから今回はそういう感じで作れたらいいなって思ってはいたんだよね。
で、最初のレシピ通りに作ったのが焼き上がってから試食をしつつ、焼き加減を調整していったの。
焼き温度と時間。これを上げると固くなったり焦げたりするのはやらなくても分かるからそれはしないで、それ以外の調整でね。
試食も食べ過ぎも良くはないから、試食用に小さいのをちょこっと作ってそれを食べつつ、どう変化するのかをデーターを取りつつ作ってみたんだ。
「私は·····これが良いかな。ベースも悪くはないけど、こっちの方が柔らかくて少ししっとり感もあるから、私好みだよ。」
「うんうん。私も試食しててそう感じたから、いいと思うよ。雪ちゃんはどうかな?」
葵の嬉しい評価にほっこりとしながら、私は隣の雪ちゃんにも感想を尋ねてみたの。
「雪もねー、とっても美味しいからどれも好きー。ママ、また作って〜?」
「そうだねぇ······。時間があればまた作ってあげるね。」
「うん!」
雪ちゃんからも美味しいとの評価を頂いて、これまた嬉しくなる私だけど、同時に複雑な気持ちにもなったんだ。
それは「また作って」という言葉。
次回も期待されたのは嬉しいけど、菓子作りは兎に角時間がかかるからね。
生地作りもそうだし焼くのも時間がかかる。冷やす系ならその間におでかけしても問題ないけれど、焼き系は危ないからその場を離れられないからね。
だからどうしても拘束はされてしまうんだけど······普通のクッキーならもう少し早く作れるかな?と思う。
今回はジャムクッキーという事で、焼く時に少し手間と時間がかかったというのもあったからね。
それに作るなら日曜の午前中に作れば午後はお出かけできる。
そうすれば雪ちゃんの希望にも添えられるよねって、雪ちゃんに甘々な私は考えたわけです。
「じゃあ、本番は葵の選んでくれた、そのクッキーの方で作ろうか。」
「えっ!? いいの?そんなので?? 私のはちょこっと作るくらいなんだから、お姉ちゃんが良かったので作ればいいのに······。」
「いいのよ、葵。私も葵がいいなって選んでくれたのが良いと思ってたから、大丈夫だよ。」
「そう?それならいいけど······。」
まだちょっと納得いかない様な感じの葵だけども、私はそれでいいと思ってるんだ。
葵に言った様に私の好みもそれに近かったし、何より元々葵が選んでくれた物で作ろうとしてたからね。
そうじゃなければ味見とか感想を求めないで、雪ちゃんと同じ様にただ単に「食べて」って提供してたから。
「じゃ、今度の休みの日に作ろうか。そんなに難しくはないから葵でも大丈夫だよ。」
「オッケー。了解だよ♪」
という訳で1週間後の休みの日、土曜日か日曜日に作ることにした私達。
葵は千紗ちゃんと夏美ちゃんの2人分で、私も1人あたりの数は少なくなるけどその様に調整すれば半日もあれば作れるよねと、予定を立てて見たりもした。
「ママ? 雪も作ってもいい?」
「おっ?!」
「雪ちゃんが?」
「うん···。なんか楽しそうだし、葵ねーねも作るなら雪も作りたいなーって······。」
「うん!いいよ、いいよ♪ 一緒に作ろう!雪ちゃん。」
「わ〜〜い♪」
雪ちゃんからのまさかの嬉しい申し出だった。
「お姉ちゃん、嬉しそうだね〜。」
「そりゃぁ、嬉しいに決まってるじゃない。だって雪ちゃんだよ?雪ちゃん···娘と菓子作りとはいえ並んでキッチンに立つのは憧れみたいなのがあったからねー。そりゃぁ、嬉しいよ♪」
「そんなもんなんだ······。」
葵がニヒヒヒ···と笑いながら私に言ってくるけど、嬉しいに決まってるじゃんね。
雪ちゃんと一緒の空間にいるだけでも幸せなのに、そこに何かをやるんだよ。
その中でキッチンで一緒にっていうシチュエーションは、私の中で夢であり憧れでもあったんだから。
それがひょんな事からでも「作りたい」と言われれば、それを断る理由は1ミリも私にはないの。
そしてこれを期に料理を作りたいな、教えて?って言ってくれる様になればそれこそ大成功ってやつだよね。
私は料理って今は男女関係なく必須系のスキルだと思ってるからね。
お惣菜とか電子レンジ調理とか楽で便利なのがスーパーやコンビニでも売ってるけど、まず量に対しての値段の差が違うてしょ。
そして余れば冷凍も可能でまた温めて食べればいいの。
それは一人暮らしなら節約にもなるし、結婚したとしても同じ。
また相手の具合が悪い時は代わりに作って上げる事も出来るし、その時に子供がいたとしても同じなんだよね。
そういうのをふまえて私は料理スキルは必要だと考えてるけど、うちのお父さんは料理出来ないからお母さんがダウンした時は大変だったなって懐かしく思う。
それプラス、家事も基本出来ないお父さんだから洗濯なんかも私が代わりにやってたからね。
そういう意味でもやはり料理や家事というスキルは、男女関係なく必要だよねって思うんだ。
「葵もさ、勉強だけじゃなくてこっちも教えて欲しくなったらいつでも言ってね?お姉ちゃんはいつでもWelcomeだから♡」
「あ······うん···。」
「あはっ♪ 照れてる照れてる。可愛い♡」
「ちょっ·····お姉ちゃんってばっ!! もぅ······。」
照れる葵が可愛くってつい抱きしめちゃったけど、それにまた照れてる葵がまた可愛くっていいよね。
身体が大きくなっても根本的な所は小さい頃の葵のままだから······。
「あー!葵ねーね、いいな〜〜!! 雪もやってーー!!!」
「いいよー雪ちゃん♪おいで〜♡」
「わーい♪♪」
葵をつい抱きしめたのを見た雪ちゃんが私にもやってとねだってきて、それをすぐさま受け入れた私。
そんな雪ちゃんを顔を赤くして見る葵と、幸せ満開オーラで堪能する私と。
楽しくてほのぼのとした、バレンタインデー間近の休日の日の事でした。




