74◇死者と価値
「アルベール!」
少女の声で現実に引き戻される。
目に前には、青髪野郎……いや、騎士セオフィラスの胴体。
その頭部はいかなる偶然か、聖女ネモフィラの腕に収まっていた。
飛んでいったのか、彼女が意図して手にとったのか。
妙なのは、彼女がぼうっとしていることだ。
「アルベール! 聞こえていますか! もう保ちません!」
十二騎士を殺すとその記憶を垣間見る。
その時間が数秒か数分か知らないが、とにかく隙になってしまうのは確か。
お姫さんはそれを守護竜戦で知っていたので、俺を守ってくれていたのだ。
淡い光によって包まれた俺たち三人を断続的に襲うのは、巨人兵の操る『天聖剣・大狐の剃刀』による帯状の刃。
「分かってる、もう起きたよ」
俺はお姫さんに返事しながら、ネモフィラちゃんに近づく。
彼女を立たせて、三人で移動しなければ。
「ネモフィラちゃん」
彼女の腕を掴むと、セオフィラスの首が彼女の手から落ちて、地面を転がった。
あとで埋葬にするにしても、今は遺体に気を遣っている暇はない。
「――あ」
「移動するぞ」
記憶を覗いていた俺が言うことではないが、戦場で無防備な姿を晒す余裕はないのだ。
「あ、アルベール様?」
焦点の合っていなかった彼女の目が、たった今目覚めたかのように彷徨い、俺を見た。
「他の誰に見えるんだ」
「いえ、あの、ここは……だって、さっきまで、姫と」
「はぁ? ……いや待て」
彼女の反応と、姫というフレーズを聞いて、ピンとくるものがあった。
「――ネモフィラちゃん、まさか君も、記憶を見たのか」
「記憶……? あ、あぁ、そう、ですね。あれは記憶、私ではなく……墓守の……」
己をしっかりと保っていないと、記憶の主と自分を混同してしまう。
主観視点のあの記憶は、それだけ強烈だった。
どうやらネモフィラも俺と同じ過去を観たようだが、一体何故……。
――セオフィラスの頭部……遺体の一部に触れていたからか?
「ふ、ふふ……歪みの発端は、墓守ではなく、私のご先祖様の方だったのですね。この血の源が、忠義の騎士を歪めた原因。なのに私は、己の聖騎士を殺されたからと彼を恨みました。そもそも我が一族が! このような時代を作った大罪人の共犯者だったというのに!」
ネモフィラの家が、かつて魔女と繋がりがあったことは既に分かっていたことだ。
だがそれは、魔女が大罪を犯す前の研究仲間のような立ち位置であって、今回判明したような共犯者だとは思ってもみなかったのだろう。
ましてや、墓守の主が、己の家族も領内の人間も巻き込んで、呪いを振りまいた張本人だとは誰も知らなかったことだ。
墓守と魔女以外の誰も。
だが、それは今考えるべきことではない。
「頼むから、そういうのはあとにしてくれないか」
「私はこれから、誰を恨めばよいのでしょうか?」
「あ、アルベール……!」
俺は内心で舌を打ち、作戦を変更する。
墓守戦で使用した大剣を持ったままお姫さんの前に立ち、六本の帯による攻撃を弾いた。
「ありがとうございます……! す、すぐに魔力を練り直しますので!」
息を切らしたような主の声。
随分と頑張ってくれたようだ。
「大丈夫だから、落ち着いて息を整えてくれ」
今すぐ巨人兵に止めを刺したいところだが、魔力切れに陥ったお姫さんと不安定なネモフィラを置いて突撃することは出来ない。
それに、心配ごとがまだ残っていた。
そもそも一旦ここから離れたかったのは、十二形骸討伐後にも問題が残っているからだ。
守護竜エクトルがそうであったように、殺したあとで亡骸が動き出すかもしれない。
だが、セオフィラスの遺体が動き出す様子はない。
これはどういうことだろう。
生身を取り戻した上で死んだから? それとも――本懐を遂げたから?
エクトルは孤児院を兼ねた教会跡地を守ろうと、三百年も活動していた。
だが俺との戦いに破れ、『教会を守る』という約束を果たせなくなった。
その後悔とも言える念に反応して、骨だけで動くようになったのだとしたら。
『姫を守れなかった』という後悔を抱えていたセオフィラスは、今回は守れたと感じたことで後悔を残すことなく死ねたので、死後動く必要がなかった?
実際のところはわからないが、死体が動かないのはありがたい。
同じ相手を二度殺すのは気が滅入るし、巨人兵と墓守を同時に相手取るのは面倒だ。
「……アルベール様、アストランティア様。私のことは放っておいてください」
ネモフィラが無感情に言う。
復讐相手を失い、そいつの抱えていた過去を覗いてしまい、その真相によって自分の先祖がそもそも原因だったと知ってしまった。
彼女の胸中がぐちゃぐちゃに掻き乱されてしまったのは、想像に難くない。
しかし、感傷に浸ることを許してくれるような戦況ではない。
「だぁくそ……! キリがねぇな……!」
少し離れた地点で、『黄褐』の聖騎士セルラータちゃんが叫ぶのが聞こえた。
「言葉が汚いですよ、セルラータ」
彼女の相棒であり戦う聖女でもあるユリオプスちゃんが窘めるが、そちらも表情は険しい。
「ぐっ……。アルベール殿! 申し訳ございません!」
『深黒』の聖騎士マイラが悔しげな声と共に謝罪を口にした。
その理由は、すぐに判明。
街中から集まった形骸種を食い止めていた仲間たちだが、その一部が隙間を掻い潜るようにして防衛線を突破してきたのだ。
「……急いでください。私を切り捨てれば、巨人兵を討伐した上で撤退することが叶う筈です」
確かにその通りだ。お姫さん一人なら、守りながらでも巨人兵と戦えるだろう。
だが、そんなことをするつもりはなかった。
そもそもそんな必要はない。
「ネモフィラちゃん。君なぁ――面倒くさいぞ!」
「……はい?」
さすがのネモフィラも、この状況でそんなことを言われるとは思わなかったのか、素っ頓狂な声を上げる。
「君の聖騎士は、二人とも命懸けで君を守った! それだけの価値があると信じていたからだ。なのに、君はそれを要らないと投げ捨てるのか! じゃあ、君の聖騎士は揃って無価値なものの為に死んだ大馬鹿野郎だな! それでいいんだろ?」
「な――あの人を愚弄するつもりですか!」
「あぁ、ついでにセオフィラスもな!」
「あ、貴方に我が聖騎士の価値を否定される謂れはありません!」
本当に空っぽになった人間には、どのような言葉も響かない。
誰かの為に憤る気持ちが湧いてくる時点で、虚無に呑まれてなどいないのだ。
「否定してるのは、君自身だろうが!」
「ち、ちがっ。私は――」
「そうか違うのか! なら、ごちゃごちゃ言わずに生きるんだよ! それ以外に、死者に報いる方法はないんだ!」
自分を貧民窟から拾い上げてくれた義父を手にかけた男は、義父に教えてもらった聖騎士という生き方を貫く以外に、できることがないと知っている。
「む、報いる? 今更、私にできることがあるとでも?」
誰にも覚えてもらえず忘れ去られる命がある一方で。
数百年後の未来で英雄と讃えられる者もいる。
死後も、その者の活躍を語り継ぐ者たちがいたからそうなるのだ。
「君の為に死んだやつの価値は、君が決めろ」
「私、が……」
「さぁどうする!? ここで無駄死にして、自分の聖騎士の命を無価値にするか! それとも、生き残って『偉大な聖女の為に命を懸けた英雄』にしてやるのか! 今決めろ!」
防衛線を突破した形骸種たちは俺たちに向かってくることなく、どういうわけか巨人兵に群がっていた。
そして、彼らは巨人兵の欠損部分に触れると――溶ける。
溶けて、巨人兵の骨に染み込み、欠損部分を埋めていく。
――そんなことも出来るのかよ。
巨人兵の能力? それとも――形骸種の能力なのか。
骨の損傷は放っておけば修復されるとはいえ、その速度は一定だ。
形骸種の再生能力を上回るダメージは、他の形骸種から骨を貰うことによって賄うことができる、のか。
ともかく、やつの右手首が再生し、断ち切られた腰椎が伸び、地面に深く刺さる。
治った右腕を支えに上半身を起こした巨人兵は、俺に向き直った。
その拍子に『天聖剣・大狐の剃刀』を手放したことが、唯一の朗報か。
仲間たちが今も群れの大半を抑えてくれているからこそ、この程度の再生で済んでいるとも言える。
「お姫さん、強化だ!」
「は、はいっ……!」
彼女から発せられた光が俺を包むが、その光の量は明らかに平常時よりも少なかった。
お姫さんも精一杯やっているのだろうが、まだ消耗しているのだから仕方がない。
巨人兵が肩を捻り、勢いをつけた右拳を――振るった。
ゴウッと唸りながら迫る巨大な骨の拳。
石造りの堅牢な建造物さえも、ぺしゃんこにするだろう威力。
だが避けるという選択肢はない。
「来な」
大剣を大きく振り上げ、拳を迎え撃つように――振り下ろす。
刹那、俺の体を包む光の粒子がグッと増えた。
「……彼らの救った私が、貴方の扶けとなれば、それも彼らの価値に繋がりますか」
ネモフィラの、加護だった。
「当たり前だろうが。俺は、十二形骸を全員殺して、魔女の望みを奪う聖騎士になるんだからな」
自分で自分は殺せないとか、祈祷師を殺したのは墓守だとか、野暮なことを言うのは禁止だ。
とにかく、二人の聖女の『身体強化』を得た俺の全身が躍動し、大剣『竜灼骨』が轟音と共に巨人兵の拳と激突。
一瞬にも満たぬ拮抗を経たのち。
これを叩き割り、引き裂きながらその付け根、果ては橈骨まで到達。
人波が割れるように、やつの拳から橈骨の半ばまでが割れ、俺たちの横を通り過ぎていった。
「――――ッ!?」
再生直後の腕を割かれた巨人兵が、嘆きの声を上げる。
俺は大剣の切っ先を巨人兵に向けた。
「放っておいて悪かったな。お前もちゃんと殺してやるから、安心しろ」




