ある日の茜ちゃん①-2 高2(挿絵有り)
ジャァーーー、キュッ!
トイレで用を済ませ手を洗って、髪の毛をちょこっと整えてからお手洗いを後にする。
教室までの少しの道のりをトボトボと歩きながら、時通り「はぁ······」とため息を吐いたりしている私。
いつ何処でだったか忘れたけど、『ため息ばかりついてると幸せが逃げるよ』なんて言葉を聞いたことがあった気がするけれど、そんな事は関係がないかな。
だって、ため息をつこうがつかなくたって、今日は幸せな気分じゃないからね。
その理由はこのはちゃんがいない。休みだから······。
今朝、いつもの時間に来ないこのはちゃんに皆してあれ?って思ったんだ。
暫くして先生がやって来て出席をとるんだけど、その時にこのはちゃんが今日は休みというのを教えくれた。
その瞬間に私の気分はだだ下がり。
学校を休む時は連絡するのが当たり前だから私も当然するし、このはちゃんもした。
ただその当たり前の事なんだけど、知ったら知ったらで凹むし、知らなければもやもやするし······難しいよねと思う。
で、このお手洗いとこのはちゃんが休みというのは関係があるようで関係がないんだ。
凹んでるのはあくまでこのはちゃんが休みという事であって、お手洗いに1人で来るのはいつもの事だから。
クラスの皆はよく集団でお手洗いに行くけど、私は自分の行きたいタイミングでササッと行って済ませて来ちゃうタイプだから。
このはちゃんも私と同じタイプなんだけども、このはちゃん場合は「行ってくるね。」と伝えると、「私も行くー」って皆がついて来るんだよね。
人気者は辛いってところかな?
このはちゃんにぞっこんの私だけども、さすがにお手洗いまでは一緒には行かないよ?
余程タイミングが合えば別だけども、基本は先程のように1人で行って済ますタイプだからね。
それに無理について行っても混んでる時は並ぶんだし、それでチョロっとしか出ないというのは、本当にしたくて並んでる子に悪いと思うからね。
ガラガラガラ······
扉を開けて教室に戻って来た。
見渡してみると何となく······いや、そうでもないか。
やはりいつもと比べると賑やかさというか、そういうのが欠けてる気がする。
その原因は間違いなくこのはちゃんだね。
そこに居てくれるだけで、皆が明るくなり元気が生まれる。
皆にとっては太陽の様な存在であり、同時に私にとってはお母さんの様に感じさせてくれる存在。
たから甘えさせて貰ってるし、このはちゃんもそんな私に優しくしてくれる。
このはちゃんは実際にママさんをやってるから、そういう雰囲気を醸し出してても不思議はないんだけどね。
「あ、茜!何処行ってたのさ?探しちゃったよ?」
「ん?あぁ······ごめんごめん。ちょっとお手洗いに行ってたんだ。」
私を探してたのは美紅ちゃんという女の子。
クラスメイトの女の子は皆仲良しだけど、その中でも比較的お話しする仲の良い子です。
「そっか。ならいいんだけどさ。てっきりこのはちゃんが居ないから寂しくてどっかで泣いてるんかな?って心配してたんだよ?」
「えぇ〜!それはいくら私でも泣かないよー。······でも、心配してくれてありがとうね。確かに寂しいのはあるけどさ、それを言ったら美紅だってそうでしょ?」
「うん、確かにそーだね。違いない。」
あはははって笑う美紅。
美紅は明るくてムードメーカー的な存在。
で、このはちゃんが居ない時とかは私の事を心配してくれたりするんだよね。
何でだろ?って以前に聞いたら、このはちゃんの居ない時の私の落ち込みがわかり易過ぎるんだってさ。
で、ほっとけなくてついついなんだとか。
ついついで心配してくれるなら、美紅も美紅で優しいよねって思う。
それに確かに落ち込みは激しいけど、そんなに態度に出てるのかなー?って思う。
まー確かに泣いたりはするけどさ、あれはこのはちゃんの前でのみだし、理由としても嬉し泣きと嫌われたくないという気持ちからの泣きな訳で。
寂しいからって学校で1人で泣くってのは、ないはずなんだけどな······?
立ち話しをしてるのもあれなので、とりあえず座ることにした。
このはちゃんが居なくても、みんなで集まってるのはもう日常の事なので誰も何とも思わない。
強いて言えば、何時もよりは静かなだけで。
「ねえ?茜。」
「ん?」
「前々から聞きたいことがあったんだけどさ、このはちゃんが居ないから聞いてもいいかな?言いにくければ別にいいんだけどさ······。」
美紅が神妙そうにそんな事を言ってきたけど、なんだろう?
このはちゃんが居ないから私に聞きたい?
逆に考えると、このはちゃんには聞かれたくない事?もしくはこのはちゃんには聞きにくい事??
ますます訳わからない······。
「んー·····内容にもよるけど、とりあえず何かな?」
取り敢えず聞いてみることにした。
聞かない事には始まらないもんね。
「茜ってさ、このはちゃんにベタ惚れじゃん?」
「うん、そうだね。それは否定しないよ。」
「で、このはちゃんもそんな茜の事を受け入れて優しくしてるじゃん?あれって2人の間に何かあるの?」
「あぁ······その事ね。」
確かに私は、このはちゃんにベタ惚れで大好き♡
それは私の家庭環境が根底にあって今の私が出来上がり、それをこのはちゃんに告った事から始まったんだよね。
その事を知らない皆から見れば、甘えて甘えさせてる不思議な光景に見えるのかもしれない。
勿論、皆だってこのはちゃんと手を繋いだり組んだり、撫でてもらったりとしてるけど、私のそれは皆と比べると違いすぎるもんね。
だからそう思われても仕方がないけど、どう説明したものか······。
「皆はさ、このはちゃんの事どう思ってる?」
「「「このはちゃんの事?」」」
「そう。このはちゃん。」
そう問われて皆は考えてる。
う〜ん······って唸ってる子もいたけど、答えは直ぐに出たみたい。
だっていつも皆が思ってる事、そのまんまだもんね。
『優しい』『綺麗で美しい』『頭がいい』『面倒見がいい』『魅力的』『人柄最高』『まさかのママだった』『癒やされる』『いい香りがする』『あんなお母さん欲しい』
「みんな同じ認識だー。凄いね。」
「だねぇ。ここまで一致って言うのは凄いよ。」
皆して納得しちゃった。
纏めるとそんな感じでさ、結局私達が感じてる事、思ってることは共通だった。
一部変な意見もあったけど、そこは割愛で。
「で、これがどうしたの?」
「んとね、このお母さん絡みの事が重要なんだけどさ。私ね、実はお母さんがいないんだよ。」
「え!? お母さんが?? ······その···離婚とかで?」
美紅が、クラスの皆が驚いてる。
それはそうだよね。お母さん······というか、親がいないって言う事だけでも衝撃的だと思うし。
今は3組に1組は離婚だっけ?そんなんで珍しくないとは言われているけど、だけどもそれでもね。
·····ふと、思った。
もしかして······雪ちゃんも??
「いや······文字通りいないんだ。私が幼稚園に入園した頃に事故で亡くなってね。」
「それは······ごめんなさい。聞いちゃ不味いことだったね······。本当にごめん!!」
「ううん、大丈夫だよ。話し出したのは私だし、それにその事自体はそんなに気にしてないからさ。」
美紅が手を合わせて謝ってきた。ごめんって。
皆も一緒に「辛い事聞いちゃってごめんね」とかって言ってくれた。
私としてはお母さんが亡くなったのはもう10年も前の事だから気にはしてない。
ただこのはちゃんとの出会いと触れ合いで、封印(?)してた寂しさとかの感情が溢れてくるようにはなったけどね。
「それでね、私が幼稚園に入園して直ぐくらいにお母さんが亡くなって·········。」
その後、私は皆に今までの事を話したんだ。
お母さんが亡くなってからの生活の事。
甘えたくても甘えることが出来なくて寂しかった事。
一人になった時に、ふと泣いた事。
そんな風に過ごしてきて、このはちゃんとの出会い、そして触れ合い。
皆も感じた、このはちゃんの優しさや安心感や安らぎ。
それを通して殆ど記憶にないお母さんと、このはちゃんを重ねてしまった事。
このはちゃんに告った事。
受け入れてくれて、支えてくれると言ってくれて嬉しかった事。
このはちゃんに説明した時と同じく語りだしたら止まらなかったけど、さすがに今回は泣かないで話せたよ。
何だが最近は泣いてばかりだから、涙脆くなったなーって思うけどさ。
話しながら、みんな引いちゃったかなー?って正直思った。
こんな重い子って、いないよねって思うし。
下を向いてもじもじしてたら、突然ガバッ!ってされた。
いきなりの事で目をパチクリさせてたら、抱きついてきたのは美紅だった。
「いきなりどうし···た·····って、泣いてるの?」
抱きついてきたのは美紅だったんだけど、その美紅は目から涙をポロポロとこぼしてたんだ。
あまりの突然なことにオロオロする私。
周りを見ればみんなも涙ぐんでたりして、まさかの展開で······。
内心は「えぇー!」って感じだよ。
引かれるかな?って思ってたのが、なんか違うんだもん。
「茜ぇ〜······大変だったね······。いくら知らなかったとはいえ、こんなに茜が大変だったなんて······。」
「本当だよ······。今までちっとも気付けなくてごめんね······。」
皆が本当に色々と気遣ってくれてる。
こんな光景になるとは思ってなかったし、さっき話し終わった時に『泣かないで話せた』って思ったけど、逆にこれで泣けなくなった。
あまりの光景に、出るものが完全に引っ込んだね。
「みんな〜、そんな大丈夫だよ。元々記憶なんてほぼ無くてさ、写真を見てもこれがお母さんなんだ〜くらいの感情しかないんだからさ。」
「それでもさ〜······。」
「そういう物なんだよ。記憶が碌に無いのと10年って歳月はね。それに今はこのはちゃんがいてくれるから、満ち足りてきてるのもあるからね。」
確かに寂しかったのはある。
だけどお母さんに対しては記憶もほぼなく、顔も碌に覚えてなかったのもあって、写真でこれがお母さんなんだって知った印象が強い。
だから、亡くなった事実に対しては私よりうんと大きかったお姉ちゃんの方が、辛かっただろうしショックだったに違いないと思う。
会話だって沢山してたであろうし、思い出も沢山あったと思うから。
それに対して寂しさは確かにあり泣いたりとかもしたけど、今はこのはちゃんがいる。
このはちゃんの優しさに完全に甘えちゃってるけど、今迄の寂しさを、心の穴を急速に埋めるくらい満ち足りてる。
まぁ、今日は朝から気分が凹んでるけどさ······。
だからこの先も少しずつ、私は乗り越えて変わって行きたいと思う。
今暫くは、このはちゃんに甘えまくるだろうけど······。
ーーーーーーーーー
皆と話をすることしばらく、ようやく皆が落ち着いて普段通りになった。
近場では男子達も聞いてはいたみたいだけど、私としては対して気にしてない。
男子も去年からほぼ一緒のメンバーだし、このはちゃんのお陰なのかそんな悪い人はいないからね。
まぁ一部変なというか、おバカ?な人はいるけどさ。
「茜ちゃんがこのはちゃんにやたらくっついたりして甘えてるのは、そういう理由があったんだね······。」
「うん、そういう事なんだ。甘えすぎだよなって自分では思って理解しているんだけどさ、このはちゃん優しすぎるんだもん。だから、今まで出来なかった我慢してた事の反動っていうのかな?そういうのが止められないんだよね。それにすごく気持ちいいし、癒されて幸せな気分になれるっていうか······。」
「あー、それ分かる!」
「私もだよ!このはちゃん凄く癒されるよね!」
「そうそう!!あれはヤバいよねー」
「この間の体育の時の4組、あれどうなっちゃうんだろ?って思ってるよ。」
皆がいつも通りキャーキャー始まった。
このはちゃんに対しての認識は、共通だから直ぐに感覚は共有できる。
故に分かり易い。
「じゃあさ、茜。」
「なに?」
美紅がやや真剣な表情及び声で尋ねてきた。
この流れでなんだろう?と思う。
「私のこと、美紅お姉ちゃんって呼んでいいよ??」
「······はいぃ???」
変なことを言ってきたよ、この人は······。
こんな事を言う子じゃないと思ってたのに、私の身の上話を聞いてどこか壊れたのかな??
「お母さんいなくて、お姉さんも家を出て寂しかったんでしょ?だから私がお姉さん代わりでいいよ?このはちゃんはお母さん代わりだね。」
「このはちゃんをお母さんっぽく感じてるのは否定しないけど、何故そうなるの!?」
ますます意味不明だよ!
皆もポカーンってしてるしさー。
「いつだったか、皆で茜は末っ子だね〜?とかって言ったことあるでしよ?まさしくあれだよ。私から見ると茜は可愛くて妹的な感じに見えるんだよ!」
「あー······それは分かるなぁ。」
「そうだねぇ······。」
「うん、確かに妹的に感じるね。」
「「「「うんうん」」」」
えぇーー!!?
まさかの皆も肯定ですか······。
百歩譲ってそれはまぁいいとしても、美紅のそれはなんなのさ?
「私さ〜、弟はいるんだけど本当は妹が欲しかったんだよね。だから、茜はピッタリだよ。ねね、学校内だけでいいから呼んでくれない?」
「えー!?それ言ったら私も呼んでよ〜」
「うちもー。」
「さち姉って呼んでいいよ〜?」
美紅が、皆が私を気遣って楽しませようとしてくれる。
本当にいいクラスメイトに恵まれたな〜と、思う。
まぁ、これがどこまで本気なのかは分からないけどね。
「なぁなぁ、諸貫〜? 俺のこともお兄ちゃんって呼んでくれていいぞ?」
「はあ!?」
近くにいた男子の1人が、変なことを言ってきた。
多分というか、さっの私達のやり取りを聞いたうえでの発言なのは直ぐに分かったけど······。
だけどさー·········。
「何言ってんのよ!あんたは!!」
「そうよそうよ!茜にそう呼ばせるわけないでしょーに!!」
「バッカじゃないの!?」
皆に集中砲火されて叩かれてる。
そうなるよねぇ〜と思いながら見てて、普通ならここで凹んで終わるんだけど今日はちょっと違った。
「いや、だってお前たちだって『お姉ちゃんって呼んで?』って言ってたじゃんか?じゃあ、うちらも『お兄ちゃん』で··「それとこれは別!!!」
「えっ?!」
「私達は、女の子同士だからいいの!」
「そうよ!そうよ!」
「男子が女の子にそれ言わせたら変態だよ!?」
「セクハラも酷いけどさ、これはもっとマイナスだよねー」
「変態······。」
珍しく抵抗してきた男の子だったけど、とうとう凹んだ。
周りの男子達も巻き込まれては敵わんと、完全に観戦モードになってるし。
故に味方は誰もいなかった。
こんな時にこのはちゃんがいると、上手く纏めるんだろうけど私にはそんなスキルはないからなー。
だからどうにもならないです。
なので他の男子達と同じ様に観戦モードになって、事の終わりを待つのみだった。
結局この騒動は、チャイムが鳴るまで続いたのだった。




