84◇囚われの身
伝令から聞かされた詳細な報告は、こうだ。
十二形骸『監獄街の牢名主』が封じられた都市グアルガムトにて、異変が察知された。
形骸種の姿が確認できなくなったのだ。
無論、奴らが勝手に消えるわけもない。
牢名主には、形骸種を操る能力があるとされる。
その力が、街全体とは言わずとも、それに近しいレベルで浸透したのではないか。
つまり、封印都市内の死者の大半が、牢名主の支配下に置かれてしまったのではないか。
そういう仮説が立ち、調査の為に実力者が送られることになった。
学生からは――
『深黒』マイラ、オルレアペア。
『滅紫』クレイグ、セティゲルムペア。
『黄褐』セルラータ、ユリオプスペア。
といったオルレアちゃんの班に加え。
『翠緑』『青藍』『浅黄』といった、学内最優秀十二組『色彩』から更に三組が動員された。
正規の聖者もそれなりの数が調査に入ったようなのだが、生還者はたった数組だったという。
「あぁ……!」
崩れ落ちそうになるお姫さんを支えながら、俺は続きを聞く。
「……その数組ってのは?」
伝令が言うには、帰還したのは正規の聖者数組のみ。
残念ながら、巨人兵フィリム討伐作戦を共に乗り切った『黄褐』の二人も、未帰還だという。
帰還した聖者によると、侵入直後は不気味なほど都市内が静かだった為、調査隊はゆっくりと中央部へ向かった。
そこで襲撃に遭った。
敵はまるで訓練された軍団のように統率のとれた動きをしており、その圧倒的な物量も相まって、それは死者の群れというより、もはや津波に襲われるようなものだったという。
呑み込まれたあとは、普段どおりの己など発揮できる筈もない。
すぐに自分がどこにいるのかも、仲間がどこへ行ってしまったかもわからなくなり、ただひたすら加護を維持し、目の前の死者を還送して、苦境から抜け出せる時を待つしかなかった。
運良く波から弾き出された数少ない者だけが、結界の外まで逃げられたのだ。
「待て。じゃあ、未帰還者全員の死んだ姿が確認されたわけじゃないんだな?」
俺の問いに、伝令の者が頷く。
「は、はい」
もちろんその場でも戦死者は出たかもしれないが、色彩に数えられる実力者たちならば、逃げ延びている可能性はある。
その場合、結界の外に出られない事情があるということになるのだが……。
「だってよ、お姫さん。俺は、あの子たちが簡単に死ぬとは思えないんだが、君はどうだ?」
俺の言わんとすることを理解したのか、彼女がそっと顔を上げる。
絶望の底に一筋の光が差したような、儚げな表情で、お姫さんは呟いた。
「お姉様が、生きているかも、しれない?」
「死んだと確認できるまでは、生きてると考えて行動すべきだろ。というわけで、助けに行ってやろう」
「た、助けに……」
うわごとのように呟く彼女に、俺は挑発するような言葉を向ける。
「それとも、どうせ死んでると決めつけて、めそめそ泣くかい?」
彼女がハッとした顔をする。
「……い、いいえ」
「ん?」
俺が首を傾げると、少女は己を奮起させるように両手をきゅっと握り、大声で返事した。
「いいえ! 助けに行きます!」
「だよな」
俺は伝令に向き直る。
「そのあたりはどうなってるんだ?」
「わ、私の方ではなんとも……」
「それもそうか。この場合、学院に戻るのが一番話が早いか?」
実際は正規の聖者を雇う祓魔機関が、作戦などを立案・許可している筈だが。
学院はその育成機関なので、確実に組まれるであろう救出作戦に、俺たちが志願することも出来そうなものだ。
「そうしましょう。すぐにでも学園に戻り、許可を得て――グアルガムトへ」
「お供しますよ、アストランティア様」
俺とお姫さんは仲間たちよりも一足先に、学園に戻ることにした。
◇
馬車を急がせ、学園に戻ると、事態は進展していた。
更なる生還者が現れたのだという。
そして、俺とお姫さんのグアルガムト行きは、驚くほどすんなり許可された。
俺たちが色彩の一角『雪白』であるということ、公式に二体の十二形骸討伐に大きく貢献したこと、未帰還者たちの家格などが関係しているのだろう。
死が近い職業とはいっても、誰だって自分の家の者がピンチならば助けたい。
戦死ではなく行方不明ならば、急ぎ救助させようと動くのも当然。
そういった後押しを受ければ、学園としても無視はできない。
なにせ、聖女の大半はお貴族様なのだ。
とにかく、俺とお姫さんはそのままグアルガムト最寄りの街へ。
街に到着すると迎えがやって来て、祓魔機関の事務所と案内された。
現在は、最新の帰還者から事情を聞いているところらしい。
これといって特別なところのない、雑然とした事務所内を進むと、扉の一つが開き、部屋の向こうから人影が現れる。
「……アルベール殿!」
その人物とは――。
「マイラか!」
義弟ロベールの子孫、金髪碧眼の聖騎士マイラだ。
彼女の制服はかなりボロボロだった。傷は治療済みのようだが、相当憔悴しているのが見て取れる。
彼女は俺の隣に立つお姫さんを見るなり、床に膝をつけた。
「アストランティア様……! 申し訳ございません!」
「ま、マイラ……?」
お姫さんの顔に不安が広がる。
「……オルレアちゃんは一緒じゃないんだな」
「マイラ。お姉様は、お姉様はどうなったのですか?」
お姫さんは、叫びだしそうになるのを必死に堪えているようだった。
「オルレア様は――牢名主に囚われてしまわれました」
「囚われた?」
その言葉に、俺は安堵と疑問を覚える。
少なくとも死んではいないと分かったことによる安堵。
囚われたという表現に対する、形骸種関連で出てくるには妙な言葉だという疑問。
「――ここから先のことは、秘術に関わるからと話してくれなくて困っていたのです。アストランティア様、どうか我々の代わりに報告を受けてはもらえませんか?」
マイラに続いて部屋から出てきた、機関の男が言う。
「は、はい」
お姫さんは、なんとかといった具合に頷く。
俺たちは別の個室へ通され、三人だけで話すことに。
「マイラ、ひとまずお前が無事でよかったよ」
「い、いえ、聖女を守るべき聖騎士が、自分だけ帰還するなど許されないことです!」
マイラの顔に生還の喜びはなく、憔悴しきっている。
「そりゃ結果次第だろ。ここからオルレアちゃんを救出することが出来たら、脱出は必要なことだったと言える。自分を責めるばかりで何も出来なかったら、無能の証明だな」
彼女のような者に必要なのは、優しい慰めではない。
「……アルベール殿の言う通りですね」
マイラは大きく深呼吸をしてから、俺たちを見た。
どうやら意識を切り替えられたようだ。
「牢名主は、都市内の死者のほぼ全てを支配下に置いているようです」
「そうか」
これは他の帰還者からの情報でも想像できたことだ。
「それはつまり、能力持ちの個体も全て、やつが操っているということになります」
「そうだな」
十二形骸レベルでなくとも、特殊能力を持つ個体はいる。
確かに、そいつらまでもが一人の死者の指揮下に入るというのは、脅威だ。
「調査隊は敵の軍勢の襲撃によって分断され、それぞれ捕らえられたのち、牢名主の許へ連行されました」
「逃げ延びた奴以外は、全員捕まったのか?」
マイラが何かを思い出すように、表情を歪める。
「いえ、聖騎士の中には死者も出たようです。その……おそらくですが、『聖女は絶対に殺すな』という指示が出ていたものかと」
牢名主は、聖女に用があったわけだ。もしくは、特定の聖女に。
「そして、その……。やつの傀儡の一体が、心を読む能力を有していまして……」
マイラが悔しげに唇を噛んだ。
「マイラやオルレアちゃんを捕らえたあとで、心を読み取ったわけか」
「はい。やつは、外の世界のこと、死者の肉体を再生する秘術、十二形骸の討伐などの情報を引き出し……アルベール殿のことまでも、知りました」
「へぇ」
どうせ殺す相手なのだ、正体が知られても困ることはない。
アルベールは『骨骸の剣聖』だ、なんて牢名主が叫んだところで、聖者を捕らえるような死者の戯言に耳を貸す者など現れないだろう。
「そ、それで、牢名主の目的は……?」
焦れたようなお姫さんに、マイラが言う。
「表向き……つまり、救出作戦を組む者たちへの要求はありません。やつはこれを『挑戦状』だと伝えるようにと」
「姫を攫った悪役が、返してほしければ自分の城まで来いとか抜かすようなもんか」
そういう物語は、そこら中に転がっている。
実際に言う奴は、ほとんどいないだろうが。
「表向きということは、真の狙いが隠されているわけですね?」
お姫さんを問いに、マイラが頷く。
「やつの狙いは、秘術を発動可能にするだけの魔力が込められた――魔石です」
秘術とは、俺に肉の鎧を取り戻させた術のことだろう。
お姫さんと同じく、オルレアちゃんも術自体は習得している。
術者であるオルレアちゃんは手中に収めているのだから、あとは魔石と魔力があれば、牢名主は人間の身体を取り戻せる。
そうすれば、俺や墓守セオフィラスのように、結界の外に出られるわけだ。
奴一体でも厄介だが、一度魔石を与えた場合、支配下に置いた形骸種の中から魔法の素養がある者たちを集め、そいつらから魔力を徴収することも可能になる。
つまり、肉の鎧を取り戻し、結界の外へ出られる死者が量産されるわけだ。
必要魔力から考えて、そうポンポン復活はしないだろうが、厄介なことになるのは目に見えていた。
「ま、待ってください! 仮に魔石を渡したとしても、お姉様が秘術を使うわけがありません!」
「……お姫さん。言いにくいんだが、奴は形骸種で、死者を操る能力を持っているんだ」
俺の言葉をゆっくりと咀嚼するように聞いていたお姫さんが、それに気づいて顔を真っ青にする。
「――お、お姉様を転化させたあと、自らの能力で支配下に置くと?」
「それが、牢名主の作戦だろう」
「で、では、お姉様はもう――」
死んでいる人間は、助けられない。
死んでいれば、だが。
「いや、きっとまだ生きてる」
「何故分かるのですか!?」
「万が一にも、俺たちがオルレアちゃんの死を知ったら、交渉に乗る理由がなくなるだろ? あいつからしたら、そんなリスクを負う必要がない。殺すのは、魔石を確保してからでいいんだからな」
とはいえ、理屈でものを考えるタイプならばそうする、というだけ。
世の中には、どう考えても愚かにしか見えない行動をとる者も大勢いる。
今は牢名主がそうでないことを祈るしかない。
信仰心の薄い俺だが、女の子の為ならば神に祈ることもある。
「そ、それと……牢名主はもう一つ条件を出しました」
「どんなだ?」
「……『骨骸の剣聖』を、必ず連れてくるように、と」
「あはは、なるほどな」
俺は笑う。
あまりに強欲な牢名主の考えが、透けて見えたからだ。
牢名主は肉の鎧を復活させるだけでなく。
五つの能力を身に宿す俺を殺すことで、その全てを継承するつもりなのだ。
全てが奴の目論見通りにいった場合、控えめに言って人類の脅威になるわけだが。
オルレアちゃんを見捨てる選択肢はない。
あんな美少女の死は世界の損失だとか、マイラの主であるとか、理由は幾らでも用意出来るが。
一番は、お姫さんの姉だからだ。
主を悲しませるような選択は、出来ない。
「ま、状況は大体分かった」
お姫さんが着実に育つまで、しっかりと学院で学んでほしいのだが。
どうしてこうも、次から次へと問題が起こるのだろうか。
まぁ、起きてしまったものは仕方がない。
やるべきことを、やるのみだ。
「――『監獄街の牢名主』を殺そう」




