86◇救出作戦参加者
お姫さんの姉であるオルレアちゃんを含む、多くの聖者が、封印都市の中で行方不明となった。
特別な死者――十二形骸『監獄街の牢名主』が支配する領域で、だ。
学内最優秀の十二組『色彩』を担う『黄褐』セルラータ・ユリオプスペアも行方不明になっており、友人としては安否が気にかかる。
なんとか帰還したのは、オルレアちゃんの相棒であり、義弟ロベールの子孫でもあるマイラのみだった。
彼女の報告によると、牢名主はオルレアちゃんの記憶を読み、俺の存在を知ったという。
そして自らも肉の鎧を取り戻す為、魔力入りの特大魔石を持ってこいと要求。
牢名主は『霊魂掌握』と呼ばれる、死者を操る能力を持っている。
能力持ちの個体までもを支配下に置いており、都市の全ての形骸種が軍のように動くのだ。
その厄介さは、『色彩』七組と正規の聖者多数が帰って来なかったことからも分かる。
マイラの話では、多くの聖者が生きたまま捕らえられていたらしいが……。
「アルベール様、アストランティア様」
空色に近い髪をした聖女、ネモフィラが駆けつけてくれた。
俺たちの前任『雪白』であり、少し前まで十二聖者『吹雪』の称号を与えられていた聖女。
十二形骸『黄金郷の墓守』セオフィラスを都市の外に連れ出して聖騎士にしていた、心の病んでいた少女。
最初の相棒を失ったことで心に深い傷を負った彼女は、形骸種への憎悪を募らせて暴走したが、最終的にはそれを乗り越えた。
友人となった彼女に、今回俺が応援を頼んでいたのだ。
先程までいたお姫さんの祖母は、席を外して姿がない。
「ネモフィラ様、ご助力感謝いたします」
お姫さんが礼をする。
「よいのですよ。お二人に恩を返す、よい機会です」
ネモフィラちゃんがよく笑うのは変わらないが、その笑顔に感情が乗っているのが大きな違いだ。
今は年相応の貴族令嬢といった雰囲気で、大変好ましい。
「ありがとな、ネモフィラちゃん。……まぁ、取り敢えず魔石はこっちでも用意できそうって話だよ」
「そうなのですね」
彼女にはオルレアちゃん救出が許可されなかった時、勝手に向かうことに備え、魔石を頼んでいたのだ。
しかしお姫さんの実家が出してくれることになったので、使わずに済んだ。
ネモフィラは無駄足だと怒ることもなく、嬉しそうに微笑む。
正式に救出作戦が組まれるということだからだ。
俺たちだけがこっそり向かうのとでは、成功率も変わってくる。
と、そこで戸が叩かれ、俺とお姫さんに呼び出しが掛かった。
「ネモフィラちゃんも来てくれるか? もしかしたら、頼み事が出来るかもしれない」
「……? えぇ、承知いたしました」
俺たちは広めの会議室へと案内された。
どうやら、救出作戦のメンバーが集まっているようだ。
島での訓練から戻ったあとに動き出した俺たちと違い、元々内地いた者たちは事前に準備を進めていたのだろう。
建前の救出作戦から、実際に救出を試みるものへと変化したのはつい先程のことなので、変更点を含め会議を行うようだ。
参加メンバーは少数精鋭。
大人数での投入が失敗してのこの状況なので、分かる話だ。
指揮官と思しき中年の男と、三組の聖者がいた。
参加者ではないが、お姫さんのお祖母さんの姿もある。
「アルっち、ティアっち、ネモちー」
赤と黄を混ぜたような色合いの髪を、右サイドテールに結った、ド派手で快活な女性。
十二聖者『炎天』の聖女、カンプシスちゃんだった。
「やはり来たか、アルベール」
どこか嬉しそうな顔で頷くのは、金髪長身イケメン。
『炎天』の聖騎士のグレンだ。
童女にしか見えない『霧雨』の聖女イリスレヴィちゃんと、対照的に背の高い狐目の美女『霧雨』の聖騎士リコリスちゃんもいる。
二人は声を出さなかったが、イリスレヴィちゃんがこちらに気遣うような視線を向け、リコリスちゃんが片手を小さく上げて振ってきた。
そしてもう一組。
一人は、明るめの金髪をした、真面目そうな眼鏡の聖女。
そしてもう一人は、黒い髪に黒い目をした少女聖騎士、の筈だが……。
異様なのは、口枷手枷足枷をされていることだ。鎖まで巻かれているし、何故か剣は聖女の側が所持している。
唯一自由な目で、こちらをじぃ、と見ている。
妙な格好だが、しっかりと、十二聖者であることを示す腕章がついていた。
「当作戦は、十二聖者『炎天』『霧雨』『日蝕』、そして色彩『雪白』の四組を動員して行われる」
指揮官の説明によると、やはり十二聖者だ。
「……『日蝕』の聖騎士は、元は、強者ばかりを狙った殺人鬼です。聖騎士を含む三十二名の犠牲者が出たあと捕縛されましたが、減刑と引き換えに死者の還送を引き受けたのだとか」
ネモフィラちゃんが耳打ちしてくれる。
――なるほど、危険人物だから拘束されているわけだ。
にしても、そんな大罪人を使うくらいなのだから、よっぽど強いのだろう。
殺人鬼という経歴を踏まえた上で十二聖者に抜擢されたのだから、実績も相当積んだ筈だ。
こんな状況でなければ手合わせ願いたいのだが。
救出作戦の内容はシンプル。
四組による、四方向からの突入。
牢名主が多数の死者を軍のように操れるとは言え、一人で四方を守るのは簡単ではない。
敵の意識を分散させつつ、十二聖者の火力を存分に活かそうというわけだ。
「あ、あの、四方から侵入して形骸種の軍勢と戦ってしまえば、牢名主が憤って人質を手にかける可能性があるのでは……っ?」
お姫さんが不安そうに言う。
「その通りだ。だが、聖女オルレアが殺されることはないだろう。彼女の死が確認できた瞬間、取引は中止となる。貴殿らは結界の外へ撤退。それが難しい場合は魔石の魔力を使い切った上で破壊してもらうことになる」
膨大な魔力で周辺の死者を還送し、魔石が再利用されないよう壊せということか。
俺は一つ頷いて、お姫さんに説明する。
「俺たちは実質、互いに人質を抱えてる状態だ。相手は俺たちが撤退しない範囲でしかちょっかいを掛けてこられない。俺たちは魔石を持って街の中心に向かうしかない」
敵は欲しいものを俺たちが持っていると知っている。
だからそれを奪おうと軍を差し向ける。奪えれば、取引の必要なくやつの勝ち。
俺たちはそれを排除して、敵兵を削りながら将のもとへ向かう。
取引の場まで到着し、オルレアちゃんを取り戻せば俺たちの勝ち。
まぁ、そのまま撤退を許すようなやつではないだろうから、最後は牢名主との殺し合いになるのだろうが。
むしろ、それが理想のパターンだ。
「我々が撤退できない範囲で、他の人質を殺める可能性はあるのではないですか……?」
「それを言うなら、作戦に参加する俺たちが死ぬ可能性もある。だからってオルレアちゃんを諦めるかい?」
「そ、それは――」
「俺たちは聖者だ、お姫さん。みんながオルレアちゃんを助けに行くのも、君のお姉さんだからじゃなく、そうする必要があると判断されたからだ。もし君が人質になった時、自分に配慮して救出チームに動揺してほしいかい?」
「……いいえ、職務を全うして頂きたいです。そのことで、わたしが死ぬことになっても」
「そうだな、それが正しい。そして君がそう考えているように、人質になっている全ての聖者が同じ覚悟を持っているんじゃないか?」
俺たちは、形骸種を殺す為の職業を選んだのだから。
「……その通りです」
「まぁ、俺がいるからお姫さんが死ぬことはないんだが」
俺の言葉に、お姫さんが微かに笑う。
「みなさまも失礼いたしました。未熟者ゆえ、取り乱してしまい……」
お姫さんの善良さは、失われてほしくない尊いものだと思う。
だが時に救えない命が出てくることも理解しないと、人を救い続けることは出来ない。
「ど、どうか私も参加させてください……!」
部屋に飛び込んできたのは――マイラだった。
誰も驚いた様子を見せない。
俺も、こうなると思っていた。
「……聖騎士マイラ、聖女を欠いた君が封印都市に入ったところで、転化して終わりだとは思わないのか」
指揮官が厳しくも正しい言葉を投げかける。
俺はちらりと、ネモフィラちゃんを見た。
彼女は俺が自分を招いた理由を、即座に察したようだ。
「聖女ならここにおりますわ」
「……聖女ネモフィラ。まさか、この為にわざわざ?」
「ふふふ、『深黒』も『黄褐』も、こちらにいらっしゃる『雪白』も『炎天』も『霧雨』も、みなさま共に戦った戦友ですもの。見てみぬふりなど、出来るわけもなく」
「貴方は引退した身では?」
「十二聖者ではなくなっただけで、聖女それ自体の資格は失っておりません。あとは指揮官様のご判断次第かと」
指揮官は、お姫さんのお祖母さんをちらりと見た。
マイラは孫娘オルレアのパートナーなので、配慮したのだろう。
お祖母さんが溜め息を共に頷くのを確認し、指揮官もマイラとネモフィラの臨時タッグを認める。
「ネモフィラ様……! この御恩は忘れません」
さて、これで五組か。
お姫さんと二人で行くことも想定していたので、だいぶ増えた方だろう。




