85◇交渉
『監獄街の牢名主』に、オルレアちゃんを含む複数の聖者たちが捕らわれてしまった。
奴が解放と引き換えに要求してきたのは、たっぷりの魔力を含んだ魔石だ。
その魔石と、オルレアちゃんがいれば、奴は俺と同じように肉の鎧を取り戻すことが出来る。
そしてそうなれば、これもまた俺と同じように、結界を通り抜けることも可能になる。
オルレアちゃん達を救い出すには、ひとまず魔石を用意して都市内に入る必要があった。
要求を無視したと見なされれば、その時点で人質たちが殺される可能性があるからだ。
しかしここで問題が一つ出てくる。
俺にも、そしてお姫さんにも、牢名主の求める魔石は用意出来ないのだ。
それを供出出来るのは、お姫さんの実家の方。
より正確には、お姫さんの父親だ。
だが、こんな状況でも当主との面会は簡単にはいかないらしい。
代わりに、グアルガムト最寄りの街へとやってきたのは、お姫さんの祖母だった。
マイラは別室で休ませ、お姫さんと二人で彼女を迎える。
若き頃はさぞ美しかっただろうことが想像に難くない、白い髪の穏やかな淑女。
「……貴方が、アルベールね」
「お初にお目にかかります」
どんな時でも、女性への対応は丁寧に。
礼をする俺を見て、彼女は孫でも見るような顔で微笑む。
「アストランティアからの手紙には、いつも貴方のことが書いてあるわ」
どうやら学院に通い始めてから、祖母に近況報告の手紙を書いているらしい。
「それは光栄ですね」
「とても優れた聖騎士だと、いつも褒めているのよ」
「……今回も、聖騎士としての力を発揮し、オルレア様を奪還出来ればと考えています」
やんわりと、話を本題に向ける。
「そのことだけれど」
お祖母さんは一度お姫さんを見て、それから口を開いた。
「……あの子の言葉を伝えるわね。――『救出作戦への参加は許可する』そうよ」
あの子というのは、現当主だろう。
お姫さんの父であり、お祖母さんの息子。
「よ、よかった……!」
お姫さんがほっとしたのも束の間、お祖母さんが首を横に振る。
「いいえ、アストランティア。これはそういう話ではないの」
「お、お祖母様? どういうことなのですか?」
「……当主様は、オルレア様を救えないものと考えているのですね。その上で、建前上、救出する素振りは見せろと」
「あら、優れているのは武力だけではないのね」
俺の言葉に、お祖母さんが驚いたような顔をする。
取り乱したのは、お姫さんだ。
「なっ……! ま、待ってください! あ、あの、まだそちらには伝わっていないでしょうが、牢名主はお姉様を解放する為の条件を――」
「アストランティア。我々は、形骸種と公式には交渉しないわ。分かっているでしょう?」
俺との取引も、墓守セオフィラスとの取引も、当然だが非公式かつ、秘密裏に行われたものだ。
だが、これから行う救出作戦は、複数の聖者が関わることになる。
つまり、複数の貴族家、勢力が関わるわけだ。
そんな中、十二形骸を結界の外に出しかねない魔石の運び入れなど、許可されよう筈がない。
百人にも満たない聖者の命と、世界の平和。
どちらが大事かなど、問うまでもないというもの。
身体から力が抜けてしまったのか、ふらふらとよろめくお姫さんを、俺はそっと支える。
「……み、見捨てるおつもりですか?」
「オルレアも覚悟はしている筈でしょう」
お祖母さん自身、それを言うのがどれだけ辛いことか。
苦渋の決断であることが、表情や声から痛いほど伝わってきた。
どれだけ正しかろうと、世界と孫娘を天秤に掛け、世界をとらねばならないことが、辛くないわけがない。
「形骸種と交渉はしない。これは私も正しい判断かと思います」
俺はそう口にしてから「ですが」と続ける。
「交渉に応じると、敵に思わせることが必要です」
「あら、アルベール。どういうことかしら?」
お祖母さんが興味を抱いたようなので、牢名主の要求などを伝える。
「……なるほど、人質が生きていなければ、こちらは交渉に応じる理由がない。少なくとも本物の魔石が運び込まれるまで……いいえ、こちらが破壊することを考えると、牢名主側が魔石を確保するまでは、オルレアは生きている可能性が高いでしょうね」
「えぇ、まさに」
さすがは姉妹の祖母、話が早い点もよく似ている。
「けれどアルベール、話を詳しく聞くほどに、オルレアたちは見捨てるべきだという判断の妥当性が強まるとは思わない?」
オルレアちゃんたちを救うには魔力入り魔石を持っていくしかないが、持っていけば牢名主の肉体復活の可能性が高まるのだ。
最初から人質を見捨てておけば、危険は回避できる。
そう考えるのは自然なことだ。
「いいえ、そうは思いません」
お祖母さんが、怪訝な顔をする。
「どういうことかしら」
「この程度のことは、牢名主でも理解できた筈だからです」
「……? ――まさか」
「はい。奴にとっては、どちらでもいいのでしょう」
お祖母さんが思案顔になる。
「我々が交渉に応じずとも、復活する方法があると?」
「私が肉の鎧を取り戻した際、当主数代分の魔力が込められた、巨大な魔石を目にしました」
「えぇ、魔女の呪いを相殺するのには、膨大な魔力が必要になるわ」
「そう、必要なのは魔力です。巨大魔石ではない」
つまり、小さな魔石だろうと、それを何十何百も集めて魔力を満たせば――結果的に必要な魔力は賄える、ということになる。
「で、ですがアルベール、そんな魔石が一体どこに」
話を聞いていたらしいお姫さんが、不安そうな顔で言う。
「いいえ、アストランティア。都市の中にあるのよ。これまでの三百年の間に、都市内で戦死した聖者たちの装備品、という形でね」
「――戦死した聖者たちの荷物を漁り、魔石を蒐集していたというのですか? で、ですがそれはおかしいです。牢名主が術式について知ったのは、お姉様を捕らえたあとのことで……」
「いや、生き返る為に魔石を集めてたんじゃない。というか、戦死者の装備は根こそぎ盗んでたんだと思うぞ。そういう戦利品の中で、今回、魔石に利用価値が生まれたんだ」
「あ……」
お姫さんも理解できたようだ。
「アルベール、要するに貴方はこう言いたいのね? オルレアを見捨てても、牢名主は復活すると」
「その通りです。むしろ、我々はなんとしてもオルレア様を奪還しなければならない。何故ならば――」
「こちらが交渉に応じる素振りを見せないのなら、オルレアを生かしておく必要がない。殺した上で、己の支配下に置き、いずれ魔力が溜まった暁には、術式を発動させる」
お祖母さんの言葉に、俺は頷く。
「我々が話し合うべきは、交渉に応じるか否かではありません。どのようにしてオルレア様を取り戻すか、その一点についてのみが重要なのです」
奴が交渉してきたのは、もちろん俺の能力を奪う為もあるだろうが、それだけではない。
魔石の数はなんとかなっても、肉の鎧を復活させる為の魔力はすぐには揃わない。
もし魔力さえも、これまでの三百年で溜めていたのだとしたら。
マイラを逃がすなんてことはせず、こちらに情報を与えないまま、都市の外に逃げる方が賢い。
やはり、奴はまだ都市内にいて、オルレアちゃんも生きていると考えていいだろう。
「オルレア様を生きて取り戻し、名誉も世界も守るか。見殺しにしたあとで、地に落ちる名誉と終わる世界を眺めるか。賢明な者ならば、後者は選ばないかと」
「……ふふ、その知恵は、この三百年でつけたものなのかしら?」
「年上の知恵の方が受け入れられやすいということなら、それで構いませんよ」
こう見えて、俺は三百歳超えなのだ。
「素晴らしい聖騎士を得たわね、アストランティア」
「お、お祖母様?」
「アルベール。貴方の考えは理解したわ。これならばあの子も納得せざるを得ないでしょう。先程も言った通り、救出作戦は決行されるわ。これを建前上のものとするのか、あるいは本気で人質奪還を目指すのか、正直まだ決まっていなかったのだけど――これで決まりね」
「あ、あの、お祖母様。お姉様を救うには、魔石が必要で――」
「こんなこともあろうかと、当家の予備を持ってきているわ」
「よ、予備……?」
「正確には、復活させた『骨骸の剣聖』が暴走した際、彼を還送する為のものだったのだけどね」
「あぁ、それは重要ですね」
俺は微笑んで頷く。
確かに、一旦味方に引き込んだあとで、俺が呪いに侵される可能性もゼロじゃない。
その時に、首を斬れるならそれでいいが。
無理ならば、聖女の魔法で還送するしかない。
十二形骸を還すなら、相応の魔力が必要。
というわけで、復活用と同じ特大魔石を用意し、そっちにも魔力を溜めていたわけだ。
「えぇ、でも貴方には必要なさそうだから」
「そうでしょうか?」
「見ていればわかるわ。貴方がアストランティアを裏切ることは決してないのだと」
微笑ましげな顔をしているお祖母様。
そう言えば、先程からずっと俺はお姫さんを支える為に、肩を抱いていた。
お姫さんが顔を真っ赤にし、俯いてしまう。
「で、ですがお祖母様。報告はまだ届いていなかった筈ですが、何故魔石を用意しようと思われたのですか?」
タイミング的に、お祖母さんに入った情報は、オルレアちゃんを含む聖者たちが未帰還、というところまでの筈。
マイラ帰還の報も、彼女からもたらされた情報も、まとめて報せを出すより先に、お祖母さんは到着したのだ。
「簡単よ。私の孫娘を攫った愚か者は、なんとしても還送しなければなりませんからね」
にっこりと笑う老婦人は、笑顔の裏に凄まじい殺気を隠しながら言った。
なるほど、この御方は、最初から牢名主を見逃すつもりなどなかったのだ。
「それよりも、こちらも訊きたいのだけど。アルベール?」
「なんでしょう?」
「貴方は確信を持って動いているようだけど、私のように物分りのいい大人ばかりではないでしょう? もし許可が出なかった時、必要な魔石をどう確保するつもりだったの?」
「あぁ、私とアストランティア様には良き友がおりますので、彼女の力を借りるつもりでおりました」
と、そこで俺たちが会話していた部屋の戸が叩かれる。
お祖母さんが入室の許可を出すと、恐縮した様子で事務所の職員が顔を覗かせた。
「お話し中、申し訳ございません。元十二聖者『吹雪』の聖女ネモフィラ様がお越しです」
実は、港で伝令の男から報告を受けた直後に、彼女に急使を出していたのだ。
墓守セオフィラスが命を賭して守った聖女。
あの件以来、彼女は聖女の引退を表明し。
俺とお姫さんの目的達成を助けてくれると約束した。
何が必要になるか分からなかったので、ネモフィラに色々と頼んでおいたのである。
彼女の家もまた、十二形骸を復活させる術式を持つ一族。
お姫さんの家と同じならば、こちらも予備の特大魔石の用意がある筈だ。
もし必要なものが俺たちに用意できなかった場合、用意できそうな者の力を借りられるよう準備を進めていたのである。
「……本当に、素晴らしい聖騎士を得たわね、アストランティア」
お祖母さんは、感心するような驚くような、複雑な声で言った。




