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68◇共闘と索敵領域




「お姫さん」


「はい……!」


 『片腕の巨人兵』最大の武器を、俺は攻撃範囲だと考えていた。


 普通の人間が相手ならば、一人が攻撃できる範囲など知れている。

 だが巨人ともなれば、それが広大になる。


 聖女から距離を置いてサポートしてもらうつもりでも、そこは巨人兵の攻撃範囲なんてことになったら、最悪守ることができない。


 十二聖者や他の先輩聖女たちはまだしも、お姫さんはまだ一年生。

 巨人兵の攻撃を独力で防ぐことに、不安がないと言えば嘘になる。


 聖女の才能や練度によって、一度に纏える加護は変動する。

 たとえば、お姫さんの『身体防護』が防御力を二倍にしてくれるとして。

 オルレアちゃんの『身体防護』だと防御力が四倍になる、みたいな。

 数字は適当だが、聖女によって強化率が変わるのは事実だ。


 そもそも『身体防護』は、形骸種(キュリオン)による祝福の拡散――つまり噛みつきによる感染――を防ぐ為の魔法が始まりなので、絶対防御とはいかない。


 直撃すれば木っ端微塵になるような瓦礫の投擲を、一度防げるだけでも相当なものだ。

 そして今のお姫さんでも、先程斬った小さな瓦礫であれば、一度は防げるだろう。


 逆に言えば、あれを超える攻撃を一度に防ぎ切ることはできない。

 そこで俺が考えた完璧なフォーメーションが、これだ。


「お、重くないでしょうか?」


 お姫さんを背負って戦えばいいという、シンプルな答え。


「あぁ、柔らかいよ」


 羽のように軽い体重は気にならないが、年不相応に育った双丘の感触は無視できない。


「……答えになっていませんが」


「もっと押し付けてくれてもいい」


「呪います」


 軽口を叩き合いながらも、俺は既に走り出していた。

 お姫さんは腕を俺の首に、足を俺の腰に回している。


 練習した際には、貴族令嬢らしからぬはしたなさに赤面していたが、さすがに本番で文句を言うほど柔ではないらしい。


 ちなみに『深黒』ペアはオルレアちゃんだけが巨人兵から距離をとってマイラが単身突進、『黄褐』ペアはセルラータちゃんとユリオプスちゃんが並んで疾走。


「今回の戦いで結果を出したら、俺たちのこれが流行るかもな」


「めっ、目の前の戦いに集中してください……!」


 耳にお姫さんの吐息と声が掛かる。


「してるとも」


 青髪野郎の能力によって茨に絡まれた、巨人兵の両足。

 だがそれは時間稼ぎにしかならず、巨人兵は茨を引き千切りながら左足を動かし、俺とお姫さんを踏みつけようとしてきた。


「お姫さん、強化最大」


「はい……!」


 俺の体が淡い光に包まれ『身体強化』の加護を受ける。

 失敗すれば地面のシミになるという状況で、防護に一切の気を回さない聖騎士に賭ける胆力は、さすが。


 月のような大きなものが、空から自分を押しつぶそうと落ちてきているようだ。

 影が周辺の空間を侵し、暴風と共に巨人の足が迫ってくる。


「蟻を踏み殺して遊ぶガキみてぇな真似しやがって」


 剣を腰だめに構える。


 まだだ。まだ。剣は届かない。もう少し。やつに踏み殺される直前でなければ、こちらの攻撃は届かない。自分と聖女が死の間際に追い込まれたその刹那にしか活路はない。


 ――来た。


 全身が躍動する。地面に触れる足、そこからの跳ね上がるような力を膝から腰へ伝達。腰の捻りと合流させ、更に上半身へと力を滞りなく送っていき、腕から刃に継承し、敵との接触で――爆発させる。

 そこに相棒の加護が乗り、斬撃は完成する。


 本来なら、一秒を待つことなく押し潰されていただろう。

 だが、俺もお姫さんも尋常ならぬその圧力に、屈してはいなかった。

 骨の剣とやつの足が激突し、全身の筋肉と骨が悲鳴を上げ、千切れたり砕けたりはしているが、押し負けてはいない。


 むしろ、逆。


「三百年越しに学びが得られてよかったな」


 骨の刃は、やつの中足骨と楔状骨付近――つまり踵から足先までの中間地点と接触し、これに食い込み、そして――断ち切った。


「潰れる蟻ばかりじゃない」


「――――――――ッ」


 巨人兵が声にならない叫びを上げる。

 やつの左足は、棒と化した。


 バランスを崩した巨人兵の体が前へ傾く。

 俺はお姫さんを背負ったまま、やつの左半身側へと飛んでその場を離脱。


「アルベール! 損傷は……!?」


「筋肉が少し。治してもらえるか?」


 骨は形骸種(キュリオン)の再生能力で治るが、生身の肉体はそうはいかない。

 お姫さんに女神の魔法で治癒してもらいながら、巨人を見る。


 罅くらいならすぐにでも治せるが、切断された箇所はそう簡単には生えてこない。

 よほど悠長な戦いをしない限り、この作戦中に足が再生することはないだろう。


 両膝をついて転倒を免れた巨人だが、俺への追撃はできない。

 『片腕の巨人兵』には左腕がないからだ。

 体を捻って右腕を伸ばそうにも、既に俺はその圏内から逃れている。


 そもそも、やつにそんな余裕はない。


 近くの建物から、橙色をした六本の帯と、茨の群れが飛び出し、やつの右腕に絡みつく。

 リコリスちゃんと青髪野郎だ。


「素晴らしいぞ『雪白』! 君たちが生んだこの好機、決して逃しはしない!」


 金髪美形の聖騎士グレンが右腕に飛び乗り、駆け上がる。


「――『天聖剣・赫灼』ッ!」


 抜き去った剣は、灼熱していた。

 聖女の加護とも違う。目を灼くようなあの輝きは、太陽のそれと同等。


「眠れ、護国の勇士よ」


 巨人の橈骨、上腕骨を駆け上がり、肩峰を飛んで、鎖骨まで到着。

 そのまま駆け抜けるようにして頚椎を断たんとするグレン。


 咄嗟の出来事への反応、瞬時に展開された連携、そして一連のグレンの動き。

 その全てが、まさに一流。

 正直、これで決まってもおかしくはなかった。


 だが。


 バキバキと、骨の軋む音を響かせながら。

 巨人兵の頭蓋がぐりんと向きを変え、グレンを正面から睨みつけ、その下顎骨が開かれ、そして――グレンの『天聖剣』の少し先、やつの肘に噛み付いた。


 己の弱点である首に形骸種(キュリオン)自ら負荷を掛け、可動域を越えて動かすなんてこと、俺でさえ見たことがない。


 現代における最高峰の実力者であるグレンが反応できないのも、無理はなかった。


「……ぐ、おぉおおおおッ――!?」


 グレンが剣を握っていられなくなったのか、灼熱の刃が普通の剣に戻る。持ち主との繋がりが断たれたことで能力が維持できなくなったのだ。


 それよりも、問題なのはグレンだ。

 もし『身体防護』を超えてダメージを受けてしまった場合。

 噛まれてしまったのなら、祝福されてしまったことになる。


「問題ない! 噛まれてない!」


 全員の懸念を払拭するようにカンプシスちゃんが叫ぶ。その声はほとんど悲鳴のようだったが、嘘ではないだろう。

 加護は切らしていない、つまり感染はしていないということ。


 だが安心はできない。


 巨人兵はそのまま首を勢いよく元の位置に戻し、そして口を開けた。


 口の中に残った果物の種を、プッと吹いて飛ばすように。

 『炎天』の聖騎士が、虚空へ吐き出される。


 どこかの建物に墜落したのか、少し遠くから破壊音が聞こえるが、目視で確認している場合ではない。


「リコリスちゃん! (ほど)け!」


 あと一瞬、彼女の反応が早ければ間に合っただろう。


 巨人兵は右腕の拘束も強引に外した。

 その衝撃で茨が千切れ飛び、帯を絡ませていたリコリスちゃんの体も宙を舞う。


「リコリス後輩!」


 彼女が剣から手を離したのは、既に勢いよく大空に打ち上げられた後だった。

 彼女の体は、そのまま結界の外まで吹き飛んでしまう。


「くそ……」


 グレンもリコリスちゃんも、相棒の防護がついている。

 なんとか衝撃を相殺できていれば、常人ならば十回死ぬようなダメージからも生還できるかもしれない。


 俺は即座に方向転換し、無防備になった聖女のフォローに向かう。


「ネモフィラちゃん! 墓守(あいつ)をイリスレヴィ先輩のフォローに回らせろ! カンプシスちゃんは俺が行く!」


 ネモフィラは巨人兵を無感情な微笑で見つめていたが、その顔をそのまま俺に向けて言った。


「何故ですか?」


「あ?」


「それよりも、次はアルベール様を巨人兵の首までお届け致しましょう」


 あぁ……この子はもう、仲間の命よりも復讐が大事になってしまっているのか。


 相棒の聖騎士を失って歪んでしまった彼女は、一体でも多くの形骸種(キュリオン)を道連れに死ねればいい、という思考に陥ってしまった。


「アルベール殿! カンプシス様は私が!」


 マイラの叫びを聞き取った俺は、イリスレヴィちゃん救出に意識を切り替える。

 確かにマイラよりは、俺の方がイリスレヴィちゃんに近い。


 だがギリギリだ。


 彼女の立っている二階建て建造物に向かって、巨人兵の拳が槌のように振り下ろされる。


 『身体強化』は素の能力を基準に強化が入るので、童女のような体躯の彼女では、今からの回避は間に合わない。


 そもそも聖女と聖騎士は、聖女が聖騎士を強化し、聖騎士が聖女を守ることが前提の組み合わせなのだ。

 聖騎士を欠いた状態で長く生き残ることは想定されていない。


 石畳がえぐれるほどに踏み込み、風を置き去りにする速度で廃都市を駆ける。

 建物の上へと飛び上がり、イリスレヴィちゃんの許へ急行。


 ――斬るか……!? いや、足場の建物が保たない!


 ならば選択肢は一つ。


「俺を強化しろ!」


 この叫びに反応したのは、ユリオプスちゃんとイリスレヴィちゃん。

 二人分の『身体強化』が加わり、俺の速度が更に上昇する。


 そして、イリスレヴィちゃんが肉塊へと変わり果てる一瞬前。


 俺は彼女の体を抱え、別の建物へと飛び移った。

 背後で響く轟音を聞きながら、イリスレヴィちゃんに声を掛けた。


「無事かい、先輩」


「アルベール後輩……」


 改めて、華奢で小柄な女性だ。すっぽりと俺の腕の中に収まっている。

 まだ逢ったばかりだが、彼女を助け出すことができてよかったと心から思う。


「リコリスちゃんならきっと無事だ。それを確認する為にも、生き残らないとな」


 彼女は水気を帯びた瞳で、こくりと頷く。


「……あぁ、感謝する」


 美少女を背負いながら、別の美少女を横抱きにするとは、滅多にできない経験だ。

 視線を巡らせると、マイラも上手くカンプシスちゃんを助け出していた。


「さすがだなぁ、アルベール!」


 後方で声がする。


 巨人兵の背後に抜け、別の建物の屋上を経由してから地面に降り立った俺たちが振り返ると。

 やつは倒壊した建物から右腕を引き抜いているところだった。


 だが、その手首から先がない。

 そして、その断面は、赤にも橙にも見える色に染まっていた。


 『天聖剣・赫灼』によって灼き斬ったのだ。

 グレンによるものではない。


「……なるほど、彼女らしいな」


 模擬戦でもそうだった。己の剣が折れたかと思えば、パートナーの木剣を使用して戦闘を続行した聖騎士。


 『黄褐』のセルラータちゃんだ。


 彼女は双剣の内の一つを、グレンが落とした『天聖剣』に持ち替え、巨人兵の手首を斬り落としたのだ。


「どうした巨人! 小さな人間十二人集まったくらいで、早くも大怪我じゃねぇか!」


 セルラータちゃんが牙を剥くように笑いながら叫ぶ。

 やつの巨体と攻撃範囲こそ警戒すべきだが、特殊能力が攻撃系ではないこともあり、順調にダメージを与えられている。


 十二聖者の聖騎士を二人欠いた現状を、順調と言っていいのであれば、だが。

 とにかく、このまま巨人兵の体を削っていき、最後に首を刎ねられればそれでいい。


 しかしそう簡単に行くのなら、この三百年で討伐されていてもおかしくない。

 まだ何かあると考えておくべきだろう。


 いまだ足止め程度にしか能力を使っていない『黄金郷の墓守』も気になるが……。


 巨人の巨体越しに、ネモフィラと目が合う。


 楽しいなんて感情はもう欠落しているだろうに、彼女はニコニコと微笑んでいた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ネモフィラ、なんなら自分の墓を守ってもらうかのレベルで歪んでたのね…。 ワンチャン相棒さんの狙いはそこか?
[一言] 聖女背負ってるの絵面がw これが定着していったらとんでもないことにwww
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