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69◇悪夢と混沌




 巨人兵の左足の内、爪先から足の甲の部分まで。

 右腕の内、手首から先の部分。


 これらのダメージを与えた時点で、聖者側の被害は二名。

 生死不明の戦線離脱という形で、『炎天』と『霧雨』の聖騎士が失われた。


「イリスレヴィ先輩」


「分かっている。今から私は、君に加護を授ける」


 腕に抱えた小柄な聖女は、こちらが言うまでもなく次に目を向けていた。

 相棒を欠いてなお、即座に己の職務に集中する。

 この精神力こそが、彼女たちを十二聖者まで登らせた資質の一つなのだろう。


「あぁ、だがもう一つ頼みがあるんだ」


「そちらも任せておくといい。アストランティア後輩のことだろう?」


「さすが先輩だ」


 マイラとカンプシスちゃんも同じことを考えていたのだろう、俺たちは巨人兵の背後のある地点で合流を果たす。


「……アルベール?」


 イリスレヴィちゃんとお姫さんを地面に下ろす。


「お姫さん、これからは二人と一緒に動いてくれ」


 怪訝な顔をしていたのも一瞬のこと。

 彼女はすぐに頷いた。


「……つまり、三人の聖女で貴方を強化しつつ、我々が巨人兵に狙われた際には三人分の『身体防護』で凌ぐように、ということですね」


「その通りだ。やっぱりお姫さんは理解が早いな」


 俺は聖騎士を欠いたもう一人の聖女、カンプシスちゃんに目を遣る。

 それに気づいた彼女は、気丈に笑った。


「防護が切れた気配はしなかった。グレンは生きてるから、だいじょぶだいじょぶ」


「……そうだな」


 否定はしないし、彼女の目の端に残る涙の跡にも触れない。

 戦う意思を示しているのだから、共に戦う者として扱うだけ。


「アルベール殿」


「あぁ、行こう」


 マイラに促され、俺たちは駆け出す。

 いつまでも話してはいられない。


「補助に回ります」


「助かるよ」


 マイラも、普段活動している班では主力となる聖騎士だ。

 だが俺の事情を知っていることもあり、サポートに回ると言ってくれている。


 瞬間、全身を寒気のようなものが駆け上がった。

 なんだ、なんて動揺はしない。

 己の経験と無意識が、危険を察知したのだ。


「何か来るぞ!」


 具体性の欠片もない警告だが、一流の聖者たちならば心構えくらいは出来るだろう。

 そして、寒気の正体が明らかになる。


 巨人兵は無事な右足の膝と手首を失った右腕を地面につき、それを軸とし、甲から先の欠けた左足を大きく旋回させた。


 それは、体を(ほぐ)す際に行う伸脚のようでもあり、超低軌道の回し蹴りのようでもあった。

 そしてどちらもあくまで『普通の人間にたとえるならば』であり、巨人の規模とやると結果も変わる。


 やつの左足の軌道上にあった地面も建造物も、焼き菓子のように脆く崩れ去り、周囲に撒き散らされる。


 あぁ、たった今、俺達の目の前で、嵐が発生したも同じだ。


 やつが足を一回転させただけで暴風が渦を巻き、周囲に災害級の破壊が刻まれる。

 業風に煽られながら、雨のように降り注ぐ土砂と瓦礫を回避しなければならない。


 冗談みたいな光景に、思わず笑ってしまう。


 ワンアクションでこんなことをされてしまえば、聖者など何百人いても皆殺しにされてしまうだろう。

 三百年を生き、再生能力さえ持つ、動く災害。

 これが『片腕の巨人兵』なのだ。


 だが、さっきまでの俺と違うところがある。

 お姫さんは現在、十二聖者の聖女と共に互いを支え合える位置にいる。

 ならば大丈夫。


 先程よりも、足に強く力を入れる。

 身軽になった分、加速も早い。


 グッと踏み込んで駆け出した瞬間、背後で瓦礫がドドドッと落下する音。

 それ以降も、瓦礫の雨の隙間を縫うようにして走る。

 それだけではない。


「……ちょうどいい」


 跳ぶ。

 天から降り注ぐ石の塊の上に飛び乗り、即座に跳躍。


 川に石を投げ、何度水面を跳ねるか競う遊びのように。

 タッタッタッタッと、俺は瓦礫の上を跳ね続ける。


 その高さは、すぐに巨人兵の目線まで到達した。

 まぁ、まともに立てないようで、やつは今も膝立ちなわけだが。


「お前も来たかアルベール!」


 俺と同じ動きをした聖騎士がいた。

 褐色肌の双剣使いセルラータちゃんだ。


 俺が巨人兵の背後、彼女が正面を突く形。

 そして彼女の右手には『天聖剣・赫灼』が輝いている。


 ここまでの流れならば、そろそろ青髪野郎が足止めの茨を――。

 放つことは、敵にも読めていたらしい。


「……身軽だな」


 俺とセルラータちゃんに対抗して、ではないだろうが――巨人も跳躍したのだ。

 真上へと。


 これはただの回避行動ではない。

 あれだけの質量が降ってくれば、その衝撃は計り知れない。


 自分の巨体や重さが武器であると理解した動きだ。

 それに留まらず、巨人は己の右腕を顎に近づけ――ガリガリと噛み砕いていく。


 そしてそれを、勢いよく吹き出した。

 肺と声帯がなくとも、形骸種(キュリオン)は喋れる。

 空洞から空気を吸い込み、吐き出し、震動させているのだ。


 だから、出来る。

 再生可能な己の骨を噛み砕き、それを材料に、砲弾の豪雨を降らせることが。


「セルラータちゃん、跳べ!」


 俺は即座に剣を鞘に仕舞い、己の手を組み合わせる。

 意図を理解したセルラータちゃんは俺の両手に着地。


 俺が彼女を持ち上げるように腕を跳ね上げたのと、彼女の跳躍は同時。

 弾雨を時に弾き、時に灼き払いながら、セルラータちゃんは空の巨人まで辿り着く。


 そして太陽のような刃が、やつの――腰椎を切断することに成功。

 巨人が、上半身と下半身に分かたれる。


「これで『上半身と片腕の巨人兵』だなぁ!」


 彼女を打ち上げたあとに再度剣を抜いた俺は、周辺の骨の砲弾を斬り飛ばしながら着地。

 すぐさまセルラータちゃんの予想落下地点へ向け駆け出す。


 空から落ちてくる美女という物語の導入のような光景にどこかおかしさを感じながら、俺は彼女を抱きとめる。


「うぉっ……アルベールか」


 お姫さんと比べると、身長や筋肉の分、がっしりとした重みを感じる。

 とはいえ、この程度は誤差だ。


「いい攻撃だったな」


「お前のおかげだよ。……つーか、この格好恥ずかしいんだが」


「お姫様抱っこというらしい」


「やめてくれ……あたしには似合わなすぎる」


「そんなことはないさ」


「い、いいからっ」


 充分に離れたところで、彼女を下ろす。


 と、そこへ巨人兵の上半身が落下し、大地を揺らした。


 下半身は砂のように粒子と化しているので問題にならないが、上半身だけでも被害は相当なものだった。


 まともに立っていられないくらいの揺れが俺たちを襲い、幾つかの建造物が耐えられずに倒壊する。

 素早く視線を巡らせ、仲間全員の無事を確認。


「もう一度行くか、セルラータちゃん」


「あぁ、敵が死ぬまでな」


 骨の大部分を失った巨人兵の姿を見ていると、羽をもがれて地を這うしかできない虫を思わせるが、手心を加えるわけにはいかない。


 俺とセルラータちゃんだけではない、剣を持った者全員が走り出している。


『あ……う』


 巨人兵が呻くが、俺たちのやることは変わらない。


『あ、う。……あう。も、もう、一度』


「……」


 呻き声では、ないのか。

 考えてみれば、こいつだって口は利ける筈なのだ。


『逢うんだ。や、約束したから』


 巨人兵はこの街の守護者で、三百年前のあの日も精一杯市民を逃したという。

 仲のいい者もいただろう。


 その内の一人とだろうか、彼は約束したとされている。

 街が平和になったら、もう一度逢おうと。


「……くそが」


 魔女の呪いには、つくづく反吐が出る。


 ここで、再会の約束は叶わないと言うのは簡単だ。

 だが、それは正確じゃない。

 俺は形骸種(キュリオン)だが、墓参りという形で、義弟や義母と再会できたのだから。


 巨人と約束した奴はカンプシスちゃんの故郷に逃げ延びたようだから、そこを尋ねたら墓があるかもしれない。

 そうすれば、こいつも現実を受け入れられるかもしれない。


 けれど、こいつを外に出してやるわけにはいかないのだ。

 こんな巨人を生身に戻すのには、お姫さんの秘術があってもどれだけの魔力が必要になるか。


 いや、そもそもこいつは形骸種(キュリオン)を守るべき市民として認識し、聖者を殺して回る十二形骸だ。

 そういう意味でも外には出せない。

 分かってはいるが、それでも楽しい話ではなかった。


 聖女の加護を受けた者たちが、巨人を殺すべく殺到する。

 位置的に近いのは、聖女兼剣士のユリオプスちゃん、青髪野郎、マイラの三人。

 俺とセルラータちゃんは離れた地点に飛んだので少し遅れていた。


(とど)めはうちの姫さんか?」


 セルラータちゃんの呟き。

 直後、ユリオプスちゃんの体が撥ね飛ばされる。


「はぁ!?」


 セルラータちゃんが瞠目。

 馬車に轢かれた者のように宙を飛び、地面を跳ね転がる相棒を見たのだ、無理もない。


 なによりも、それを引き起こしたのが巨人ではなく――味方である筈の聖騎士によるものだったのだから、驚愕もするというもの。


 ()り合わされた茨が地面から突きを放つように生え、ユリオプスちゃんはそれを真横から受けてしまったのだ。


「貴様……!」


 青髪野郎の正体を知っているマイラは、その攻撃になんとか反応できた。

 ユリオプスちゃん同様にマイラを狙った茨の槍は、彼女の剣閃によって切り裂かれる。


「てめぇ……どういうつもりだ!」


 相棒の許へ向かうセルラータちゃんから怒号が放たれるも、『黄金郷の墓守』は動じない。


「……どういうおつもりですか、ネモフィラ様」


 お姫さんの姉であり『深黒』の聖女でもあるオルレアちゃんの、冷厳な問い。


「あら、オルレア様もご理解されている筈でしょう? 十二形骸討伐は人類の悲願――というだけではない。誰が討伐したかという事実が、重要な意味を持つのですよ」


 確かに、考えてみればその通りだ。

 普通の組織と何ら変わらないのだ。


 組織全体を考えれば、まず結果が重要。

 だが組織を構成する派閥や個人にとっては、その結果が『誰の功績』かも重要になる。


 三百年間、誰も討伐できなかった十二形骸。

 それを討伐するということは、歴史に名を残す覇業だ。


 個人としても、組織の構成員としても、貴族の血を引く者としても、これほどの名誉はない。

 末代まで、世界を救った血筋として讃えられてもおかしくないくらいだ。


 だから、仲間とはいえ、(とど)めを刺さそうとするのを邪魔するのは、理解できる。

 あくまでも、最後の一撃を担当したのは自分たちなのだと主張する為なのだと。


 しかし、これは表向きの理屈だ。


 ネモフィラは功績などどうでもいい筈。


 巨人兵の『索敵領域』を俺が奪わないというのなら、青髪野郎に奪わせようというのか。

 そして、それを許容できるわけもない俺は、この場で青髪野郎と戦うしかない。

 忠臣を気取ってる墓守はネモフィラの命令を遂行しようと動くだけ。


 ここでどちらが勝とうとも、残るのは――。


 『骨骸の剣聖』が持つ『骨剣錬成』と『毒炎』。

 『黄金郷の墓守』が持つ『黄金庭園』と『震動伝達』。

 『片腕の巨人兵』が持つ『索敵領域』。


 五つの能力を兼ね備えた十二形骸が、一体のみ。


「アルベール!」


 お姫さんの声。


 咄嗟に視線を向け、彼女の慌てるような顔と、背後を指差す姿を確認。

 目を凝らすと、砂煙が立っており、それらの中から――人が見えた。


 一人二人ではない。


 ……どうやら事態は、更なる混沌へと移ろうとしているようだ。


「あら、大変ですね。巨人兵の危機を察知して、市民が加勢に来たのでしょうか? ほら、巨人兵は市民たちと友好的な関係を築いているようですから」


 ネモフィラちゃんの薄笑みは崩れない。


 巨人兵の戦いに際しては、街の中央部に避難するという市民形骸種(キュリオン)

 それらが、巨人兵のピンチに駆けつけようとしている?


 通常、形骸種(キュリオン)は組織だった動きをしない。

 集団行動をしている場合は生前の家族知人同士であったりすることが多く、それ以外はただ生者を祝福しようとして結果的に集まっているだけ。


 だが、例外もある。

 他の形骸種(キュリオン)を操れるという『監獄街の牢名主』だ。


 しかし『片腕の巨人兵』は、特殊能力なしで同じ結果を引き起こした。

 市民たちは自分たちを護ってくれる巨人の為、自発的に立ち上がったのだ。


 いくら『色彩』でも、都市の形骸種(キュリオン)総出でやってくるのでは、やがて物量に呑み込まれてしまう。

 十二聖者にしたって、今は二組とも聖女しかいないのだ。

 そして残る十二聖者の『吹雪』は、一組で仲間の邪魔をしている始末。


 今すぐ巨人兵を殺して撤退すれば作戦は達成できるが……墓守の所為でそれも叶わない。


「二手に分かれましょう。聖騎士アルベールとアストランティアは、そこの乱心者(らんしんもの)を無力化すること。それ以外の者は総力を以って、形骸種(キュリオン)の軍勢の還送にあたること」


 オルレアちゃんの言葉に、『吹雪』以外の全員が従う。

 ユリオプスちゃんも動き出したところを見ると、なんとか無事だったようだ。


「素晴らしい。今日も沢山の死者が、天へと還ることができるのですね」


 ネモフィラは両の手を組み合わせ、女神に祈るポーズをとる。


「……ネモフィラちゃん。君はいい加減、目を覚ました方が良い」


「ふふふ、ならばアルベール様が教えて下さいますか? この、覚めぬ悪夢から抜け出す方法を」


 彼女は、自分のパートナーを『黄金郷の墓守』に殺された。

 それも、本家の命令で都市への侵入を強制された日に。


 喪失感、自責の念、仇や本家への憎悪。

 それらが綯い交ぜになり、彼女の心を歪ませたことは想像が出来る。

 そのことを悪夢にたとえる気持ちも。


形骸種(キュリオン)が死ぬ時だけ、ほんの少し、胸が空く思いがするのです。これ以外の救いがありますか?」


 だが、他者を巻き込んでこのような自棄的な行動に出ることは、許されない。

 イリスレヴィちゃん、カンプシスちゃんの加護が消える。


 迫りくる形骸種(キュリオン)の群れとの戦いに必要なのだから、当然だ。

 お姫さんの加護だけが、変わらず俺を淡く包む。


「……貴様との決着は、まだついていなかったな」


 新任の十二聖者として、既に『天聖剣』を得ている青髪野郎が、こちらを見た。


 そういえば初対面で斬り掛かってきたのだったか。


 俺は小さく溜息をつき、骨剣を構える。


「まぁ、いいか。こっちも元々、お前は斬るつもりだったしな」


「それは、こちらも同じこと」


 墓守は、ネモフィラちゃんをかつての(あるじ)と重ねて尽くしている。


「悪夢も妄想も、今日で終わりにしてやるよ」


「そういう貴様は、何故死に損なっている」


「男が俺に興味を持つんじゃねぇよ、気持ち悪い」


 会話の終わりを皮切りに、俺たちは地を蹴り、刃を打ち合わせる。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 十二形骸が「死に損ない」ってのは何となくしっくりくるなぁ。 魔女の呪いに浸ることもできず、それでも送還されることもなく在り続けてるんだものなー。
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