ある日の茜ちゃん①-3 高2(挿絵有り)
「「「このはちゃん! おっはよーーー!!」」」」
「······うん、おはよう。······何かあったの?」
教室の扉を開けた瞬間に、みんなから挨拶をされたんだ。
しかも、みんなの声が揃ってハモってるというおまけ付き。
あまりの事に一瞬動きが止まっちゃったよね。
まー、朝だから挨拶をされるのは普通なんだけど、それでも普段とちょっと違い過ぎてさ。
何が?というと、かなりシンプルな違いではあるんたけどね。
いつもは私が教室の扉を開けて「おはよー」って挨拶をしてから、みんなが「おはよう」って挨拶を返してくれるんだよね。
それが逆に、みんなから先にされたと言う事。
しかも、扉を開けた瞬間だよ?
完全に待ってました!って感じで、タイミングを計ってた様に。
これは絶対に何かあったなって思える、そんな雰囲気も感じた。
「え?そんな事ないよ。ねぇ??」
「うん。そうだよ。しいて言えば、このはちゃん来る時間がほぼ同じたから、分かりやすいってのもあるなかー?」
「「「「そうそう。」」」」
「本当かなー?なにか怪しくない??」
何かあったの?と、聞いてみれば特にないとの事。
それに声が揃ったのは、私の来る時間がいつも同じだからだってさ。
まー、確かにほぼ同じ時間だよ。
家を出る時間は変わらないし、道中の自転車を漕ぐスピードも普段通りだからね。
それにクラスメイトの中でも登校が最後の方だから、分かり易いのは認めるしあるとも思う·······。
だけど······。
ちょっとまだ不思議に思いながらも机に向かいます。
鞄を一旦机の上に置いて、隣を見れば茜ちゃんと目が合う。
まぁ、席が隣同士だから何ら不思議はないんだけどね。
「おはよう。茜ちゃん。」
「ぁ······うん···おはよう、このはちゃん······。」
椅子に座ってたこっちを見てた茜ちゃんに挨拶をしたんだけど······あれ?
茜ちゃんも茜ちゃんで何だか様子が変?
声もいつもの明るい声じゃなくて何だが元気がなさげだし、顔も赤い。
おまけにさっきは目があったけど、今はあからさまに目を反らしてる。
具合でも悪いのかな?
以前にも倒れたことがあるから、それを思い出して心配になっちゃう私。
取り敢えず聞いて確認してみよう。そう思った。
「ねえ、茜ちゃん。どこか具合悪かったりする?保健室行く??」
「え!? 具合?保健室??」
キョトンとする茜ちゃん。
「そうそう。なんか元気なさげだし具合が悪いのかな?って思ってさ。ほら、前にもあったでしょ?だから心配になって······。大丈夫なの?」
「あ、うん······。大丈夫だよ。ありがとね。心配してくれて。」
茜ちゃんの言葉を信じるなら、大丈夫みたいなんだけど······。
でもなんだかな〜??と感じちゃう。
顔を赤くしてもじもじしてるし、目も合わせないし。
絶対にいつもの茜ちゃんとは違う。
そんな風に思ってた。
「あのね、このはちゃん。茜は具合が悪いわけじゃないんだよ。」
「あ、美紅ちゃん。おはよー。そうなの?」
ちょっと首を傾げながら茜ちゃんを見てたら、美紅ちゃんがやって来て茜ちゃんについて教えてくれたんだよね。
そして、その声につられてかピクッと動いた茜ちゃん。
「うん。茜はね、恥ずかしがってんのよ。」
「恥ずかしがる??何に?」
またまた予想外の言葉に意味が分からなく、今度は私がキョトンとなった。
恥ずかしがる様な事って何かあったっけ?
別に何も無いよねー??
思い出してみても特に来れといった事が思いつかなかったよ。
「実は昨日ね····「美紅ぅ〜、止めようよー······」···話しちゃえば楽になるよ。このはちゃんは元々知ってるんだし、私達だって知ったんだからさ。ある意味公認だよ?」
「でも〜〜······」
美紅ちゃんが何かを話そうとして、茜ちゃんがそれを渋ってる。
しかもなんだか恥ずかしそうに。
でも美紅ちゃんの会話からいくと、私も知っててみんなも知ってるっぽいね。
その証拠なのか、クラスのみんなも「うんうん」と頷いてるから。
「私も知ってて、みんなも知ってるって何?」
「ほら。このはちゃんも知りたがってるじゃん。ね?」
「······分かった。いいよ。」
渋々だったけど、了承した茜ちゃん。
「えーと······結論から言うと、茜の事情とこのはちゃんとの関係性っていうのかな? それを教えてもらったんだ。」
「あぁ······そうだったんだ。」
「うん。」
なるほど、と思う私。
茜ちゃんの家庭事情については、私は保健室の件で教えて貰ったけど、みんなは知らない筈だもんね。
プライベートな事だから私からは言うつもりはないし、言ってもいない。
同様に私と茜ちゃんとのやり取りについても。
でもそれを知ったという事は、茜ちゃんがみんなに話したって事だよね。
私がとやかく言うことではないけど、でも急にどうしたんだろ?
そう思ってしまった。
だって敢えて『私にお母さんはいません。』なんて、言う必要はないからね。
「でも、どうして急に?」
「それはね、私がこのはちゃんにうんと甘えてて、そんな私をこのはちゃんも優しくてしてくれてるでしょ?それを皆が不思議がってて、何かあるの?って聞かれたのが始まりなんだよ。」
何でかなー?と尋ねてみたら、茜ちゃんが答えてくれた。
まぁ確かに、私達······特に茜ちゃんのスキンシップ、抱きつき具合は他の子よりあきらかに多いと思う。
それに凄く甘えてる様にも見えるしさ。
そんな茜ちゃんを、私は私で嫌な顔をせず受け入れてるからね。
そんな私達を外から見てれば、何かあるのか勘繰られるのも当然か。
「でね、それを説明するなら私の事を話さないと、分かりづらいだろうなって思って話したの。こめんね、このはちゃん。私達の事も話しちゃって······。」
「いや·····私の事は平気だよ。知られたって私は変わらないし、いつも通りだからね。そこは安心していいよ。」
「うん♪ ありがとう、このはちゃん。」
「このはちゃん、優しい〜〜♪」
「ほんとほんと。やっぱり思ってる通りだね!」
「惚れる訳だよ、これは······。」
みんなが口々に褒めてくれてるけど、私は私だからね。
知られたからって変わる訳でもないし、茜ちゃんとの約束も守るつもりだからね。
それに高橋先生との事もある。
クラス替えについて相談した事があるけど、それを汲んでくれたのかどうなのか詳細は知らないけど、結果として茜ちゃんと同じクラスになった。
そういった面からでも高橋先生には恩を感じてる。
だからたとえ何があっても、途中で投げ出したり誓いを破るとかしないから、安心していいよ。
でも私との事を話すのに、家庭事情まで話すとは思わなかったな。
特にお母さんが亡くなった事なんて、話すだけでも凄く辛い事だと思うけど······。
「このはちゃん?」
「ん? なーに?美紅ちゃん?」
「補足するとね、昨日このはちゃんが学校を休んで茜がもの凄く沈んでたのよ。多分というか絶対に、このはちゃんが理由だろうなーって思って聞いたらドンピシャだったんだよね。で、茜とこのはちゃんのやり取りを思い出して聞いたって訳なんだよ。」
「あー!美紅ぅ〜······。それは言わない約束じゃん!」
「大丈夫だって!その位の事でこのはちゃんは茜の事、嫌いにとかならないからさ。」
「······ほんと?」
「うん。そうだよね?このはちゃん??」
「そだね。その位じゃ、嫌いになんてならないよ。むしろそんな所も可愛いなって思うよ。」
「「「「キャ〜〜〜〜♪」」」」
黄色い声があがった。
全く、賑やかだねぇみんな。でもそういう所もまた好きなんだよね。
茜ちゃんも美紅ちゃんに対してプリプリと怒ってる風に言ってるけど、その表情は嬉しそうにしてるもの。
これなら大丈夫そうだね。
そう感じる私でした。
「それはそうと美紅ちゃん?」
「ん??」
「茜ちゃんが恥ずかしがってるって何?それ聴いてないんだけど??」
「あ!それは、このはちゃ「それはね、多分だけど私達に話しちゃった事で、このはちゃんを変に意識しちゃったんじゃないかな?ほら、よく聞くじゃない?特に意識してない異性からアプローチとかされると妙に意識しちゃうとか。そういうやつの一種で、内緒にしてたのをバラしちゃったから、皆の目とかそういうのを気にしてるんだよ。抱きつきたい甘えたい。だけど私の気持ちを知ってる皆からの視線もある。あぁ〜······どうしよう、どうしたらいいのかなー?って具合に??」
「あぁ!そういうのか〜。聞いたことあるね、それ。」
ポンッと手を叩く仕草をしながら頷いた私。
確かにそういう色恋沙汰の話は聞いたことがあるからね。
まぁ、茜ちゃんの場合は異性ではなく同性ではあるけれど。
それでも『好き』という感情には性別は関係ないもんね。
異性なら恋愛に発展する可能性もあるかもだけど、『好き』には色んな感情・想いが含まれてるから。
私が雪ちゃんに向けてる『好き』という感情もも、その中の1つだから······。
「あぁぁ~······」
茜ちゃんが変な声を出しながら、机に突っ伏してる。
······うん。
これは美紅ちゃんが言ってた事が当たりっぽいね。
さて、どうしたものかな??
時間の経過で解決するのかどうなのか······。
ーーーーーーーー
2時間目休み。
1時間目休みや3時間目休みと違って少しだけ長い休み時間なんだけど、結局ここまで何も変わらなかった。
「茜ちゃん?」
「ひゃい!?」
······重症だ。
私の呼びかけに変な声を出して応えてるし。
こーまでなっちゃうものなのだろうかと、不思議に思ってしまう。
「彩ちゃんに美紅ちゃんや。意識したからってここまでなるものなのかな?」
「さあ?ぶっちゃけそういう経験がないので分からないよー。」
「私も同じく分からないよ。ただ茜があーまでなるとは思わなかったけど······。」
彩ちゃんも美紅ちゃんも、他のみんなも分からないみたい。
勿論、私も分からない。だって、恋愛経験なんて皆無だからね。
ただそんな中で美紅ちゃんは、責任を感じてるみたい。
今回の出来事の引き金みたいなものだから。
(······変に意識してるからダメなのかな······?だったら意識させない、普通に思わせればいけるかも······?)
「美紅ちゃん?ちょっといいかな?」
「ん?」
思い立ったら吉日と言わんばかりに、茜ちゃんと仲の良い美紅ちゃんをちょいちょいと手招きで呼びよせる。
そして······。
「「「「あ!!」」」」
みんなの声がハモった。それもキレイに。
そして、肝心の茜ちゃんも目を見開いて見てるね。
「このはちゃん······いい香り♪」
「「「いいなぁ〜〜。」」」
いきなりやってしまったけど、でもちゃっかり腕を私の後ろに回してうっとりする美紅ちゃん。
そんな美紅ちゃんに羨ましがるみんな。
でも、まだ終わらないよ。
ハグとかを特別意識しちゃってるなら、意識させないようにしちゃえ作戦なんだけどね。
美紅ちゃんの次は·······。
「彩ちゃん。」 「はい!」
「志保ちゃん。」 「私も!?」
「さっちゃん。」 「はーい♪」
クラスのみんなを代わり番こに『ギュッ』としてきいます。
そこそこの長さの休み時間だから、サクサクしていけば全員を出来るからね。
「超、幸せなんだけど♪」
「やっぱりこのはちゃん、いい香りがするね〜」
「うん。あれなんなんだろうね??」
「分かんないけど、でも、このはちゃんやっぱりイイね♡」
久しぶりにみんなをハグしていって、色んな感想を貰う。
いい香りっていうのが、良くわからないけどそんなにいい香りがするのかな?
よく分からないけど、でもやっぱり好評みたい。
「さて······残るは茜ちゃんだけだよ?」
「う······。」
「大丈夫だよー。もう全員ハグしちゃったし、恥ずかしくなんかないよ?みんな一緒♪」
「そうそう!みんなでギューして貰ったからね〜。」
「「「ねーー♪」」」
みんなも最初はあれだったけど、だんだんとやっていく内に私の意図を理解してくれたみたいで、正直助かります。
私のセリフにも合わせてくれるしね。
「おいで♡」
「·········」
腕を広げて茜ちゃんを待ちます。
少し待ったけど、まだ戸惑ってるみたい。
でも、だいぶ元に戻ってきてるみたいだから、あと一押しかな。
スタスタスタ······
ギュッ
「あっ!」
こちらから歩み寄って行って、優しく抱きしめた。
茜ちゃんは小さいから、私の胸に埋もれる形にはなるけれど別に構わない。
優しく頭を撫でながら茜ちゃんだけに聞こえるように、耳元でささやく。
分かりづらいけど、それでも微かに頷く動きを感じた。
うん。これなら大丈夫そうだ。
茜ちゃんを開放してあげて、念の為確認をしてみたんだ。
「大丈夫そうかな?」
「うん。もう大丈夫。手間を取らせちゃってごめんね。それと、みんなもありがとうー。」
顔を紅くしつつも、そう答える茜ちゃん。
「良かったねー茜ちゃん」
「だねー。うちらもこのはちゃん好きなのは一緒だから、恥ずかしがることはないさ。」
「たしかに!」
アハハハハって、みんなで笑いながらとりあえず今回の騒動、『茜ちゃんの変』は解決しました。
「このはちゃーーん!」
「なぁに?彩ちゃん??」
「まだ時間あるから、もう1回ハグしてー?」
「あ〜〜!!ずるいよ、彩!?」
「えぇ〜〜〜!??いいじゃん?別に······。」
そんなこんなで、2時間目休みも無事に過ぎて行くのでした。
「なぁなぁな。俺等は······?」
「「「「「ダメに決まってんでしょ!!!!」」」」」
いつものお約束も健在で。
ーーーーーーーーー
放課後。
みんなと教室で別れた後、私は鞄を持って駐輪場に来てます。
理由は自宅へ帰る為なんだけどね。
でも今日はもう一つ用事が出来たんだ。
「どうしたの?茜ちゃん?」
「ごめんね。このはちゃん。忙しいのに引き止めちゃって。取り敢えず歩きながら行こ。」
用事とは茜ちゃんから、話があるから放課後にここで話をしたいとLI◯Eで連絡を貰った事。
教室だといつも誰かしらがいるから、話し難いのもあるだろうしね。
自転車に荷物を乗せて校門まで押して歩きます。
一応、学校内では自転車は押して歩くようにと指導されているからね。
「このはちゃん。今日は本当にありがとうございました。ホント、私ってば迷惑かけてばかりだね······」
そう言ってペコリと頭を下げて、お礼をしてくる茜ちゃん。
「前も言ったけど、気にしてないから大丈夫だよ。まぁ、それでも茜ちゃんは気にしちゃうんだろうけどさ。」
「うん。」
全く気にしないのもダメだと思うけど、気にし過ぎもまた良くないと思う。
気にしすぎて萎縮して、力を発揮出来なくなったり体調を壊したりする事もあるからね。
「色々とあったけどさ、こういう所も茜ちゃんらしいって思えば可愛いもんだよ。」
「はぅ·····」
照れる茜ちゃん。
こういう所もまた可愛いなと思ってしまう。
「まぁ······ポジティブに考えていきましょう?こういうのも後で思い返せば楽しい思い出になるからさ。」
辛い事や悲しい事、苦しい事······そういうのは負の思い出になるかもしれないけど、今回の件については将来思い出した時に「そういう事もあったねー」って笑いのネタになるような、そんな思い出になりそうな感じがするんだよね。
みんなも比較的そんな感じで捉えてるみたいだし、私もそう。
だから後は、茜ちゃんの捉え方次第かな?って気がする······。
「で、茜ちゃん。話ってこれの事??」
「ううん。違うんだ。本題は体育祭の後なんたけど·········。」
そんなこんなで聞いた、茜ちゃんの話。
さてさて、どうなるのかな?




