72◇黄金郷の墓守・中
主イクセリスの婚約が決まってから、しばらくが経った。
表面上、少女は以前と変わらぬ明るさを取り戻したように見えていたが、変化もあった。
『飴菓子様!』
ある一人の貴族令嬢と、よく逢うようになったのだ。
『ごきげんよう、イクセリス様』
白く、長い髪をした、十代後半ほどの少女だった。
――この女……。
騎士セオフィラスの記憶では、飴菓子様と呼ばれる女は主の私室で二人きりで話すばかりで、やつ自身は部屋の中に入れてもらえなかったらしい。
それどころか、ろくに挨拶をする機会も得られなかったようだ。
だが、たまたま彼女と言葉を交わした記憶があり、その姿を俺も拝むことが出来た。
そしてその女は――アストランティアやオルレアに、よく似ていた。
直感的に理解する。
――こいつが、魔女か……ッ!
透き通るような肌、豊満な胸、美しい顔の造形。そのどれもがお姫さんと類似しているのに、見間違えることは絶対にないと断言できる。
俺が最期を共にすると誓った少女は、決して人を弄ぶことを喜びとする妖婦のような表情を浮かべないし、人の心に入る為の笑みなど浮かべないし、なによりも――あのように淀んだ目はしていない。
イクセリスは私室に彼女を招き入れ、セオフィラスは部屋の外で待つように言われる。
扉が閉まる寸前、魔女がこちらを見た。
『あら、乙女の会話が気になるのかしら、騎士さん』
『……そのようなことは、決して』
『ふふ、冗談よ。それに聞いたところで――未来は変わらないのだし』
その瞳は間違いなく、騎士セオフィラスを捉えているというのに。
俺は、魔女に直接話しかけられたような錯覚を覚えた。
『飴菓子様と二人でお話があるから、セオは待っていてね』
『承知、いたしました』
白い髪の少女はこの街に滞在することになり、領主もそれを歓迎した。
イクセリスはまるで旧来の友人のように少女に心を許し、また日毎に元気になっていった。
それは喜ばしいことの筈なのに、セオフィラスの胸中には器に水を垂らすがごとく、不安が滲み、広がっていく。
ある日のことだ。
イクセリスと共に、本邸の庭を訪れた日のこと。
『私、この花が好きなの。太陽のように、綺麗なんだもの』
その黄色い花を、イクセリスはよく好んでいた。
『ねぇセオ、知っている? 昔、この花が一面に咲き誇る場所を詩人が黄金に例えたのだけど、その話が広まっていく内に本当の黄金だと信じる人が出てきたんですって』
『存じております。発掘人がやってきただけではなく、噂を信じた盗賊団を、時の騎士団が討伐したのだとか』
『どうして詩人は、こんな美しい花を、黄金なんかに例えてしまったのかしら』
『詩人の考えることは、私にはなんとも……』
『そうよね。あぁ、でも、黄金なら枯れないのにね』
先程までの笑みが嘘のように、彼女の瞳が虚ろになる。
『花は枯れますが、また咲きます』
なんとかその目を変えさせたくて、セオフィラスはそう口にした。
イクセリスは花からセオフィラスへと視線を移し、何かを期待するように見上げる。
『次もその次も、一緒にこの花の咲くところを見てくれる?』
『……はい』
『本当?』
『私は、イクセリス様の騎士ですから』
『ふふ、じゃあ約束よ』
彼女は微笑んでくれたが、瞳は空っぽのままだった。
◇
そして、悲劇が起こる。
ある朝の食事時。セオフィラスは主たち一家が食事をとる部屋の前で待機していたのだが、突如として扉の向こうから騒音と苦鳴が聞こえてきたことで、咄嗟に部屋に足を踏み入れた。
当主とその妻、長男と長女イクセリスと次女の五人。
その内、イクセリスを除く四人の様子がおかしかった。
顔は青白く、目は虚ろで、テーブルの上の食事を床にぶちまけたり、何もないところで転んだり、「あーうー」と言葉にならない声を発していたりする。
そして、扉を開いてセオフィラスたち従者が入ってきた途端、一斉に彼ら彼女らの瞳がこちらに向いた。そして、両腕を揺らしながらこちらに近づいてきたのだ。
『こ、これは……ッ?』
『あぁ、セオ。ここは大丈夫だから、行きましょう?』
イクセリスは妖艶にも見える微笑を浮かべると、セオフィラスの手をとって食堂を出ていく。
あまりの異様さに、セオフィラスは抗うことが出来なかった。
後ろからは、同僚たちの動揺と悲鳴が伝わってくる。
困惑の極みに達しているセオフィラスと違い、イクセリスは鼻歌交じりに廊下を進んでいた。
『い、イクセリス様』
『なぁに、セオ?』
『あれは、先程のは、一体』
『どうしたの? ふふ、変な喋り方。でも、そういう貴方も好きよ』
おかしい。明らかに、まともな反応ではない。
彼女は自然体だが、この状況で自然体でいられるのは、正常とは言えない。
イクセリスはくすくすと笑いながら、己の私室へとやってきて、セオフィラスを中に迎え入れた。
『あのね!』
そして、突如として語りだす。
『私、考えたの! あの日からよ! 貴方と一緒にいられなくなる日が来るって分かったら、とっても悲しくなってしまって! わかるでしょう!?』
彼女の瞳は輝いている。だが、真っ暗闇の中で持つ松明のようで、その光への頼もしさよりも、広がる闇への恐ろしさの方が強い。そんな、危うい輝きだった。
彼女が婚約の決まった帰り道のことを言っているのは、セオフィラスにも理解できた。
『好きでもない人の子供を生むだけでも耐えられないのにね? 向こうは、セオを置いていけって言うの! 私と貴方の仲が疎ましかったのね! ひどい人! 私、そんなことになるなら死んでしまおうかとも思ったのよ? でも! 飴菓子様が、救いの道を示してくださったの!』
――魔女に、何かを吹き込まれたのか。
セオフィラスの困惑に呑み込まれそうになりながらも、俺は魔女こそが彼女を狂わせたのだと理解した。
イクセリスは懐から何かを取り出す。黒い液体の入った小瓶だ。
『これはね、「祝福の雫」と言うの。すごいのよ! これを飲んだ人は永遠の命を手にすることが出来るんですって!』
『……えい、えん』
『そう! 私も考えたのよ? いっぱい考えたの。そもそもどうして結婚しないといけないのかしら、って。貴族にとって、子を残すというのは大事なこととされているわよね? けれど何故大事なの? それは御家を存続させたいからよね? つまり! 子を残さずとも家が続くのなら――結婚なんて必要なくなるでしょう?』
『姫』
『お父様も私の婚約者も、子供なんか作らないで自分たちが永遠に領地を経営すればそれで解決よね!? 私、そうなったら自由でいられるわよね!』
『姫!』
『自由になったら、貴方とずっと一緒にいられるわよね?』
『――――』
そしてセオフィラスは、あの日自分が彼女を拒絶したことが、彼女を狂わせてしまったのだと気づく。
『ひ、姫。何をしたのです。その液体を呑むと、どうなってしまうのです』
さすがのセオフィラスも、彼女が家族の食事に小瓶の液体を盛ったことは理解できた。
『貴方も興味を持ってくれたのね! 嬉しいわ! あのね、これを呑むと不死者へと
転化することが出来るんですって! そして、不死者が普通の人に口づけすることで、その人のことも不死者にすることが出来ると聞いたわ! 素敵よね!』
『そ、そんな……』
それは、呪いだ。
呪われた者は動く死者となり、魔獣指定を受けてしまう。
聖騎士の討伐対象であり、救う方法はない。
『あ、今疑ったでしょう? 安心して、これはね、動く死者の呪いとは似て非なるものなのよ。あれは死者の体だけを動かす呪いだけれど、この祝福は体に魂を留めておくことが出来るんだから! 私たちは私たちのまま、永遠を共に過ごすことが出来るのよ!』
なんとか、しなければ。
このような呪いが拡散すれば、その被害は計り知れない。
だがそれをするには、自分の仕える家の者たちを手に掛け、既に呪いに感染したであろう同僚たちを斬らねばならない。
そもそも、だ。
動く死者は生者を求めて動く。
だが、自分が食堂に入った時、イクセリスが襲われている気配はなかった。
彼女はまだ生きているように見えるのに、襲われていないとなると、つまり。
まだ死んでいないだけで、呪いには掛かっている。
『飲んだのですか……姫』
『当たり前でしょう?』
イクセリスは心から幸せそうな顔をしながら、セオフィラスの胸に飛び込んでくる。
セオフィラスは、彼女が、自分と結ばれる為に家族を呪い殺し、この都市や世界中の人間をも巻き込もうとしているのだと知りながら、振り払うことが出来なかった。
そもそも彼女は、呪いという認識さえないようだが。
そのことが一層、彼女の致命的なズレを突きつけてくるようで。
こちらを見上げ、唇を寄せてくる彼女のことが、セオフィラスは恐ろしかった。
それでも、セオフィラスはそれを避けることが出来ず。
生涯結ばれることはないと諦めていた主との口づけによって、永遠の呪いをうつされる。
『この口づけで、私たちの愛は永遠になるの。女神の前で誓う戯言とは違って、この永遠は本物よ。病める時などない、とこしえに健やかなる時を、命ある限り、支え合って生きていきましょうね? 私の騎士、セオ』
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色々と加筆もいたしましたので、ご予約ご購入ご検討いただければ幸いです!!!!!
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