88◇最短距離
お姫さんの姉であるオルレアちゃんを含む、多くの聖者が囚われの身となってしまった。
敵の首魁は、形骸種を支配下に置くという破格の能力を持つ十二形骸――『監獄街の牢名主』。
奴をぶっ殺し、オルレアちゃんたちを救い出す為に救出部隊が編成された。
部隊は四方から封印都市に突入。
『片腕の巨人兵』フィリムとの戦いで共に戦った十二聖者『炎天』と『霧雨』の他に、殺人鬼の聖騎士がいる『日蝕』ペアも参戦。
あとは俺とお姫さん、マイラと元『吹雪』のネモフィラが四人で一方向だ。
領域内に踏み入ると、それまでの都市とは様子が違うことに気づく。
「都市って感じじゃないな、これは」
「そ、そうですね。我々が知る封印都市とは雰囲気が大きく異なります」
お姫さんが同意する。
今の彼女は、大きな背嚢を背負っていた。
その中に魔石が入っているのだ。
ちなみに、残りの三方向に散った仲間たちの聖女も、それぞれ偽装の為に背嚢を背負っている。
肉の鎧を復活させる秘術には、術の使い手と魔石が必要不可欠。
魔石をどのチームが持っているか分からなければ、それが壊れるのを恐れ、それが敵軍の動きにも影響が出る……かもしれないとの判断からだ。
まぁ気休めのようなものだが、通じる可能性があるのならしないよりはした方がいい。
「監獄街という名は、封印後につけられたものですから」
ネモフィラが補足する。
「あぁ、そういやそうか」
『監獄街』とは言うが、元々は開拓の為に奴隷や罪人を送り込んでいた土地なのだ。
別に罪人を閉じ込める為の街だったわけではない。
さて、そんな開拓途中だって土地だが……。
まともな都市が築かれる前段階なので、現在は原野と表現した方が実態に即している。
辛うじて石畳が敷かれているあたり、三百年前は馬車の行き来などもあったのだろう。
粗末な住居などもあったのかもしれないが、今は影も形もない。
視界は開けており、遠くに石組みの建造物が見える。
その周囲にだけ、壁なども築かれている。
元々あったというより、この三百年で構築したのだろう。
都市の死者を使役出来るのなら、それくらいは出来そうだ。
「目指す場所が見えてるのはありがたいが、お客さんもよく見えるな」
背後を除く三方向から、死者の群れが迫っているのが丸わかりだった。
土煙を上げながら、数百ではきかない規模の死者が押し寄せてくる。
こっちから敵が見えるのだから、敵からもこちらが見える。
見晴らしがいいということは、隠れるところがないということでもあるのだ。
確かに、こんな状況で敵に囲まれるのは厄介だ。
先んじて突入した者たちが窮地に陥るのも頷ける話だ。
実際はもう少し進んだところで、四方を囲まれてしまったのだろう。
敵の接近に気づいても、逃げ隠れする場所がなければ囲まれるだけだ。
もう人質はいるので、俺たちには最初から全力のようだ。
魔石持ち候補がいてもお構いなし、か。
後退してもいいが、そうすればオルレアちゃんは取り戻せない。
つまり、目に見えている危機にも、俺たちは飛び込むしかない。
「よし、まっすぐあの建造物に向かって走るぞ」
「……何か策があるのですね?」
お姫さんの言葉に微笑みを返す。
「あぁ、死者を殺すのは任せてくれ」
マイラとネモフィラも文句はないようで、全員で駆け出す。
俺は剣を抜き放ち、それを右手に持ちながら疾走。
「――竜灼骨」
刃が紫色に染め上げられる。
十二形骸『毒炎の守護竜』エクトルの能力を宿した状態だ。
虚空に向かって一閃すると、斬撃に沿って紫炎が吹き上がり、前方の敵全てを飲み込む。
敵は炎に包まれ、即座に炭化。
風に吹かれて世界に消える。
「……なんという火力。なるほど、アルベール様のお力を理解した者しかいない今、十全に『神心の具現』を揮うことが出来るのですね」
感心と得心を滲ませて、ネモフィラが言う。
まさに彼女の言う通り。
仲間がどれだけ頼もしくとも、俺が死者だとバレてはいけないメンバーだと、どうしても戦い方が制限される。
だが今は、俺の正体を知っている者しかない。
他は敵だけ。
ならば全力で突っ切っても問題ない。
「ですがアルベール、左右からも……!」
「分かっているとも」
俺が剣を振るうと、紫色から黄金色へと剣身の色が変わった。
「――郷荊骨」
まるで並木道のように。
俺たちの左右の地面から、茨の群れが突き出て複雑に絡み合った。
無数の死者たちは茨の壁に突進し、堰き止められる。
「これは……」
ネモフィラが複雑な表情になる。
十二形骸『黄金郷の墓守』セオフィラスの能力だからだろう。
セオフィラスは、ネモフィラにとって二人目の聖騎士だったのだから。
「……手にしたばかりの力を、既にここまで操れるとは。さすがアルベール殿です」
真剣な顔で感嘆するマイラ。
その素直さに頭を撫でてやりたいが、生憎と今は疾走中だ。
帰還してからにしよう。
――しかし、妙に静かだな。
いや、足音や骨が茨の壁にぶち当たる音は騒がしいくらいなのだが、声がしないのだ。
三百年も経てば、死者たちも生前のように言葉を話せるようになっている。
かつては俺や義父のダンのように、適応の早かった者のみだったが、今では違うわけだ。
こちらを祝福しようと話しかけてくる形骸種に対し、手が止まってしまう聖者もいるくらいなのである。
だが、今俺たちを襲撃している死者たちは、かなり無口だ。
『監獄街の牢名主』は他の形骸種を操る。
――隷属させるのではなく、意思のない人形のようにする力なのか?
主従関係を強いるタイプの能力であれば、逆らえないながらに口は利ける筈。
誰一人として口を開かないのなら……喋れないと考えた方が自然か?
「アルベール! 防壁が突破されそうです!」
茨の壁で俺たちの進行方向は分かっているので、それを先んじて潰そうと、物量で攻めてきたのか。
前方の壁が、今にも倒れそうなほどに撓んでいる。
再度能力を発動し、別途茨を生み出して軍勢を薙ぎ払ってみるが、時間稼ぎにしかならない。
都市中の形骸種を操る能力は伊達ではないということか。
「――揺響骨」
剣身の色が灰色へと変じる。
俺は走りながら、切っ先を石畳に擦らせた。
「少し揺れるが、転ばないようにな」
数瞬ののち。
大地が鳴動した。
巨人が大陸の端を掴んで、左右に揺すっているかのような、そんな震動だ。
「ま、まさかアルベール様!?」
茨の壁で三人には状況がよく掴めないだろうが、ネモフィラはピンとくるものがあったらしい。
それもその筈。
これはセオフィラスが別の十二形骸から奪った力だ。
あいつを殺して、俺がそれを奪った。
十二形骸『天庭の祈祷師』の能力だ。
『震動伝達』。祈祷師はこの力で山崩れを引き起こしていたらしい。
俺はこの力で、大地を割った。
大地に亀裂が入り、その裂け目の中に敵の軍勢が落ちていく音がする。
「……敵の攻勢が、やんだ?」
マイラが不思議そうな顔をする。
何が起こったか分かっていないのだから、当然の反応だ。
「アルベール……大丈夫ですか?」
お姫さんが気遣わしげに俺を見上げていた。
固有能力は、使うほどに精神が消耗するのだ。
無理して発動し続けることも可能なのだが、何かが失われていくような感覚に襲われる。
それで二度目の死を迎えてしまうなんてことになるのは最悪なので、限界に挑戦したことはなかった。
呪いの元凶を殺すまでは、死ぬわけにはいかないのだ。
「あぁ、大丈夫だよ」
「オルレア様の為に、ありがとうございます……アルベール殿。それに引き替え、私は無力ですね……」
主を置いて帰還したことが、彼女の自信を削いでしまったようだ。
「何を言ってるんだ。マイラ、お前にはやってもらうことがある。その為にも、ここで戦わせるつもりはないってだけだよ。それとも、今からでも帰るか?」
「……! いいえ、オルレア様を取り戻す為に死力を尽くします」
「その意気だ。とはいえ、死なせはしないがな」
死ぬ気の覚悟はいいが、こんなところで義弟の子孫を死なせるわけにはいかない。




