ある日の成人式① 高2(挿絵有り)
「このはちゃん、いいよ〜♪すっごく似合ってる!」
「ほんとほんと!前の時もそうだったけど、このはちゃんは何を着ても神秘的に見えるから、やり甲斐があるわー♪」
「あははは·····。それはありがとうございます。」
やたらとウキウキしたテンションで支度をしてくれてる、栗田さんと新井さん。
着付けが進めば進む程にそのテンションも上がり、更には雰囲気までもが明るく楽しそうになっていく。
そんな2人を私は立ったまま、ただお礼を言うのみなんだ。
「でも、本当に朝早くからありがとうございます。お陰で助かりました。」
「いいのいいの。これもお仕事の一つと言うのもあるけれど、コレに関してはどこのお店だって一緒なのよ。」
「そうそう。美容院や着付けをしてくれる所は朝早くから取り組むからね。だから気にしないで。」
朝早くから動いてくれてる栗田さんや新井さんにお礼を言うと、気にしないでと返してくれる。
確かにこの日は関係する各お店は朝早くから予約的な感じで動くのは知ってはいるけれど、それでもやはりお礼は伝えたくなるもんね。
そんな1月の某日、日曜日。
明日の月曜日は祝日というこの日は、私の住む市主催の成人式なんだ。
成人式。人生に一度きりの催し。
夜とかになると度々テレビとかにも取り上げられて、感動的な成人式もあれば荒れる成人式もあったり。または某有名テーマパークでの成人式とか、まぁ色々だよね。
私の所はどういう式典になるのかは行ってみないと分からないけど、ごく普通であって欲しいなと思ったりもするんだよね。
そして私はその成人式に行くために、朝から栗田さん達に着付けをしてもらっている所なんです。
「よし!これで着付けの方はほぼ終わりよ。後は微調整と髪の毛の方をすればOKね。どう?このはちゃん。」
「はい、とってもいい感じですね。流石です。」
栗田さんが着付けについてはほぼ終わりと教えてくれた。
それは姿見を通して私も見ていたから分かってはいたけれど、それでも仕事が早いなーって感じる。
以前、夏休みの時に前撮りをした時もそうだったけど、こういうのって着付け1つでも大変そうなイメージがあるから余計にそう感じるんだと思うけど······。
「こういう着付けが出来る人って凄いですよね。格好いいです。」
「ヤダ〜〜♪このはちゃんに格好いいなんて言われちゃった♪」
「えっ?そんなに変でした??」
私の方を軽くペシペシと叩きながら喜んでる新井さん。
こんな新井さんは1年ほどの付き合いの中で初めて見るから、私もとょっと驚いたのと戸惑ってる。
「大丈夫よ、このはちゃん。新井さんはだた喜んでるだけだから·····。でも、ありがとねー。そう言ってくれて······。」
喜んでくれてたのか···とホッとするのと同時に、栗田さんも嬉しそうにしてるのに気が付いた······けど、なんか少し複雑そう??
「この着付けはさ、こういうお仕事がしたくて私も新井さんも覚えた訳だけども、実際にやるというのは少ないなのよね〜。だからそこが残念よね。」
「あぁ、分かる気がします。実際に着物を着る機会というのは殆どないですもんね。」
「そうそう。昔······私達の祖父母世代だと冠婚葬祭とかで和装をしてたらしいけど、今の人はフォーマルでするから着ないものね。だから成人式でこうして出来るというのは結構嬉しかったりするのよ。」
しみじみと語る栗田さんになるほどなぁ···と、思う。
私も思い浮かべてみたけれど、小さい時に参加した法事で和装の人はいなかった様に思う。
少なくともお母さん世代の人は皆フォーマルだったし、その上の世代の人もそんな感じだった。
それに私自身、今後の事を考えてみても恐らく着物系は着ないだろうと思う。
そう考えると成人式で着る着物というのは、人生で最初にして最後になる可能性も否定できないよね。
まぁ···夏祭りとかで浴衣を着るというのもあるかもしれないけど、雪ちゃんを連れて行くとなると、どうしても動きやすさとかを重視しちゃうから着ないよね。
あ、でも、雪ちゃんには着せてみたいね。
白っぽい生地に朝顔とか金魚?とかが書かれた浴衣なんて、可愛くて似合いそう······。
それで出店を見て回ったり、花火を見たりとか······。
「このはちゃん、このはちゃん??」
「あ······すみません···。ちょっと考え事をしてました。」
ちょっとボーっと考え事をしてたら、栗田さんに声を掛けられてるのに気が付いた私。
「考え事?こういうタイミングで珍しい·····もしかして着物の事?」
「あ···分かります??」
「まー······なんとなくね。で、どうした訳??」
私もまたまだダメねーと心の中で思う。
最初は特に考えた訳でもないのに、ふと雪ちゃんの浴衣姿を思い浮かべたら止まらなくなっちゃったんだよね。
浴衣は季節になると普通の服屋さんでも並んでるのを見たことあるから、それらのデザインとかを思い浮かべて頭の中で着せてみたりしてたら、つい熱中しちゃった。
「浴衣をですね、娘の雪ちゃんに着せたら似合うだろうなーってアレコレ考えてました。」
「あははは。そういう所はこのはちゃんらしいね! でも···雪ちゃんならどんな浴衣を着ても似合うと思うわよ。」
「そうですね。しいて言えば子供らしく、明るい柄で夏っぽさをイメージしたのなんてどうでしょう?それと髪に飾りを付けると、白い髪の毛がアクセントになっていいと思いますよ。」
「あ!やっぱりそう思います?私もそう思ってたんですよ♪」
2人からの嬉しい言葉に、思わずテンションの上がる私。
そしてその直後に思う。やっぱりダメだなぁって······。
それは雪ちゃんの事になると顔に出ちゃう、この癖。
だから気を付けようって前々から思ってはいるんだけど、やっぱり出ちゃうんだよね······。
特に楽しい事や幸せな事を考えてる時にさ。
まぁ逆に考えると、それだけ大好きで大切に想ってるっていう事の証でもあるんだけどね。
「さてと·····あとはこの髪飾りを付けて一先ずは完了かな。」
何だかんだ雑談をしながらも手を動かしてくれた、栗田さんと新井さん。
そんな2人のお陰で私の着付けも終わったらしいです。
「ありがとうございます。栗田さん、新井さん。」
「いいのよ。これもお仕事の内のなんだから。気にしないの。」
「そうよ、このはちゃん。それと最後出発する前に最終チェックをするから、そのつもりで宜しくね。」
「はい。分かりました。」
着付けが終わったと言う事で、そのお礼を伝えたら気にしないでって言われちゃった。お仕事の一つなんだからって。
私もそれは分かってはいるけれど、それでもお礼は伝えたいんだよね。
今日のこれにもお金は当然払ってはいるから、栗田さん達からみればお仕事の一つには違いないだろうけど、それでもさ。
だってこんな朝から開けてくれて、何かから何まで全てやってくれてるんだから·····。
「このはちゃん。この後なんだけど少し早くに終わったから、お母様が来るまで撮影でもしない?」
「撮影ですか?それは構いませんけど、プランには入ってないですよ??」
栗田さんの突然の提案にキョトンとする私。
時計を見てみても確かに予定の時間よりは早くに仕度が終わってるんだよね。
だからこの後に送迎をしてくれるお母さんが来るまでには、まだまだ余裕があるの。
「ええ、それは分かってるわ。だからこれは無料でいいの。その代わりと言ってはあれだけど······今日のこの衣装の写真をうちの展示とホームページに使わせて貰えないかしら?」
「展示とホームページにですか? それなら構わないですよ。」
「ほんと!? ありがとー♪助かるわ〜!! おまけに写真も気に入ったのをデータであげるから、終わったら選んでね。」
「はい、ありがとうございます。」
私が使用の許可を出したら、すっごく嬉しそうにする栗田さん。
それを見てると私の方が喜び難くなっちゃうよ。
だってさ、写真の展示を許可するだけで写真をとってくれるんだよ?おまけにデータもくれるだなんて。
だから本当は私もうんと喜びたいんだけど、栗田さんのあの喜び様を見ちゃうと遠慮しちゃうよね···。
「でも······展示くらいでいいんですか?」
気になってたので本当にそれだけで良いのか、改めて聞き直してみた。
「うん、それだけでいいの。実はね······うちで撮ったこのはちゃんの写真を展示してたら嬉しい事に沢山の反響を頂いたのよ。『あの子と同じ着物を着たい!』とか、『成人式の前撮りの予約は出来ますか?』とかってね♪ まぁ···なかにはモデルさんについての問い合わせなんかもあったけど、それは全部シャットアウトしてるけどね。で、そういう嬉しい状況で、おかけで盛況してるわ。お店もだし、出張での撮影だとかそう言うのもね。」
「そうそう。本当に凄いのよ。前に撮って掲載された雑誌なんて全て完売して、重版とかも予定はないから今ではレア物扱いね!おまけに芸能やファッション業界なんて『あの子をスカウトしたい!』『是非、うちで起用したい!』って声が上がってるくらいなんだから! 」
「そ、それは凄いですね···。まぁでも、お店のお力になれてるのならそれでなりよりです。」
「もぅ···このはちゃんったら、健気ねぇ〜。」
新井さんが嬉しそうに、私の肩をまたペシペシと叩いてくるんだよね。
でもその顔は本当に嬉しそうにしてるから、見てる私もつられて嬉しくなっちゃうの。
因みにこの展示というは写真スタジオでよく見かける店内に飾ってあったり、外にいる人達から見えるようにショーウインドーに飾ってある写真の事なんだ。
で、その写真というのは夏に前撮りで撮った着物姿の物と、あとは栗田さんからお願いされた衣装で撮った物が飾られてるんだよね。
それがまさか、そんな効果をもたらしてるとは思ってもみなかったけど·····。
でもまぁ、それがお店に貢献出来てるのなら私は嬉しいんだ。
元はお仕事で知り合った仲だけど、今はお仕事以外にもこうしてお客さんとして写真を撮ってもらったりする事も出来た。
それに何かとサービスしてくれるから嬉しい反面、申し訳ないなって言う部分もあったんだよね。
そういう部分をこの展示されてる写真で少しでもカバーして貢献出来てるなら、これ以上嬉しい事はないよねって思うの。
「そういう訳だから、気にしないでいい写真を撮りましょ! 早速いける?」
「はい、大丈夫ですよ。やりましょう!」
と言うわけで、早速撮影に入る事にした私達。
時間に余裕が出来たと言ってもそんなにあるわけでもないからね、サクサクっと撮るよ〜♪
でも妥協はしない。
撮るからにはいい笑顔で素敵な写真を。
そして栗田さんにも私自身にも素敵な1枚を残したいなと思いながら、撮影に挑む私だった。
ーーーーーーーーーー
「おはようございます、栗田さん。今日は朝早くからありがとうごさいます·····って、あら??」
「あ、お母さん。」
「おはようございます。鈴宮さん。こちらこそ、ご利用頂いてありがとうございます。それと本日はこのはちゃんの成人、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。それで今は撮影ですか??」
スタジオの入り口の方からお母さんの声がしたなって振り向いてみたら、思った通りにお母さんが新井さんと共にそこに来てたんだ。
そして挨拶を交わしてはいるんだけど、どこか混乱してる風だった。
「はい。実は予定より早くに着付けが終わりまして、お母様がご到着なさる間に少し撮りませんか?と、このはちゃんにご提案させて頂きました。それでこのはちゃんからもご了承を頂き、今の撮影となってます。」
「それとですね、この撮影については料金は頂かないのでご案内下さい。と言うのもこの写真を是非ともお店の展示に使いたくて、その条件でこのはちゃんに了承を頂いてます。」
「あぁ···そういう事でしたか。その辺りは当事者のこのはにお任せしてますので、私からは特に何も言いませんので大丈夫ですよ。で、いい写真は撮れましたか?」
「えぇ!!それはそれは、もうステキなのを······。」
栗田さんの説明にあっさりと納得したお母さん。
それよりも栗田さんとカメラを覗き込んで、撮りたての画像を確認しながらあれこれと会話に華を咲かせてる。
こういう私が絡む事に関して、お母さんはあまり口を出して来ないで
基本的に私に任せてくれるから助かるという部分は結構大きいの。
それは恐らく私が年齢ではとっくに成人してるから、私と雪ちゃんの事に関しての判断は全て私に任せる、と言う気持ちがあるんだろうと思ってる。
そしてそれはお父さんも恐らく同じスタンスで、私に判断を任せてくれてる。
私を信用してくれてるが故の判断で、今回のこれも私が良いと判断したのなら構わないよ、という事なんだよね。
そういうスタイルのお母さん。
絶賛栗田さんとこれがステキ! こっちも中々······と盛り上がり中。
「あの······鈴宮様? そろそろこのはちゃんの出発予定時間になりますが·······。」
「あぁ! そうだったわね! つい夢中になっちゃって忘れちゃう所だっわ······。ありがとう、新井さん。」
「もぅ···お母さんったら·····大丈夫?しっかりしてよね??」
夢中になってるお母さんに、新井さんから時間についての指摘が入った。
それに対してのお母さんの反応に一言申した私だけど、私も人の事は言えないよね。
私だって雪ちゃんの事になると、そういう部分が出てきちゃうから·····。
「ご安心して下さい。鈴宮さん。写真に関しては後ほどこのはちゃんに気に入ったのを選んで貰い、差し上げる予定ですので楽しみに待ってて下さいね。」
「そうなんですか?それはご丁寧に、ありがとうございます。じゃぁ、そろそろ行く?このは??」
「うん。」
栗田さんの一言に、これまたあっさりと納得したお母さん。
やっぱりお母さんは私に任せてくれる部分が大きいな〜って、改めて感じさせてくれた。
写真スタジオから隣の部屋までゆっくりと歩いて戻るの。
それは着物を着用してるからどうしても歩幅が小さくなるのと、草履を履いてるから。
また独特の着心地や履き着心地に不思議な感覚を覚えるけど、でも不思議と馴染む物があるんだよね。
これはやっぱり日本人だからって言う部分がそうさせるのかなー?なんて、思ってみたりもする。
「さて、このはちゃん。ここで最後にもう一度チェックをいれるわね。」
「はい、お願いします。」
レジや写真用品、展示写真が飾られてるメインロビーにて、最後のチェックが栗田さんと新井さんにより入った。
髪飾りの位置や角度を直したり、着物の帯やヨレといった箇所を直したりと。
「よし!大丈夫よ。」
「はい。ありがとうございます。」
そんなに手直しする箇所もなかったのか、程なくしてチェックも終わった。
「じゃあ······楽しんで来てね。」
「行ってらっしゃい。このはちゃん。」
「はい、行ってきます。栗田さん、新井さん。ありがとうございました。」
「お世話になりました。」
2人に見送られてお母さんが運転してきた車のスライドドアを開けて、後部座席に座る私。
着物の影響でシートベルトがちょっとやり難かったけど、そこはお母さんがフォローしてくれたよね。
「今日はワゴン車で来てくれたんだ?」
「そうよ。こっちの方が乗り降りしやすいだろうと思ってね。」
「確かにこっちの方が大きくて広いから、乗り降りしやすいのはあるよね。ありがとね。」
普段のお母さんの車ではなくて、お父さんが基本的に乗っているワゴン車で来たことに不思議に感じて聞いてみたけど、それはお母さんなりの配慮をしてくれたらしかった。
お母さんのも私のも軽自動車で、その中で私のは室内が広い方の車だけど、それでもこのワゴン車には全く及ばないからね。
床面が少し高いから乗りやすいのもあるし、室内も広いから着物を着てても窮屈にならない。
そういう意味でお母さんがこの車を乗ってきてくれたのは、凄くありがたいよ。
「じゃ、出発するわね。」
「はーい。」
軽やかな運転で出発するお母さん。
目指す会場は、私の住む市内の某大型公園に併設されてる市民会館&運動ホール的な建物らしい。
らしいというのは実は私、ここに来たことがないんだよね。
というのも同じ市内だけど、こちらのエリアは私の生活圏としては全く来ない場所で、だから今回の会場がどんな施設なのか全然分からないんだ。
ただこの広い市内の合同成人式だから、かなり大きな施設なんだろうとは予想してるんだけどね。
そうでなければ参加者が入れない又は座れないなんて事態が起こるから···。
そしてこの来たことが無いというのはお母さんも同じだったのだけど、幸いにして場所は道程も含めて分かり易い場所だったので、カーナビをセットすること無くスイスイと車を走らせてるんだ。
「ねぇお母さん。雪ちゃんはどうしてる?」
窓から見慣れない街並みや田畑の風景を見つめながら、気になってた雪ちゃんの事をお母さんに尋ねてみた。
「雪ちゃんは葵が見てくれてるから大丈夫よ。休みの日にしては珍しく雪ちゃんに合わせて早起きしてくれたからね。それに何かあればお父さんもいるから安心しなさい。」
「そっか。葵がね〜······。」
今回私が成人式に行くにあたって、お父さん達や葵にも雪ちゃんの事をお願いしてたんだよね。
そしてお母さんが送迎をしてくれてる間、特にこの午前の時間帯はお父さん頼みになるかな?と予想してたけど、まさか葵が早起きして見てくれてるとは思わなかったよね。
でも、その葵が起きてくれたのなら問題ないね。
勿論お父さんでも問題はないけれど、葵の方がお父さんよりも雪ちゃんの扱いは上手だから。
そして万が一があれば、お父さんが車を出すなりしてくれるだろうから·····うん。大丈夫!
窓から見える、似たようで見慣れない街並み。
1番大きな心配事が1つがなくなって少し心が軽くなった私を乗せて、車は会場へと近づいて行く。
その先でどんな事があるのか、分からぬまま······。




