70◇墓守と死に様
『黄金郷の墓守』とは以前少し斬り合ったことがある。
初対面の際、学園の門の前で襲いかかってきやがったのだ。
その時の印象は、あくまで対人に研ぎ澄まされた剣術というもの。
実際に生前のこいつは貴族令嬢を守る騎士だったようなので、俺の推測は当たっていたわけだ。
どういうわけかこいつは聖女の加護を纏っていないようだが、こちらが加減してやる理由はない。
一合目、互いの剣を強引に叩きつけ合う。
骨の刃と材質不明の『天聖剣』が激突し、鈍い音を奏でた。
単純な押し合いならば俺が負ける理由がない。
事実、やつの身体が弾かれるように後退。
俺は追撃を仕掛ける。
一。跳ねるような動きで目を狙っての刺突を放つ。やつは首の動きだけで回避したが、それくらいは予測済み。
二。そのまま青髪野郎の首目掛けて剣を横に薙ぐ。
だが敵はこれにも反応。即座に膝から力を抜き、自重で己の身体を落とすことで回避。
三。俺の剣は奴の頭上を通り過ぎることなく、途中で振り下ろしへと変化する。
突き、横薙ぎ、振り下ろしの瞬間三段変化だ。
「くっ」
僅かに表情を歪めた墓守は、緩めていた膝に力を入れ、自ら後ろへと飛ぶ。
常人なら一度目で死んでる攻撃を、ここまで躱すとはさすがだ。
いや、こうでもなければとっくに討伐されていただろうから、当然と言うべきか。
とにかく、三段階変化する斬撃は見事避けられた。
だからこそ、四段階目が突き刺さる。
「――『骨剣錬成』」
地面から骨の刃が突き出ていたことに気づかず、やつは自分から背中を刺されに行った形となる。
「……隠すのは、やめたわけか」
刺突の踏み込みを仕掛けた瞬間、俺は足裏から骨を地中へと伸ばし、最終的な墓守の予測地点へと向かわせ、タイミングを見計らって地上へと進出させた。
まぁ、能力使用と言えば能力使用だが、骸骨騎士になって暴れ回っているわけではない。
「何言ってやがる。バレなきゃいいんだ、バレなきゃ」
今、『雪白』の俺たちと『吹雪』の二人以外は、街の中央部から押しかけてきた市民形骸種の討伐にあたっている。
真正面から大群が突撃してくる中で、背後の俺たちを気にする余裕はないだろう。
だからといって、肉の鎧を脱ぎ去ると後が面倒なので、部分使用というわけだ。
「何故、首を狙わなかった」
腹部に刺さった剣から抜け出し、傷口から大量に出血しながらも、青髪野郎は平然としている。骨を伸ばしての更なる追撃は避けられると判断し、出現させた骨は一旦消した。
「いきなり終わったら、お前が可哀想だからだろ」
「……貴様はふざけた男だが、戦場で無意味な手を晒すほど愚かではあるまい」
「お前との会話自体無意味なのに、乗ってやってるじゃないか」
とはいうものの、確かに手心を加えたわけではない。
こいつの反応が全てにおいてワンテンポ早かったので、骨剣を伸ばす時間が僅かに足りなくなり、首に届くまでの長さを確保できなかったのだ。
前回の斬り合いよりも動きが早くなっているのは、本気の表れか。
まぁ、次からは今の動きを計算に入れた上で組み立てればいい。
会話を切り上げ、俺は再度墓守に近づく。
敵の身体を左右に二分割するような振り下ろしに対し、墓守は無造作に剣をかざすのみ。
その刃ごと敵を身体を斬る軌道だったが、振り抜いた骨の剣は、刀身を四割ほど失っていた。
そして無事だった墓守は、斬撃を終えた俺に向かって己の剣を振るう。
俺が屈むのと同時、頭頂すれすれを剣が通り過ぎる。
折れた刃をやつの腹部の傷に叩き込もうと突き出すが、その身体に触れた瞬間に残る刀身も砂のように解けて消えていく。今度は柄頭まで余すことなく。
敵は返す刃で俺を斬ろうと刃を振るうが、すんでのところで後退して躱す。
「どうした『骨骸の剣聖』よ。剣聖が剣を持たぬとは」
一度目はどういう理屈で刀身が欠けたかわからなかった。
二度目はそこに注目していたが、剣が砂のように分解されたのが見えただけ。
「……『震動伝達』だな」
十二形骸『天庭の祈祷師』が保有していた能力だ。
山崩れや地揺れを引き起こす強力なものと聞いていたが……。
「ほう、この力が理解できるのか」
「『黄金庭園』じゃないのは確かだろ。んで、『天聖剣』に能力を入れてる様子はない。なら『震動伝達』しかない。推理にもならねぇよ」
だが、武器の崩壊と『震動伝達』がすぐに結びつかないのも確かだ。
学者なら何かしらの理屈を見つけられるのかもしれないが、俺にそんな知恵はない。
だが、戦うのに必要な仮説を立てることはできる。
『震動伝達』は文字通り、揺れを伝える力なのだろう。
強い揺れによって、大地ごと震わせたり、山を震わせた結果として崩したりするわけだ。
組み上げた積み木も、それが乗ってるテーブルを揺らせば崩れる、というだけの話。
つまり『揺れ』ってのは、ものの結びつきをズラして崩す力を持っていて、やつの力はそれを様々なものに適用できるのではないか。
その力で骨の剣を骨灰レベルまで崩した、ということなのではないか。
事実として剣が崩れたのだから、ひとまずこの想定で挑めばいい。
「よし」
『骨剣錬成』で短剣を生み出し逆手に構える。
「……なんのつもりだ」
「急に饒舌になったな、お前」
得物の長さ、射程は有利不利に大きく影響する。まともにやれば、長剣を持った男に短剣使いは近づけぬまま一方的に攻撃を受けてしまうだろう。
墓守からすれば、俺の行動は意図の読めぬ奇行に映るのかもしれない。
俺の構えから自分の剣を弾くつもりなのだと悟った墓守は、攻撃の後に隙が出来ぬようにとコンパクトな斬撃を放つ。
目の前に降ってくる敵の剣を俺はギリギリまで引きつけ――寸前で短剣の切っ先を地面に向けた。
「――――」
そして短剣ではなく、手の甲で敵の斬撃を弾く。
やつは即座に身を引こうとするが、遅い。
今度こそ短剣が閃き、やつの右手から親指以外の四指がぽろりと落ちた。
ひとまず、一瞬の接触なら『身体防護』で防げるようだ。
一度目はやつの剣に一瞬触れただけだから、通り過ぎるようにして刃が欠けたのみだったが、二度目はやつの腹部に差し込もうと長く触れさせたことで、刃が全て砂と化した。
そこで俺は接触時間が重要なのではないかと思ったのだ。
本当は『骨』『肉』『皮』などで、崩すのに必要な揺れの強度が異なるのかどうかも試してみたかったのだが、加護で防げるならそれで構わないだろう。
また、『揺れ』を常に己と剣に纏わせているとも思わなかったので、こちらの行動を読ませることで敵の『震動付与』ともいうべき能力を剣に誘導した。
実際読み通りだったようで、やつの指は問題なく切り落とせたわけだ。
「……なんという、適応力か」
しゅるしゅると、やつの欠けた指を補うように蔦が生えてきた。
こいつはこいつで、能力の応用力が高い。
「もうすぐ死なせてやるからな」
「戯言を」
ずずずと大地を割って大樹の幹の如き蔦が複数生えてきた。
『黄金庭園』によるものだ。
「まぁ、いいけどよ」
俺は短剣を消してから、自分の首の裏に手を当てる。すると首の皮を突き破って柄頭が出現。これを引き抜くと、それに合わせて『骨剣錬成』が刃を形成。
抜き放たれたのは、紫色を帯びた大剣――『竜灼骨』だ。
――力を使うぜ、守護竜。
俺の腹に風穴を開けるつもりなのか、それとも絞め殺すつもりなのか。
蔦の群れが襲いかかってくるが、どのような目論見も叶わない。
大剣の一振りで紫炎が唸りを上げ、周囲のものを灼き尽くしたからだ。
「相性が悪いだろうが」
植物は燃える。たとえ規格外の十二形骸の能力だとしても、それはこちらも同じなのだ。
「剣の腕は敵わず、獲得した能力は読み切られ、元々の能力は通じぬ、か」
墓守が自嘲するように笑う。
――こいつ、まさか……。
いや、今考えることではない。
俺は墓守の植物攻撃を灼き払い、灼熱の刃で首を断とうと迫る。
周囲を巻き込むような広範囲の能力使用をすれば、まだ戦いは続いただろう。
だがこの男は、狂ってはいても忠義を尽くすことに懸けている。
ネモフィラちゃんに危害が及ぶ手は選ばないし、仮にも彼女の同胞であるお姫さんを人質にとるようなこともしない。
生身の肉体を得た二体の形骸種が、小規模な能力発動と剣技で殺し合いをしただけ。
ならば、俺が負けるわけがない。
あと一秒とかからず決着がつく。
その瞬間――俺たちは同時に互いから離れた。
そして互いの聖女の元へ駆けつける。
「アルベール!?」
「……何を」
お姫さんとネモフィラちゃんの顔に動揺が浮かぶ。
彼女たちには、この殺気がまだ届いていないのか。
俺はお姫さんを庇うように滑り込み、『竜灼骨』を振るった。
橙色の六本の帯の内、三本がお姫さんを切り裂かんと迫っていたのだ。
紙一重でこれらを弾く。
仮にも『天聖剣』だ。いくらお姫さんの防護でも、貫通していたかもしれない。
「なっ……こ、これはリコリス様の。何故――」
背中から聞こえるお姫さんの声。
「……『天聖剣』は他人でも使えるってことを、やつは見て学習したんだよ」
グレンの『天聖剣・赫灼』を、『黄褐』のセルラータちゃんが使用したように。
上半身だけとなった『片腕の巨人兵』が、落ちている『天聖剣・大狐の剃刀』を発見し、掴み、俺と墓守の戦いの隙を狙って発動したのだ。
やつの位置から俺たちの詳細な位置を知ることは――『索敵領域』か。
あれは敵の位置を探るだけの能力ではないのだ。
敵がいる限り、その位置や動きを常に把握できる能力。
つまり、条件つきではあるが感覚の拡張も兼ねるのだ。
「あ、アルベール」
「大丈夫だ。使えるってだけなら問題ない。すぐに巨人兵に止めを刺して――」
「そ、そうではありません」
そっと俺の背中に触れる彼女の手は、震えていた。
そして俺は彼女の視線を追い、敵が狙ったもう一方の聖者を視界に捉える。
「……何をやっているのですか、貴方は」
ネモフィラちゃんが尻もちをつきながら、愕然と呟く。
彼女の目の前には、三つの刃に身体を貫かれた墓守の姿があった。
戦いでの負傷の所為か聖女の立ち位置の所為か、防ぐのは間に合わなかったのだろう。
だから、身を挺して庇った。
聖女を突き飛ばし、代わりに敵の攻撃を引き受けた。
最悪なのは――やつの首が半ば裂けていることだった。
――このままだと、巨人兵に二つの能力が移行する。




