ある日の出来事③-1 高2(挿絵有り)
新学期が始まって暫くたった4月のある日の朝の事。
出席確認を取り終わった高橋先生が、今日の伝達事項としてこんな事を言ったの。
「以前にも言ったが、2年生になって少しずつ進路というものを意識しないといけない時期になって来た。進学を考えてたり希望する場合は特にな。とは言ってもまだ考えてない子もいるだろうし、いきなりというのも無理なのは分かってる。故にコレを配る。」
そう言って最前席の私達にプリントを渡して来た。
そしてそれを後ろへと回した後に確認をするとそこには『第1回 進路希望調査』と書いてあった。
見てみると、第1希望から第3希望まで記入欄があるの。
これに記入しろってことだよね?
「皆、渡ったかな? 見てもらうと分かるように、第3希望まであるが第1希望だけでもいい。現時点で考えてる事を記入してくれ。大雑把でもいいからな?進学か、就職かだけでも。もし、具体的にある程度決めてるなら大学か専門学校か、叉は学校名とか書けることを記入してもらって今週中に俺まで渡してくれ。
これを元に近いうちに2者面談をする予定だからな。よろしく頼む。」
「うぇぇ〜、マジっすか!?」
「あははは···。まぁ、その気持ちもよく分かるがな。でも来年の夏までにはどうするか決めないといけないのは間違いないし、それなら今のうちから自分の事を考えるのも必要だぞ?就職ならまだしも、受験をするって決めるなら早いうちから対策した方が良いからな。」
そう伝えて職員室へ戻って行く高橋先生。
さてさて、どうしたものかな······。
先生の言うこともよく分かるし。
受験をするなら早くに勉強をした方が慌てなくていいけど、その大学選びとかは難しいとは思う。
大学自体もそれなりの数があるし、学部とかそういうのはもっと沢山あるし。
例えば同じような学部で同じ資格が取得出来たとして、A校もあればB校C校とあったりもするし。
それぞれ特徴や雰囲気も違えば場所とかの違いもある。
自分にあった学校を探すなら、早い方が時間的にも有利だよね。
それに受験費用も学費も決して安くはないから、そういう面も考えるならより慎重に決めないといけないのはあるよね······。
『途中で辞めます』なんて、お金を出してくれる親に悪いと思うから。
そんなプリントを前にして、クラスの皆もざわざわしてる。
「どうしよ〜??」
「俺まだ何も考えてないぜ?」
等などそんな声がちらほら聞こえたりして、まだ特に決めてないとか考えてない子とかが多いみたい。
「このはちゃんは、何か決めてるの?」
隣の席の茜ちゃんに聞かれた。
「私?」
「うん。このはちゃんてしっかりしてるから、そういう所ももう決めてたりしてそうだなーって思ったの。」
「あ〜、確かに。そんな感じがするよね。」
「何か参考にでもなれば···と思ってさ。ごめんね。」
「いいって。気にはしてないから。でも私のか〜······。」
茜ちゃんを始めとして周りの子達にも、そんな風に思われてたなんて思わなかったな······。
まぁでも、話しても問題はないけどね。
別に隠すような話でもないし、この手の話でインパクトが大きいのは雪ちゃんの存在だから。
それを知ってる以上は、それ程のインパクトはない。
「話すのはいいんだけど長くなりそうだから、お昼休みにしよっか?もう授業までの時間がそんなにないからさ?」
「そう···だね。もう先生来ちゃうもんね。じゃあ、お昼休みって事でいいのかな?」
「うん。いいよ。」
そういう訳でお昼休みを利用して話すことになった、私の進路絡みの事。
参考にと言われたけど、果たしてなるのかどうか······。
ーー お昼休み ーー
もはや恒例になったみんなでのご飯タイム。
進級して教室が最上階になった為に男の子ですら購買に買いに行くのはいなくなってしまった、そんな教室内。
女の子みんなで集まって食べ始めれば、話は自然と朝の話になって私へと移っていく。
「私の進路絡みの話だけど······正直に言うと悩んでるよ。」
「そうなんだ······因みにどんな感じなの?」
聞かれても別に隠すようなものでもないから、ここは正直に話します。
そのつもりだったからね。
「私はね、元々高校に入る気はなかったのよ。」
「「「「えっ!?」」」」
私の言葉に、みんなが一斉に驚いた。
「『高等学校卒業程度認定試験』っていう試験があってね。それを受けて合格すれば、高等学校卒業者と同等以上の学力がある者として認定されて、就職とかに活用出来たり大学入試の受験資格を貰えるの。
で、それを活用して就職するつもりでいたんだけどさ、色々あって去年ここに入学したのね。」
その色々というのは、お母さんに背中を押されて受験をしたっていう経緯があるんだけどね。
そしてそれには、お母さんなりの私への想いがあったんたけども。
「だから去年、1年生の途中までは卒業したら就職するって決めたんだけど、最近はちょっと考えが変わってきてさ···進学しようか悩んでる。ほら、私って雪ちゃんがいるじゃない。その関係もあるからさ。」
「ほぇ〜···そういう試験があるっていうのも初聞きだけど、このはちゃんが就職希望だったとは···。」
「高等学校卒業程度認定試験だっけ?初聞きだよね。」
「うん。言葉すら聞いた事がなかったよ。それにしてもなんか意外だね?私は進学1本だと思ってたよ······。」
「あれ?じゃあ、なんでこのコースにしたの?就職希望ならここって何か変じゃない?」
尤もなことを聞かれたけど、それもそうだよね。
だってここ、進学系のコースだしさ。
「まず学校選びは家から近かったからが1番の理由で、コースについては何も考えてませんでした。しいて言えば就職するならどこでもいいや的な······。テヘッ♪」
「テヘッ♪って、このはちゃ〜ん···可愛い♡」
この反応は茜ちゃん。
私より茜ちゃんの方が、とっても可愛いよ♪
「おぉ。まさかの家から近いかってのが理由だったとは······。これまた意外だ。」
「あ、もしかして雪ちゃんのお迎えとかが関係するの?」
「そうそう。当たり!それだね、選んだ理由は。」
そう言ったら、みんなは納得してくれた。
最初は驚いたけど理由を聞いたら、このはちゃんらしいねって。
で、選んだ理由。
お母さんに背中を押されて高校へ無事に入学したとする。
そうすると雪ちゃんを幼稚園へ送れなくなってしまうんだよね。
幼稚園の登園の時間は8時半〜9時の間。
学校はその時間だと出席確認をしたりする時間だし、毎朝遅刻というのもダメだしね。
だから、苦渋の決断で朝だけはお母さんにお願いした。
で、お迎えまでもお願いするのは絶対に嫌だったから、だったら近場の学校しかないよね?って理由でここを選んだだけ。
近ければお迎えにも行けるからさ。
「で、就職以外で悩むってなると進学しかない訳だけど、大学?専門?」
「大学かな。資格を取らないといけないんだけどさ、こればかりは親と相談しないといけないからね。だから悩んでる。まだ相談もしてないし······。」
普通の18歳なら家から大学なり専門学校なり通ったり、又は寮あるいはアパートなりを借りたりするんだろうけど、私には雪ちゃんがいるからね。
仮に進学するにしても、家から通える範囲でしか行く気はない。
それに本当は就職して稼いだ方がいいのは分かってる。
だから少し前まではそのつもりでいたんだけど、ここ最近はこの職業に付きたいなって思えるのが見つかったんだよね。
それには大学に行って資格を取らないといけない。
なかなか難しいよね······。
「みんなはどうなの?何か夢とかやりたい事とかあるの?」
逆に聞いてみます。
葵ともこういう話をしたことないから、この年頃の子はどう考えてるんだろう?と興味はあるよね。
「う〜〜ん···正直分からないってのが本音かなー??」
「私もだよ···。大学行ってまで学びたいってのは今のところ見つからないし、専門学校もなぁ······。」
「私は少し考えてる所はあるけど、まだ決めかねてる所はあるかな?どうしたらいいと思う?このはちゃん??」
みんなまだ具体的にはこれと言ってないみたい。
そんな中でも茜ちゃんは少し思ってる部分もあるみたいだね。
悩んでるみたいでもあるけれど。
「そうねぇ〜······。いきなり進路ってのも難しいよね? 私もさ、就職って思ってても具体的な職業とかは考えてなかったから。だからあまり偉そうなことは言えないけど、どういった職業があるのか調べたり考えたりとか、あとは······自分を見つめ直すとか?」
「調べるのと見つめ直す??」
「うん。アンケートとかで職業を問われると分かりやすいんだけど、それこそ色んな職種、ジャンルっていうのかな?あるのね。そういのを見てこういうのがあるんだーって思ったりもするから、為にはなると思うよ。あとはお父さんとかに仕事の事を聞いてみるとかね。みんなは、お父さんの会社は知ってても仕事内容までは知ってる?」
「うん。」
「私は知らないなー。」
「私もこの間までは詳しくは知らなかったんだよ。で、例えばこの飲み物を製造してる会社ですって言っても、所属する部署とかで業務内容は全然違ったりもするから、「え?そんな事をやってるの??」って驚くかもしれないよ?製造1つでも原料の管理や調合、メインの製造や完成品の管理·出庫担当、品質管理だっり新製品の開発部門とか。経理系の事務だったりマーケティングとか······。部署によってはパソコンでアレコレする知識が必要だったり、食品に対する幅広い知識が求められるとかがあるかもしれないし······。」
「すっごい······さすがこのはちゃん!」
「そういう所まで考えてるんだ〜!」
「じゃあ、見つめ直すってのは?」
「こっちは自分の好きな事とか得意なことを思い返して、それを活かす道を探してみるとか、かな?」
「得意な事か······。」
「学校関係なら文系が得意とか理数系が好きとかそういうのかな?
プライベートなら好きな事、特技、得意な事。そういった物を活かす仕事とか関係する物に関わる仕事とかね。で、それにつくには何が資格や勉強がいるのかな?とか調べてみて、必要に応じて学校に通うとか勉強するとかさ。」
「「「おお〜」」」
「例えば子どもが好きだから保育士になりたい。それには保育士資格がいる。なら資格を取りに学校に通うとかね。」
「「すっごーーい!」」
「為になるわ〜!」
「ただ···あれだよ。」
「「「「「???」」」」」
「みんなが進学するからって、無理して進学をしなくてもいいんだよ?大学って受験費用だけでも高いから無理して行って中退するよりは、後々学びたい事が出来た時に通うとかでもいいんだからね。
専門学校とか大学は何歳でも通えるから。」
色々と語ってはみたけれど、私だってそう感じたのはここ数ヶ月くらい前からだからね。
お父さんの会社に行ってお父さんの仕事内容を知った事とか、みんなに数学を教え始めたのをきっかけに気付いた事とかね。
そういうのを通じて今までただ漠然と就職って考えてたのが、これになりたいって思えるのが出来た。
「じゃあ、このはちゃんの大学で資格取るってのもそんな流れで?」
茜ちゃんが聞いてきます。
「どちらかと言うと、後者の方だけどね。それに気付かせてくれたのは他でもない、クラスの皆だよ?」
「「「「えっ!?」」」」
「私達??」
会話を聞いてたみんなが反応してくれた。
「私はね、教師に成りたいの。」
「「教師!?」」
「そ。教師。数学のね。私なんかの教えでみんなが『教え方が上手』とか『分かりやすい』って言ってくれたりしたでしょ。そういうのを聞いてさ、『じゃあ、もっと分かりやすく教えたり説明したりするのはどうしたらいいかな?』って考えたりするようになってさ。そうしてる内に考えてるのが楽しくなってる自分に気付いて、同時に教えてるのも楽しくて幸せな時間だなって感じるようになって·····。」
「ただ教えるのが仕事じゃないのは分かってる。大変だってのもそれなりには理解してるつもり。それでも、教師って職業に成りたい、就きたいて思ったの。そういう風に思わせてくれたのが、他でもないクラスの皆なんだよ。」
「このはちゃん······。」
「私、このはちゃんを応援するよ!頑張って!!」
「私も!」
「俺も!」
「みんな···ありがとう♪」
みんなが応援してくれる。
他でもない気付かせてくれたクラスのみんなが。
そんなみんなの応援に応えられるように、私は頑張りたいなと思います。




