83◇女神
強化訓練をこなし、自由行動時間に海へ繰り出した俺たちの班。
早速砂浜で女性陣を待っていたところに、彼女たちはやってきた。
まずはお姫さんこと、アストランティア様だ。
彼女は純白のビキニに身を包んでいた。上部分はレースがあしらわれており、下部分はスカートのようになっていて、彼女の可憐な雰囲気によく合っている。
麦わら帽子と、水着の恥ずかしさから羽織る白の上衣が、儚げな印象を加速させていた。
「ど、どうでしょうか……?」
白く透き通り、若さ弾ける肌。身体こそまだ成長途中の少女だが、胸部の膨らみはいっそ暴力的でさえある。
しかし俺の視線を掴んで離さないのは、慣れない水着に顔を赤くする、少女の赤面顔であった。
思わず見惚れてしまい、軽口さえ出てこない。
「よくお似合いですよ、アストランティア様」
咄嗟に口をついたのは、そんなありふれた言葉だった。
「ほ、本当ですか?」
少し経って、ようやくいつもの調子を取り戻す。
「もちろんだとも。今から画家を呼んで、この一瞬を後世に残したいくらい綺麗だ」
「それは嫌ですけれども……」
お姫さんが微妙な顔をした。お貴族様なので、画家に絵を描かせるなんて表現が現実味を持っているのかもしれない。
「よく考えたら、俺も嫌だな。お姫さんの水着を不特定多数の奴に見られるのは面白くない」
「なんですか、それは……」
彼女は赤い顔のまま、くすりと笑う。
他の誰かに見られるのは釈然としないというこの感情は、もしかすると独占欲というものなのだろうか。
「あたしたちもいるんだけど?」
どこか不機嫌そうな声は、クフェアちゃんから放たれたもの。
「分かっているとも」
俺は彼女たちに笑みを向ける。
クフェアちゃんが身に纏っているのはタンクトップビキニだ。
上はタンクトップなのだが、裾を上げて結んでおり、腹部は大胆に露出している。下はショートパンツタイプになっており、健康的な肌と鍛えられた細身の身体が眩しい。
リナムちゃんはワンピースタイプの水着で、露出は少なめだが、控えめな性格の彼女らしく、落ち着いた印象でとても可愛い。
「二人とも、己の魅力が最大限活きる、とても素晴らしい水着を選んだな……!」
俺は腕を組み、うんうんと頷く。
「す、すごく嬉しそうね。アルベールって、そんな水着好きなんだ」
「あはは……。でも、いっぱい悩んで選んだから、褒めて貰えると嬉しいです」
クフェアちゃんが照れたようにポニテをいじり、リナムちゃんがふわりと微笑む。
そして最後の二人、聖女アグリモニアちゃんと、聖騎士ヒペリカムちゃん。
アグリモニアちゃんの方は、水着が初めてではないようで、堂々としたものだった。
前からはワンピース、後ろからはビキニに見える形状の水着を着用。ワンピースといってもリナムちゃんのものとは異なり、へそは隠れているが腹部の横は見えているし、谷間から首元にかけても大きく見せているデザインだ。
彼女の年齢を思うとやや大人びたデザインに思えるが、貴族らしい華美な衣装とも言えるかもしれない。
彼女自身の優れた容姿や体形もあるので不格好ではなく、背伸びした令嬢感があって可愛い。
その聖騎士ヒペリカムちゃんは、分類上はクフェアちゃんと同じタンクトップビキニなのだが、こちらは遊びが一切ない。
胸部を覆うタンクトップと、腰から太ももまでを隠すショートパンツの色は黒で、何の飾りもついていなかった。
しかし、そういった無骨さが、彼女の生真面目な性格を反映しているようで、よく似合っている。
「アグリモニアちゃんもヒペリカムちゃんも、よく似合っているな」
「ありがとうございます、アルベール様」
アグリモニアちゃんは優雅に一礼。
強化訓練でだいぶヘトヘトになっていた彼女だが、海水浴にもしっかり参加してくれた。
「私のような者までお気遣い頂き、感謝します」
「何言ってんのよ、ヒペリカム。この中だとあんただけアルベールの対象内なんだから、気をつけなさいよね」
クフェアちゃんが言う。
そう、この中で十八歳に達しているのはヒペリカムちゃんだけなのだ。
「御冗談を。剣しか知らぬ私のような者を、好き好む殿方など……」
「いや、君は非常に素敵な女性だとも」
「は、はぁ……。私のことはおいておくとして。アルベール殿の肉体も素晴らしいかと。その鍛え抜かれた身体、歴戦の傷、まさに聖騎士です」
ヒペリカムちゃんに褒められる。
「ほんと、すごい傷の数よね……。こういうのって、女神様の魔法で治せないの?」
「う、うん。時間が経った傷跡は、消せないんだ」
クフェアちゃんの疑問に、リナムちゃんが答える。
「傷跡自体は負傷と認識されないようですね。なので、癒やしの対象にならないのだと思います」
お姫さんが補足した。
アグリモニアちゃんが俺の身体をじぃっと見て、ごくりと唾を飲む。
「ま、取り敢えず全員揃ったことだし、海を満喫するか」
一応、海の楽しみ方は一通り調べてきたのだ。
寝そべって肌を焼いたり、砂浜で球遊びをしたり、海辺で水を掛け合ったり、泳いだりするらしい。
球技というか、身体を動かす遊びはやはり聖騎士が強い。聖女たちだけ加護ありのハンデをつけたら、多少は勝負が成立するようになって、意外とみんな熱中した。
泳ぎは、俺とヒペリカムちゃん以外が全滅。
これを機に、泳ぎを教えることに。
俺はお姫さんとクフェアちゃんを担当し、二人の手を握りながら、泳げるまで指導した。
お姫さんは少し時間が掛かったが、クフェアちゃんは瞬く間に上達。
ちなみに、彼女たちの背泳ぎは、双丘の揺れもあって眼福だった。
あと、泳ぎの練習中、充分に足がつく場所ではあるが、悪戯心が湧いて手を離したところ、お姫さんは大慌てでこちらにしがみついてきて、胸板に彼女の胸がぎゅうっと押し当てられるハプニングもあった。
涙目になった彼女に睨まれた罪悪感で、楽しむ気持ちなど湧かなかったが。
クフェアちゃんにも同じ悪戯を仕掛けたところ、抱きつかれるところまでは同じだったが、彼女が自分の胸に俺の頭を押し付ける形になってしまい、危うくこちらが窒息しかけた。
結論、水中での悪戯はよくない。
海から上がったあと。
目隠しをした状態で木剣を持ち、巨大な果実を割るという遊びにも挑戦。
聖騎士がやるとすぐに勝負がついてしまいそうなので、聖女たちから挑戦してもらうことに。
リナムちゃんは転び、アグリモニアちゃんはどういうわけか海に入ってしまい、お姫さんは見当違いの方向に木剣を振り下ろしていた。
クフェアちゃんは一歩手前で木剣を振ってしまい、果実を割ったのはヒペリカムちゃんだった。
俺の順番は回ってこなかったが、美女美少女たちが目隠しされた状態で奮闘する姿を見られたので満足である。
果実は、みんなでしっかりと食べた。
この他、リナムちゃんが砂の城を築いて器用であると判明したり。
泳ぎをマスターしたクフェアちゃんと共に海に潜り、魚と共に泳いだり。
島の住人にイカダを借りて、お姫さんと少し海に出たり。
ヒペリカムちゃんと砂浜で模擬戦をしたり。
アグリモニアちゃんの水着のヒモが解けたので、それを結んであげたりした。
「海、楽しいな。いつ視線を向けても、女性が水着姿なのが特にいい」
女性陣からのジト目が突き刺さるが、誰も楽しいという部分に反論はしなかった。
そんなふうに、俺たちは海を満喫。
残る強化訓練に臨む。
◇
全ての強化訓練が終わり、再び船で内陸に戻ったあとのことだ。
港に学園の関係が来ており、何故かお姫さんを探しているようだった。
「アストランティア様……!」
伝令と思しきその男は、お姫さんを確認すると、沈痛な面持ちで、こう言った。
「ま、誠にお伝えしづらいのですが……。封印都市グアルガムトでの任務中、無数の形骸種の襲撃に遭い、任務に参加していた聖者たちの多くが戦死・生死不明の状態になり……」
グアルガムト。
確か、『監獄街の牢名主』がいる地域だ。
それよりも、何故そんなことをお姫さんに報告せねばならないのか。
いや、想像はつくが、外れてほしい類のものだ。
「ま、待ってください……まさか――」
「聖騎士マイラ、聖女オルレア、『深黒』の両名共に、生死不明となっています」
義弟ロベールの子孫、マイラ。
お姫さんの姉、オルレアちゃん。
俺とお姫さん、両方にとっての重要な人物が、揃って封印都市で行方不明になったようだ。




