ある日の朝の出来事①-3 高2(挿絵有り)
―― 東海地方の某所にて ――
「はい!おっけー。ありがとう、お疲れ様でした。」
「こちらこそ、ありがとうございました。あの···私、大丈夫だったでしょうか?」
カメラの前に座っている黒髪の女子高生がそう心配そうに聞いてくる。
手をもじもじさせながら聞いてくる様は、素人さんと年齢的なものを含めて可愛らしくはあるけれど。
「うん、大丈夫だったよ。本当にありがとうね。」
「はい。そう言ってもらえると安心します。あ〜···緊張した······。」
そんな感じで緊張の抜けたこの子に、次の予定を伝えないといけないんだな、コレが。
酷ではあるけれど、それが募集に出して選ばれた子の宿命なんだよ······。
「それでね、次の予定なんだけど······」
予定を伝えて一先ずはこの女子生徒さんとはお別れをする。
次はお昼休みかー、ここからが本番なんだよなって思いながら、次の行動に移る。
とは言ってもそんなにやることはなく、セッティングの確認とかそういうのがメインなんだけどね。
そして忙しいのは俺ではなく、美術スタッフのみんな。
彼らの腕前、出来上がり具合で勝敗が決すると言っても過言ではないから、毎度のことながら気合が入っている。
そして、元々高かった腕前もさらに上達して今や凄いことになってると俺はそう思っている。
申し遅れた。
俺の名前は酒井。この番組のディレクターをしている。
そしてこの番組とは世の学生たちから絶大な人気を誇るといってもいい、学校かくれ◯ぼの番組である。
お陰様で随分と前からてはあるが、公式の番組ホームページには全国津々浦々の高校又は中学校の生徒から応募を沢山頂いており、我々も選別するのに苦労をしている。
そしてまた、全国の学校に赴いてかくれんぼを行うようになったので、番組の放送回数も月に1回タイミング次第で2回というような形になってしまった。
まぁこれも遠くへ行くほど事前調べ等に時間がかかるようになったり、隠れる為のフェイク道具を作るのに時間が掛かってしまうのが原因だけども。
それでも、ここは1番手を抜いてはいけない箇所である。
撮影が終わり次第、可能な限り美術スタッフを連れて次の学校へ赴いて、全員で場所の選定及びその場所のデーターを取る。
そして見つからない為には場所というより、いかに本物と見分けがつかないように作るか。
これが大事である。
汚れや色具合、触り心地、材質······安全面に考慮しないといけないから材質までそっくりとはいかないが、可能な限り調べて近づける。
特に材質感とかは意外と馬鹿にならないんだよ。
最近の学生たちは番組を通じて学習してるから、そっくりに作ったくらいでは直に見つけてしまう。
材質の違いや空洞感による音の違い。場合によっては重さなども判断材料にしてるな。
なのでいかにして材質による音の違いをなくすか、空洞感をなくし隣の壁を叩いた時の音と同じにするか、そういった見た目以上の工夫がいる様になってしまった······。
難易度はかなり上がってしまった。
しかし、これほど自分たちの力を示せる番組はないから普段裏方の美術さん達は毎回気合が入ってる。
そんな大変だけども楽しい現場である。
「酒井さーーん、大変ですぅ〜〜!」
なんだなんだ??
バタバタ···とは走ってないな。もし走ってでも来ようものなら怒ってるところではあるが。
なんせ、まだ生徒には伏せてる段階でそんな目立つような事をしたらバレる危険があるからさ。
で、なんだと思えば来たのはうちにいるメイクも出来るスタッフの1人。
この子には我々スタッフの軽いお昼ご飯をお願いして、買いに行って貰ってたのである。
毎度の事であるがお昼をまともに食べる時間がないので、おにぎりやバナナなど、手軽にささっと腹に入れられる様なものをね。
食べるタイミングは各々に任せているけれど、なんたって我々はお昼からがメインで動くからね。
お昼休みを利用して生徒へ暴露。
そこから隠れ出して本番開始だから。
「で、どうしたんだ?買い出しに行って何が大変なんだかさっぱり分からんのだが······?」
この大部屋にいた我々スタッフ陣とタレントさん、みんながこの子に注目してる。
分かってる?この視線の量。すごいよ〜〜?
「コレなんすよ、コレ!見てください!」
そう言って袋から取り出した何かの雑誌。
テーブルの上に置かれ、皆して覗き込むと······。
「なんの雑誌だ?······これ、ブライダル雑誌??」
「あれ??この子、何処かで見たことある様な気がする······?」
「そう言われると、確かに見覚えがありますねぇ??」
皆して考え込む。
共通してるのは皆が見覚えがあるという事。
皆が見覚えがあるという事は、この番組と関わりがある??
ということは······学校の生徒さん?
「「「「············」」」」
「ああ!思い出した!! 鈴宮さんだ!!」
「「「「鈴宮さん?」」」」
「ほら、確か···去年の12月だったかな?その頃にかくれんぼ撮影した学校の生徒さんでさ、髪が白髪で目が赤くてすっっごく綺麗で美人でしっかりした子が居たじゃないですか!?」
「「「「あぁ!!」」」」
「思い出した!」
「あの子かーー···!」
「居たねー。確かに綺麗で初めて見る容姿だったから、衝撃的だったのを覚えてるよ!」
全員があの時の事を思い出して、やんややんやと騒いでる。
確かに凄く特徴的で、あの時は驚いたけどね。
まぁ今となってはいい思い出だし、同時にあの子を超える逸材?的な女の子には会ってない。
そもそも、あんな特徴的で尚且つ美しくて美人な子がそうそういるわけがないんだけどね······。
まぁ、かくれんぼに対してはそういうのを求めてはないけれど。
これはあくまで我々と生徒さんのガチ対決がコンセプトで、生徒さんに楽しんで頂くのが1番の目的だからね。
「で、その鈴宮さんがなんでブライダル雑誌に?」
正体が分かったら、次に気になった事を訪ねてみる。
「さあ?私に言われても流石に分からないですよー? で、ですね、表紙だけじゃなくて、中も見てくださいよ!」
そう言って、表紙を捲ってくれて中を見るとまた違ったドレス姿での鈴宮さん。
立ち姿で正面や横から撮ったり、座る姿や後ろ姿。またまた表紙みたく上から撮影したりと色々とあった。
そんな感じで数ページあり、これは間違いなくあれだね······。
「鈴宮さん、モデル始めちゃったのか〜······。」
「そう···みたいですね。あの時断られちゃったのが痛かったなぁ······。」
「仕方ないよ。あれは我々が悪い。知り合って碌に話もしてないのにいきなりスカウト紛いの事をしたんだから、警戒もするさ。」
そう俺ら2人、撮影で鈴宮さんにお世話になった時にスカウト的な事をしたんだよね。
その時は断られちゃったんだけど、あれはやはり急ぎ過ぎたか···と反省はしてる。
そしてどういう経緯や心境の変化で今回のコレになったのかは分からないが、改めてこのドレス写真を見ると、あの時スカウトした目は間違いじゃなかったと認識させてくれる。
そのくらいに綺麗で美しくて神秘的なドレス姿だ。
それはきっと、彼女しか持ち得ないあの容姿とプロポーションがそうさせているのだろう······。
「このはちゃん、綺麗でしたね〜♪私もウエディングドレス着てみたくなっちゃいましたよ。」
「それはそうと、そのお相手はいるのかい?」
「いや〜〜···それはまだですねぇ······。どこかに素敵な人、居ないですかね?」
「じゃあ、俺なんてどうだい?タバコも酒もしないから優良物件だぞ?ちなみにギャンブル系もしないな。」
「何言ってるんですか?! そんな優良ならとっくに食事でも誘ってますよ?」
「そりゃあ、そうか。アッハッハ······。」
そりゃあ、そうだ。
20代女子と50の男子スタッフじゃ、いくら何でも歳が離れすぎてる。
いくら良くても、俺がその立場だったとしてもないわーと、思うわ。
まぁ、それも軽いジョーク的なやり取りだってのは分かってるけどね。
そんなおバカなやり取りを流し聞きつつ、俺はスマホをポチポチ······。
うん、駄目だこりゃ。売ってねえ······もしくは売り切れ。
漫画なんかと違って部数も少なければ、ネットでバンバン売れるような物でもないから、取り扱いが少ないわ。
しょうがねぇなぁと、財布を漁る。
おお、いい所に樋口さんがいらっしゃった。彼女に働いて貰おう。
「おーい!三浦ちゃん、ちょっと来てー!」
雑誌を見つけてきた、メイク担当の子を呼び寄せる。
先程までおバカなやり取りをしてた彼女はササッと来てくれた。
「何ですか?酒井さん??」
「悪いんだけど、これでその雑誌をあと2冊買ってきてくれないかな?余ったお釣りは駄賃であげるからさ。」
ぱっとみて、ネットで購入できなかったので三浦ちゃんをまた使って買って来てもらおう作戦。
お釣りは駄賃であげるからと。
「2000円は余りますけどいいんですか?···いや、それよりもこっちはどうするんです?」
「ああ、こっちはまだメイクできる子がいるし大丈夫だろう。それに後は隠れるだけだから、ほぼメイクはしないからさ。」
そう。この後は基本隠れるだけだからメイクはいらないんだよね。
それに先程のインタビューでタレントさんが出たので、その時にメイクは一通りしてあるし。
だから、ある意味では彼女が1番適任である。
「それなら構わないですけど、買えなくても怒らないでくださいよ?その時はお金返しますけど······。」
「ああ、大丈夫! ···そうだな、一応1時半頃までには戻って来てくれるかな?そうすれば本番には間に合うだろうから。」
一応タイムリミットは設定しておいて、後は彼女に任せる。
買えなかったらそれはそれで仕方ないしな。
「了解です! では早速行ってきますね!」
そう言って早速行こうとした三浦ちゃん。
だたそこで、思いもしない待ったがかかった······。
「「「「待ってーー!」」」」
「はい??」
「ん?」
「三浦ちゃん、悪いんだけど俺のも頼む。1冊でもいいから。はい、これ。お釣りはあげるから。」
「私もお願い!」
「僕もお願いします!お釣りはあげますので、何としても買って来て!!」
「えぇーー!!??」
スタッフどころか出演タンレントさんからも頼まれてしまった三浦ちゃん。
なんだ······。結局みんな鈴宮さんのことを、随分と気に入ってるらしいじゃないか。
勿論、俺もその1人であるけれど。
「せめてあと1人。あと1人くださいよー。手分けしないと絶対に無理ですぅーー······」
誰からいくら預かったのかをメモりながら、そんな絶望の声をあげる。
その気持ちは分かるぞ。
1人1冊と考えても結構な数になる。しかも我々は、ここに土地勘がないと来た。
つまりだ。
コンビニなんぞは適当に走ってても何かしら店舗が出てくるけど、書店系は調べないと何処にあるのかが分からない。
車を運転する者と店舗を検索する者。
最低でもこの2名は必要だよな。
「仕方がない······。小林君、君も付いて行ってやってくれ。で、運転と店舗検索で手分けして時間まで探して来てくれ。済まんが頼むな?」
「了解です!」
急なお願いにも快く応えてくれた小林君。
はてさて。
一体何冊買えることやら······。
―― 鈴宮邸にて ――
晩ご飯も終わって一段落した頃、お風呂に入る前にお父さん達にある物をあげることにした。
「お父さん、お母さん。それに葵も。これをあげるね。プレゼントだよ。」
「なんだい?」
「何々??」
「何くれるの?おねーちゃん?」
三者三様に答えてくれて、其々に例の雑誌を渡していきます。
これは栗田さんのお店で取っといて貰った分の雑誌なんだ。
写真の受け取りに行った時に「雑誌にも載るみたいだよ」と聞いていたので、必要な分だけお願いしといたの。
まさか表紙を飾ったりだとか、特集?を組まれるとは思ってもみなかったけどね。
だから今朝、学校で志保ちゃんに雑誌を見せられた時は内心かなり驚いてたんだ。
だけどクラスの異様な雰囲気のせいで、その驚きも直に収まっちゃったけどね。
で、それぞれに雑誌を渡してガサゴソと紙袋を開ける3人。
最初に開けるのは誰かしら······?
「あっ!これは!!」
最初は葵だった。続いてお父さんとお母さんが同じくらいで開けたね。
「おおー!!」
「あらま〜〜♪」
「なにこれ!? ···お姉ちゃん! これこの間のウエディングドレスのじゃん!しかもこれ、結婚情報誌でしょ?しかも表紙!!すごいじゃん!!」
葵がテンションMAXだね。
しかも自分の事ではなく、姉の私の事なのに凄く喜んでくれてるから、凄く嬉しく感じる。
「そうなんだよ。元々の予定だった洋服も今回変更になったこのドレス姿もモデルで撮った訳だから、何処かのホームページだとか宣伝に使うのは分かってたんだけどね。まさかブライダル雑誌だとは思わなかったんだよ。おまけに何故か表紙だったし······、これには私もビックリなんだ。」
「そうなんだ···でも、さすがお姉ちゃん! いきなりで表紙を飾っちゃうんだから、私の自慢だよ♪」
「あら、それはありがとう♪私も葵の事、昔と変わらず好きよ。」
「うっ······。」
葵が私の事を嬉しそうに言ってくれるので、私も同じように返してあげた。
そうしたら葵は顔を赤くして照れちゃって······。可愛いやつめって思っちゃった♪
でもほんと、こういう所は小さかった頃と何も変わらない。
大きくなって直接のスキンシップは減ったけど、私の事を慕ってくれてるのは良くわかるもの。
「ママー!雪のことは〜?」
「ん?雪ちゃんのことはもっと大好きだよ。それこそ1番だからね!! 安心してね?」
「うん!!雪もママのこと、だーい好きだからね!」
葵との会話を聞いてた雪ちゃんが加わってきて、大好きアピールをしてきてそんな所もまた可愛いな♡
毎日顔を合わせてるから気付きにくいけど、日に日に言葉遣いもしっかりして来て身体も心も大きくなっていく雪ちゃん。
ママとしては、色んな意味で毎日が楽しくて嬉しくて幸せ。
それの中心には雪ちゃんが居てくれるからです。
「葵〜。話してないで中も見てごらんなさいよ。凄いわよー。」
私と雪ちゃんの会話の最中に雑誌の中を見たお母さんが、葵に中を見るように促してきた。
その声は葵と同様にテンションが上がってる模様です。
「え?! なにコレ···。こっちもお姉ちゃん特集??この間貰ったのと違う写真もあるけど、これもいいねー♪」
「そうね〜。貰ったのも良かったけど、これはこれで良いわね♪やっぱり雑誌に起用されるだけの物はあるわね!」
お母さんと葵は中の写真を見て、あーだこーだと色々と感想を述べ合ってる。
この辺は不思議とクラスの女の子たちと全く一緒だね。
やっぱり女性はこの手の話が好きだよな〜って感じるよね。
逆にお父さんは1人静かにじーーっと眺めてるんだけどさ······。
また泣かないでよ??
次の涙は葵の結婚の時にとっといて欲しいから。
さてさて。
そんな3人はまだ暫く雑誌を見てるだろうから、私はもう退室してもいいかな?
目的は果たしたし、それに私は雪ちゃんとお風呂に入るつもりでいたからね。
「雪ちゃん。そろそろお風呂行こっか?」
「うん!」
雪ちゃんを誘って、私はこれからお風呂タイムです。
私の本日の〆にして1日の中で1番楽しくて幸せな時間なのです。
着替えを部屋から2人分を持ってきて、私も雪ちゃんも準備もOK!
行ってきます♪




